第4話 闘争
<四>
王弟であるバルマは一人、自室に籠もっていた。
普段は水と一対一で割って飲んでいるブランデーを、ストレートであおる。今はブランデーの味わいよりも、アルコールの刺激を脳が求めていた。
全ては兄である国王ダーマが玉座に復帰したためである。
貴族たちは厳格でともすれば武断政治と取られない政治主導をおこなってきた自分よりも、保守的で古い伝統を重んじ、貴族との関係性を大切にする兄をくみしやすと判断したのだろう。
明らかに心の状態が正常ではない兄の王座復帰を受け入れ、媚びへつらい始めmた。そしてそれに気をよくした国王は、ここ最近は社交界だけでなく、バルマの分野である軍事にも口を出すようになっていた。
「おとなしく引きこもりでいれば……いや、せめて社交界で貴族どもと乱痴気騒ぎに明け暮れていればまだマシなものを……」
酔いに任せて愚痴がこぼれる。
「あの機械人形を量産だと、あのようなガラクタ一台を完成させるために、どれだけの資金と資源を費やしたのか、兄上は知らぬというのか」
バルマは二杯目を飲もうとして自制する。
ロボ令嬢とかいう機械人形に多額の国家予算が流れていたことで、一番割を食っていたのは軍隊である。この数年で兵士の給金は下がり、装備はさびれ、そしてメシは粗末で味が落ちた。
結果、軍隊内での不満は溜まり続けていた。そのことは薄々勘づいていた。バルマもなんとか軍への予算を分捕りたいところだったが、事態は彼が想像していたよりより深刻であったようだ。
ロボ令嬢の披露の場である晩餐会で、兵たちの不満が国王暗殺という形で爆発した。バルマが尋問した時、近衛兵の少年は、国王の暗殺未遂という重罪を一切後悔していなかった。
それどころか、少年はバルマに蜂起を訴えてきた。
このままでは軍はダメになる。もしバルマが蜂起し玉座を望むなら、この国の兵士は皆バルマについてゆくと。
「皆、勝手なことを」
自分は王の器ではない。常々そう思っていた分、少年の曇りのない熱い眼差しが、バルマの胸に突き刺さった。
(だが俺自身、いつまで押さえつけることができるか)
それは軍部の不満をなのか、自分自身の野心をなのか。
混濁した心のまま、バルマは二杯目のブランデーを、一気に流し込んだ。
バルマの部屋のドアがノックされる。
「誰だ?」
バルマは杖を手にし、警戒した。
いつも手元に置いてあるこの杖は、国の将軍の証であり、彼のアイデンティでもあった。
一瞬の空白…・
そして分厚いドアが蹴破られた。
ドアが開く激しい音と正反対に、入り口に立つロボ令嬢は静かであった。そして冷たい殺気を身に纏い、静かにバルマを見つめている。
ロボ令嬢と目があった瞬間、バルマの酔いが一気に覚めた。そして二杯目を飲んだことを後悔しつつ、バルマは杖を構える。
「表には警護の兵がいたと思うのだがな?」
ロボ令嬢から、返事はない。
「お前をここに差し向けたのは、兄上の仕業か?」
返事を期待はしていないが、一応問いただしてみる。
次の瞬間、ロボ令嬢のティアラが落ち顔を隠す。単眼を思わせる魔力石が、七色の輝きを孕んだ。
それがロボ令嬢の返答であった。
「とん」とロボ令嬢が一歩踏み出し貫手を放ってきた。
細かいレースの手袋をつけたロボ令嬢の四指が、バルマの顔を貫こうとする。彼は、すんでのところで後ろに退き、攻撃を避けた。
(早いっ! だが単調!)
人間とは異なる動き。予備動作の一切ない攻撃に不意をつかれた。あと少し、反応が遅れていたら、顔面を抉られていただろう。
バルマは体内のアルコールが、体の動きを鈍らせていることに、舌打ちをする。
一撃目を避けられたロボ令嬢がさらに詰め寄り、二撃目を放とうとした瞬間、ロボ令嬢の腹部に強い衝撃が生じ、いったん後方に退いた。
「この国の軍隊を統率する者の証である将軍杖、これはアダマンタイトでできている」
バルマは竜の装飾が施された杖を、誇示するように中段に構える。その言葉には、どこか余裕が感じられた。
アダマンタイトは硬度と弾性を高いレベルで保持している金属である。
この世界の三大希少金属の一つで、それぞれの特性により、ミスリルは鎧に、オリハルコンは剣に、そしてアダマンタイトは鈍器に適していると言われていた。
(よし、いける)
このアダマンタイトの杖なら、ミスリル装甲を貫通できなくても、内部にダメージを与えることはできる。
ロボ令嬢はすぐさま反撃に転じ、左右の貫手を繰り出してきた。
その連撃を歩法を駆使し避けながら、バルマは勝機を見出していた。
ガンッ、ガンと金属同士がぶつかる音が響いた。
バルマはただロボ令嬢の攻撃を受け続けているわけではない。
敵の攻撃に、カウンターを合わせるように、肘に、手首に杖で打撃を与え続ける。
そのダメージが蓄積したのか、少しずつロボ令嬢の攻撃に、キレがなくなっていく。
(やはり)
バルマはニヤリと笑った。
ついでバルマが繰り出した突きが、相手の右肩に突き刺ささり、ロボ令嬢の攻撃を止めた。
そして、がら空きになったロボ令嬢の顔面を横殴りにする。
尖った耳飾りが歪み、ロボ令嬢の頭が激しく揺さぶられ、その動きが麻痺する。
「ミスリルの頭蓋骨は無事でも、その中の脳はどうかな?」
皮肉を込めた口調で、バルマはロボ令嬢に尋ねた。
ロボ令嬢の欠点を、バルマはすぐに見抜いた。
動きは早いが単調で攻撃のパターンが貫手のみ。ミスリルの装甲は厚く破壊困難である一方、人間の動きを再現するために関節部の防御力は著しく低い。
そして王を守るという最優先事項があるため、相手の攻撃を受ける癖がある。
鋼の武器相手なら問題ないが、バルマの持っているものはオリハルコンと並び、ミスリルを傷つけられる素材であるアダマンタイト。そしてそれを手にするバルマは、歴戦の猛者。
「お前を破壊すれば、兄上は引きこもりに戻る。そして部屋の中で幸せな生涯を送る」
頭部を強打され動きが止まったロボ令嬢に、バルマは言い放った。
初めて味わう衝撃は、ロボ令嬢の脳からの指令に様々な混乱をきたした。
目の前にいる敵を映し出す映像に、ノイズが入る。
そして脳の直接、警告音が鳴り響く。
両肘と、右の肩関節の動きが悪い。
頭部にも重大なダメージ。
頸部、頭部装甲のダメージは微小。
<要修理>
脳内に警告が浮かび、自分の開発者であるカニエの顔を映す。この男の元へ行き、修理を受けろと指令される。
自分が開発中、何度も認識した顔。主人である国王と共に、絶対に服従すべき人間の顔。
そんなカニエの顔の横に、美しい女性と少女が一緒に映し出されていた。
なぜこの二人の映像が浮かぶのか?
この二人は誰なのか?
ロボ令嬢には理解できなかった。
がんっ
再び頭部に強い衝撃が加わる。
ロボ令嬢は頭を動かし、魔力石への直撃だけは避けようとした。
「やはり、そこが弱点か」
ロボ令嬢は、人間が金的や眼球を狙われた時のような回避行動を見せた。説明通り、あの魔力石がロボ令嬢の動力源なのだろう。
よう読んだバルマは、止めの一撃を頭部に放った。
<避けろっ>
ロボ令嬢の脳から発せられる新たな指令。
それは事前に組み込まれた戦闘プログラムの指示ではなく、少女が叫び声に聞こえた。
次の瞬間、ロボ令嬢はバルマの一撃を交わし、彼めがけ上段蹴りをたたき込んだ。
バッとフリルのついたスカートが跳ね上げられた。そこから伸びた、スラリと長い足は正確にバルマの顔面を捕らえていた。
「くっ」
まさか蹴りを放ってくるとは、予想外の攻撃であった。
バルマはその蹴り足を、かろうじて杖で迎撃する。
アダマンタイトとミスリルが激しく衝突した。
ガタッ。
ロボ令嬢は、蹴り足を引き戻した瞬間、その場に崩れ落ちた。
バルマは蹴り足がスカートの中に戻る瞬間、膝関節が奇妙な方向へ曲がっているのを見た。迎撃にはなった杖が膝を打ち、ロボ令嬢の右膝を破壊したようだ。
片足でなんとか立ち上がろうと、もがくロボ令嬢。だが予期せぬ状態に、バランス制御が対応できず、ギィギィときしみ音を立てながら床を這い、バルマの顔を見上げる。
一方のバルマも無傷では済まなかった。
ロボ令嬢の放った蹴りは、想像以上の力であった。
蹴り足はアダマンタイトの杖を蹴り上げることになり、弾かれた杖の先端がバルマの肋骨に突き刺さった。
ごふっ。
バルマの口から、多量の血が噴き出た。
杖が肺を突き破っている。
魔力石によって生み出されたエネルギーは、人間の予想をはるかに超える膂力を、ロボ令嬢に与えていたのだ。
バルマは自分が負けたことを悟った。
(一思いに殺してくれ)
そう言おうとしたが、声が出ない。
一方のロボ令嬢もそれ以上は攻撃はしてこなかった。
バルマの目の前で、ゆっくりとバランスをとりながら立つロボ令嬢。
目を覆っていたティアラは跳ね上がり、解放されたその美しい相貌は、虚空を見つめる。
その様子は、目の前の戦いを放棄し、思索に耽っているようであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます