第65話 体育祭に向けて⑦/気づかぬ優真と動揺する幸治

 赤島と会った翌日。

 俺は放課後、本郷先生に時間を取ってもらった。


「ふむ。そんなことがありましたか」


 生徒相談室で俺は本郷先生と二人で話す。

 そんなに人がいても仕方がないと思って、他のみんなはテスト勉強会に行ってもらっている。


「俺たちが勝ったとしても、彼なら約束を反故にすると思います。それに勝負自体が曖昧なので、いくらでもゴネられます。対策はともかく、とりあえず先生の耳に入れておいた方が良いと思って」


俺は先生に自分の考えを述べる。

言葉にはしなかったが、仮に負けたとしてそれを理由に付きまといが増えれば、警察にも相談し易くなる。

 気をつける必要はあるが、見方によってはチャンスかもしれないと俺は思っている。


「ええ、ありがとうございます。やれやれ、注意をして見ていましたが、何を考えているのやら」


 本郷先生が疲れたように言う。

 心中察してあまりある。


「あの、一組って随分と変な、というと語弊がありますけど、ちょっと凄いですよね。何か理由が?」


「ああ、そうですねぇ。完全に偶然としか言いようがないのですが。朱に交われば赤くなる。赤島さんに影響されたと言えるかもしれません。我々教師の失態ですね。申し訳ありません」


 先生が頭を下げた。


「あ、いえ。そんな。先生たちはこうして相談に乗ってくれるし、ちゃんとしていますよ」


 俺は慌てて否定した。


「そう言ってもらえると嬉しいですね。さて、とにかく学校全体で彼や他に影響されている生徒を注視しておきます。当日の運営も見直しする必要がありますが、深影さんは何も気にせずに体育祭を楽しんでください」


「はい。そのつもりです」


 赤島一派に監視の目がいくなら、体育祭で何か仕掛けてきても安全だ。

 憂いなく体育祭に挑めるだろう。


 というわけで面談は終わった。

 面談室を出て二人で廊下を歩く。


「そういえば、深影さんには感謝しているんですよ」


「え? どういう事ですか?」


 はて、感謝されるようなことしたっけ?


「クラスでの勉強会ですよ。あんなに盛り上がっているのはウチのクラスくらいです」


「ああ。でも俺、何もしてませんよ」


 せいぜい可能な限り参加しているくらいだ。


「いえいえ。文化祭の話し合いからこっち、深影さんの行動や活動がクラス内の雰囲気に大きく影響しています。貴方が頑張るなら、やってみようという生徒は多いですよ」


「そ、そうですか。あんまり気にしてなかったな」


 俺は恐縮してしまう。

 二周目を実りあるものにしようと、足掻いているだけなのだが。

 それが良い影響を与えているなら嬉しい事だ。


「これなら生徒会に入っても面白いかもしれませんね」


「生徒会ですか。んー。バイトとかあるしなぁ」


「そんなに毎日活動していないですし、案外両立できますよ。過去にもそういう生徒会役員がいましたし。なんなら深影さんの能力なら生徒会長に立候補しても良いかもしれません」


 生徒会長。

 それはちょっと遠慮したいところだ。

 あんまり、そういう表立って目立つのは苦手だ。


「評価はありがたいですが。今は中間テストと体育祭に集中します」


「それもそうですね。でもちょっと考えておいてください。十一月ごろに生徒会役員の選挙がありますし」


「ええ、わかりました。まぁ考えておきます」


 そう言って先生とは別れて、クラスの勉強会に向かった。


「おつかれー」


 俺は教室に入る。


「あ、優真君。どうだった?」


 愛奏が手を止めて駆け寄ってきた。


「うん。先生たちがちゃんと赤島たちを注意して見ていくってさ」


「そっか。それなら安心だね。レオンってそういう監視の目が嫌いで、警戒するタイプだし」


 愛奏がちょっとホッとしたようだ。


 俺は教室を見渡す。

 みんな一生懸命、テスト勉強している。

 だが、一点気になった。


「あれ、そういや幸治がいない。アイツ大丈夫か」


 テストも間近に迫るというのに。

 今日は何か用事だろうか。


「さぁ? 今日はいないね。アルバイトかな?」


「ああ、そうか。それもあるか。ま、気にせず俺たちは俺たちの勉強をしよう」


「うん。そうだね。頑張ろう」


 お互いに頷きあって、今日も今日とてテスト勉強をするのだった。


 ■□■□


 俺こと八条幸治は困惑していた。


「ねー。ここってどーするのー」


 目の前に制服を着崩した、小麦肌のエロいギャルがいる。

 平沼星姫てぃあら


 昨日、赤島と一緒にいた女子だ。

 誰もいない空き教室で、なぜか彼女に勉強を教えている。


「あ、ええと。それはこの公式を使って解くんだぜ」


 俺は問題の解き方を解説していく。


「へぇー。すごーい。ゆっきーって頭いい!」


 ゆっきー。

 俺のあだ名か。


 どうしてこうなっちまったのか。

 思い返せば、本日の昼だった。


 いつものように優真たちと飯食ってから、一人でトイレ行った帰り。

 彼女が急に現れて、泣きつかれちまった。


「ねぇ! 八条くん! あーしに勉強教えて!!」


「へ!? な、なんで!?」


 あまりにも唐突で俺は困惑した。

 けど彼女は俺の様子なんて気にせず言う。


「だって、中間テストが体育祭の点数に影響するんでしょ? だから勉強しろってクラスのみんなから言われたの。でもあーしの知り合いバカばっかりだし。頼れそうなの昨日会った八条君だけなの!」


 ええ……。そんな無茶苦茶だぜ。

 バカばっかりというが、たしか昨日は黒川がいたよな。


 黒川はゲーム友達だ。

 ちょくちょく遊んだりしている。


 アイツって結構頭良かったよな。

 一学期の成績も良かったって聞くし。


「い、一組なら黒川がいるんじゃ? アイツって俺より勉強できるぜ」


 近衛や風見から、彼女の怖い噂聞いたからな。

 ちょっと警戒してしまう。


「あーアイツ、絶対に頼んでも教えてくれない。バカは相手にしないていうか、じょせーさべつしゃってやつ?」


 女性差別者か。確かに女子に当たりキツイよな、アイツ。


「それで、頼れる人は頼ろうと思ってさ。お願い。バカなあーしを助けて」


 そう言って彼女は、俺の腕に抱き付いてきた!

 おおおおおお! や、やわらかいものが。

 それに甘い匂いががががが。


「ね、おねがい♥」


 至近距離で見つめられて、視線を思わず逸らすと、そこにはちらっと見える谷間が見えてしまった。

 な、生の谷間……!


「ぁ、えと、はぃ」


 勢いに押し切られて了承してしまった。

 以上、回想終わり。


 そして今に至るわけだけどよ。

 最初は警戒してたけど、特に問題ないよな。


 真面目に勉強している。

 バカと言っているが、地頭は良いのか、俺の下手な解説でちゃんと理解してくれる。


 うーん。噂はやっぱ噂でしかないのか。

 悶々と考える俺に彼女は言った。


「ねぇ。ゆっきーって明日とか明後日ひまー?」


「え。ヒマだけどよ。なんで?」


 俺は突然の話で、ちょっとドキドキした。

 こ、怖いお兄さんとか来ないよな。


「んーとね。今日だけじゃなくて、テストまであーしの面倒見て欲しいの。だめ?」


 ああ、なんだ。そういう話か。

 俺はホッとしつつ答えた。


「えーっと。明日と明後日は良いけどよ。テスト前の最終の三日間は無理だぜ」


 実はテスト前の三日間は神薙と勉強の約束をした。

 お互いに苦手科目を教え合う中で、じゃあ最後の三日間は集中して一緒に頑張ろうという話になったのだ。


 なんか神薙とは相性が良いというか、他の女子より話しやすいんだよなぁ。


「そっかー。それでもうれしいよ。おねがーい」


 平沼が手を合わせて頼み込んでくる。

 まぁ乗り掛かった舟ってやつか。


 敵に塩を送る形になるけど、勉強したい女子をあんなしょーもない勝負ために断るのは違うよな。

 それに見捨てるのは、なんだか可哀そうな感じだしな。


「わかった。どこまで力になれるか分からないけどよ」


「わーい。ありがとー! これはテスト終わったらお礼しなきゃね!」


 にぱーっと笑って喜ぶ。

 ちょっと可愛いな。子犬みてーだ。


「お礼なんていいぜ。別に大したことしてねぇし」


「バカのあーしに勉強教えてるだけで大きな事だよ~。だからぁ、テスト終わったらあーしの得意な事でお礼するねぇ」


 そう言って彼女はなぜか谷間を強調して、エロい表情になる。

 と、ととと、得意な事ってなんだ。


 そういや昨日、童貞がどーとか言ってたな。

 え、え、え。そういう事?


「あー。ナニ想像したのー?」


「べべべべ、別に、なんでもねーよ」


「んふふふふ。えー? たぶんゆっきーの想像当たってるかもよー?」


 舌を出して、ペンをちろちろ舐めた。

 え、エロい!

 おおおおお、落ち着け、俺ぇ!!


「ま、とにかくよろしくね。ゆっきー」


「お、おう。よ、よろしく」


 なんだか、大変な事になりそうだぞ。

 大人の階段を上っちまうのか俺!


 とりあえず、こういう時は猫を数えて落ち着くんだ。

 猫が一匹、猫が二匹、猫が三匹……。


 こうして俺はしばらく、猫を頭の中で数えながら、彼女に勉強を教えるのだった。



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さっそく動くティアラ。

純情な男子高校生の幸治君にとって、あまりにもクリティカルな罠。

ちなみに彼は犬と猫どっちも好きだけど、あえて選ぶなら猫派。



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