第68話 目指せベストパートナー!③/妹にお姫様抱っこ

 バイトが終わったその日の夜。

 晩ごはん食べて、風呂も入って。

 それから、俺は咲良の部屋に向かった。


「おーい咲良。話があるんだけど、ちょっと良いか」


 ノックしてから声をかける。

 ややあって、扉が開く。


「何の用?」


 夜だからか、いつもより眠たそうな顔で出てくる。

 コイツ、夜は早いからな。

 何もなければ二十一時には寝てるからなぁ。


「急にゴメン。実は確認したいことがあってさ。部屋入って良いか?」


「ん。どうぞ」


 了承を得たので、妹の部屋に入る。

 ベッド、机、本棚、タンス。

 物がひしめく俺の部屋と違って、相変わらず簡素な部屋だ。


 女性の部屋なんて、どんな雰囲気かは分からないが、少なくとも咲良よりは物があるだろう。


 ただ、以前と比べて一つだけ違った。

 机に置かれたクロッキー帳と筆記用具。

 最近の咲良の必携道具だ。


「あの何もない部屋にクロッキー帳が置かれているだけで、ちょっと雰囲気が変わるな」


 俺は適当に座りながら言った。


「まーね。マンガに本気出すって決めたから」


 咲良は楽しそうに笑う。

 そうである。彼女が入った部活はイラスト・マンガ部。

 この無気力ぽやぽや妹が目指すと決めたのは、なんとマンガ家である。


 オタクの俺に当たりが強いくせに、実のところ咲良は俺よりマンガ好きである。

 父さん秘蔵の古いマンガ本を読み漁り、最新のマンガも追いかけている。


 元々、絵を描くのが好きで、色々と遊びで描いていた。

 しかしこの度、一念発起して、マンガ関係の部活に入って一生懸命作っているのだ。

 このクロッキー帳は、絵が上手くなるための物らしい。


「それで、お兄ぃ。話って何?」


「ああ、うん。大した事ないなら良いんだけど」


 俺はそう前置きして、南野さんの話をする。

 やんちゃそうな男たちと一緒にいた事だ。

 その話を聞いて、咲良は思案顔になる。


「んーと、その話。この間、お兄ぃがバカみたいに浮かれて出ていった日だね」


 ああ、なるほど。そういえば、咲良も出かけるって言ってたな。


「ゴメンな変な事を聞いて。ちょっとガラが悪い男って聞いてさ。お前の事が心配になったんだよ」


 赤島と関係ないとは思うが、妹まで厄介な男に絡まれてるなら、兄として対応したいところだ。


「そうやって心配してくれるなんて。お兄ぃ、さてはシスコンだね。困った兄だなぁーもう」


 なぜか嬉しそうにニヤニヤして言う。

 なんか思ってたのと違う反応だ。


「確かに男子たちとこの間、遊んだよ。部活の先輩が、サッカー部の男子たちと合コンするっていうから、南野さんと一緒に数合わせで行ったんだ」


「合コンだってぇ?」


 なんだか中学生に似つかわしくない単語が飛び出た。

 いやいや、大学生じゃないんだから。

 あと五年は早いぞ。


「びっくりするよねぇ。私も創作のネタになるかなって思って行ったんだけど。結果はマンガなんかで見る居酒屋とかじゃなくて、媛神のファミレスだった。それもバカな男子が、飲み放題のドリンクバーでワチャワチャする感じ。最低」


 うーん、なるほど。

 ままごと遊びだったのね。


「そりゃまた災難だったな」


 俺は咲良に同情した。

 ファミレスもさぞ迷惑だっただろう。


「まぁ適当に付き合って、帰ろうかと思ったんだけど。途中でお兄ぃの学校のサッカー部の先輩もやって来て、抜けられなくてさ。結局、その後も一緒にゲーセン行ったり、カラオケ行ったりして終わった」


「ん? ウチのサッカー部? 俺の知り合いかな?」


「さぁ? 名前聞いたけど、なーんかダメ過ぎて秒で忘れた」


 辛辣ぅー。

 ウチの妹、辛辣ぅー。


「だ、ダメだったんだ」


「そう。ウチの男子たちもだけど、お兄ぃみたいに格好良くないし、料理出来ないっていうし、家事も出来ないっていうし、じゃあサッカー得意かって聞くと、レギュラーじゃないっていうし。ダメダメ」


 おうっふ。俺のことじゃないけど、心にグサグサ刺さるな。


「いや、その。男子たちの肩を持つわけじゃないけど。ちゅ、中高生にそこまで高望みするのは、厳しすぎないか?」


「えー? でもお兄ぃが出来てるじゃん」


 それを言われるとそうなんだけどなぁ。

 俺は苦笑して言う。


「俺は珍しいタイプだから。俺が基本と思わないでくれ。だからもう少し男子に優しくな」


「むー。優しくねぇ。変に気を引いたら面倒なんだけど」


 彼女は納得いってない様子だ。


「なら自分を守るために、言い方とかアタリを優しくするといいよ。信頼関係があるならいいけど、生意気言うとキレて暴力振るう男もいるからな」


 平気そうに見えて、実は咲良も俺とは違うコミュ障だからな。

 人付き合いでトラブル起こる前に、注意を促す。


「それは気をつけてるつもり」


「言い方は受け手が判断するんだよ。だから注意が必要だよ」


「…………」


 俺がそういうと咲良は黙ってしまった。

 ちょっとシュンってなってる。


「ま、今回に関しては安心したよ。連絡先とか交換してないんだろ?」


「うん。聞かれたけど断った」


 それは良かった。

 咲良から聞いた分だと、どうもお行儀のよろしくないバカみたいだからな。


「もしまた誘われたり、しつこかったりするなら、すぐに俺に言えよ。あと、俺に言い難いなら、誰か相談できる人を探しておけ。例えば愛奏とかさ」


 赤島みたいなヤツはそうそういないだろうけど。

 可愛い妹に悪い輩を近づけないように、周りと協力してガードすべきだ。


「あ、それなら大丈夫。愛奏さんとはRINEとかで繋がってるよ。さっきも数学のテスト結果が、お兄ぃより良かったってメッセージ来たし」


「え゛、何やってんの。俺のプライベートは?」


「そんなものない」


 酷い。あんまりだ。

 提案しておいてなんだけど、咲良から情報筒抜けになるし、愛奏からも筒抜けになるぞこれ。


 いつの間にか、下手な事が言えない状況に追い込まれている。

 げ、言動には気をつけよう。

 大切なのは受け手。受け手。


「まぁお兄ぃの言う通り、言い方は気をつける。それよりさ。最近のお兄ぃは、何か面白い事なかった? マンガのネタ探してるんだけど」


 ほう。マンガのネタか。

 うーん。赤島との勝負はマンガみたいだけど、シャレになってないしなぁ。

 あ、そうだ。あの話はどうだろう。


「んー。マンガのネタってわけじゃあないけど。パンチ撃つ時は、全身で撃つ表現を意識したらどうだ?」


 俺はこの間の道場の話をする。

 ついでに重たい物を持つときや、お姫様抱っこのネタに使えるかもしれないと、腰がいかに重要かを咲良に伝える。


 彼女は興味津々にメモを取っていた。

 そして、ペンを置いて告げた。


「お兄ぃ。お姫様抱っこの練習を私でする?」


「はい? 何を言ってるんだ」


 俺は突然の申し出に困惑する。


「だっていざ愛奏さんにやるってなった時に、全然出来ないなんて格好つかないじゃん。なら、私で練習しておけば、いつでもどんと来いでしょ」


 ふーむ。一理あるのか……?

 俺は妹の提案を思案する。


 ケガの危険性は、まぁ大丈夫か。

 中学生の咲良の方が、まだ軽いだろうから練習台には良いのか?


「悩むよりやってみる。私も創作のネタになる」


 そういうと咲良はスマホでささっと、やり方を調べ始めた。

 そして画面を見せてくる。


 えーっと何々。ははぁ、なるほど。相手も協力しての話になるわけだ。

 組体操みたいなものか。


 ということで、スタンバってる咲良を誘導しつつ、俺は彼女を横抱きに抱える。


「咲良は俺の首に手を回してくれ。んでもって、セイっと」


 短い気合を発して持ち上げ、お姫様抱っこ完成。


「おお、意外とイイ」


 咲良はご満悦な様子で目をキラキラさせた。


「そうかぁ? どの辺りが?」


 俺は妹を抱いたところで、面白みも嬉しさも無い。


「だって、全身を力が強い人にゆだねてるんだよ。イイ。これは捗る」


 ふんす、ふんすと鼻息荒く、創作意欲に火がついたようだ。


「ちょっと、歩いてみて」


「へいへい。ちゃんと掴まってろよ」


 俺は彼女の希望通りに、部屋を歩く。

 ふむ。バランス考えないと、前に倒れそうだな。


 これは気をつけないといけない。

 俺はいつ使う分からない知見を得た。


「じゃあ腕が疲れるし、下ろすぞ」


 俺は咲良をベッドにそっと下ろした。


「なるほど。こうやってベッドにお持ち込みされるわけだね」


 うんうんと、咲良が天井見ながら感心したように言う。


「どこでそんな表現知った。中学生なんだから創作は健全でいけよ」


 俺はやれやれと首を横に振った。

 彼女は起き上がると俺の背を押す。


「色々と忙しいから、話し終わったんなら出てって」


「あーはいはい。お邪魔しました。おやすみ」


 というわけで、俺は咲良に押されながら、部屋を出たのだった。


-----------------------------------------

妹との会話で一話使ってしまった。

次回から、本格的に体育祭開始です。


 よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る