第64話 体育祭に向けて⑥/赤島一派は企てる
静かな音楽が流れる店内。
媛神のいつもの違法バー。
その店内の奥の席で、俺こと松葉太雅は大きなため息を吐いた。
「まったく。何のために、あんな芝居がかった事させたんだ」
事の発端はレオンの連絡だった。
『今日の放課後に菊理駅に集合』と連絡が来て行ってみたら、ウチの中心となって動いているメンバーが集まっていた。
で、レオンから話を聞いてみたら、下校してくる深影優真たちを待ち伏せするというのだ。
意味が分からない。
理由を聞こうとしたが、その前に深影が来てしまい、なぜか体育祭でウチのクラスと勝負することになった。
「それでレオン。意味あったのか。この勝負」
カシスオレンジを飲んでいるレオンに話しかけた。
「うーんまぁ、あるよ。理由は三つ。一つは俺が楽しい。二つめはあのオタク君への嫌がらせ。三つめは今回のアルバイトを無事に成功させるため」
レオンは指を折って説明してくる。
二つは納得したが、三つめはどういう事だろうか。
いや、アルバイトの意味は分かる。これは俺たちだけの隠語だ。
意味は『運び屋』の仕事。
俺たちは、色々な連中から物を受け取って、別の場所へ移動させる『運び屋』の仕事をしている。
だが、運び屋の仕事と深影との勝負は関係あるのだろうか。
「なんで深影に勝負挑んだら、無事になるんだよ」
「んー? だってあのオタク君。絶対、先生にチクるだろ。となれば俺たちへの監視が強くなる。当日の目が俺たちに向けば、それだけアレを受け取りやすくなる」
なるほど。そういう事か。
確か今回の依頼は、なかなか物騒なモノだったはずだ。
「流石に運ぶのがコレだから、向こうも心配している。だからこそ、学外から学内への受け渡しには体育祭を選んだ」
レオンが指を銃の形にして言う。
アイツは酒を飲んでから続ける。
「体育祭で全員が屋外へ出払って、教職員の目が薄い。さらに俺たちが囮役を買って出ればさらに安全。アレが学内に入ってしまえば、後はいつも通り、誰が運び屋か分からない。安全に指定場所へ届けられる」
俺たちの傍でオレンジジュースを飲んでいた黒川が頷いた。
「僕とレオンの計画に抜かりはないぞ。売人からの受け取り場所をいつもと変えて東の校舎裏だ。そこからサッカー部を使って運んで、四谷さんを中継して、引き渡し場所は媛神大学だ。そこで受取人に渡せばこちらの仕事は完了だ」
「そーそー。だーれも未成年が運んでいるとは思わない。だーれも学校で行われてるなんて思わない。だから安心安全のアルバイトってね」
レオンがにやぁーっと笑う。
自分も関わっていることだが、恐ろしい話だ。
学校は要所にしか防犯カメラが無いため、教室内に物が持ち込まれたら行方が分からない。
学校指定という同じ形のカバンがあるため、どれに入れているのかも分からない。
運び役も未成年のため警察の目を潜り抜けられる。
まさか警察も、学校で受け渡しが行われているとは思わない。
レオンはグラスを煽る。
「それにしても、賭けの対象にした愛奏と風見さんが、こんないい加減な勝負を受けるなんてなぁ」
しみじみと呆れながら言った。
「どういうことだ? お前の思惑通りじゃないのか」
俺は首をかしげた。
てっきり、思惑通りに事が運んだと思っていた。
「いーや。元々は適当に揉めたあと、引くつもりだったんだよ。体育祭で何かするぞって思わせて、教師にチクらせる予定だった。でもそれが、なぜか上手い具合に勝負が成立しちゃった」
「おいおい。じゃあこっちが負けたら、あの二人を諦めないとダメなのかよ。ただでさえ、この間センコーから注意受けたんだぞ」
俺は焦った。
ここまで来て、諦めるのかよ。
「まさかぁ! 勝てばこれまで通り。むしろ勝ちを盾にしてより詰められる。負けたらまぁ、適当に誤魔化してブッチすりゃあいいんだよ」
「録音されてるんだぞ。文句言ってきたらどうするつもりだ」
真田とか言う女。
アイツも忌々しい。
「アハハハ。あの程度の言質じゃあ弱い弱い。それにこんなアホな勝負に乗る女共なら、タイミング見計らって、拉致って
レオンはクククと笑って、グラスを傾ける。
すると、疑問顔で黒川が言った。
「随分と強引だな。キミらしくない。なにかあったのかい?」
「あー? まぁね。タイガが失敗して風見さん獲り損ねたからぁ。おかげで、来春開業予定のお店の進捗がね」
レオンはこっちを責めるように見る。
「悪かったな。それなら、お前も同じだろーが」
「何にせよ。おじさんから色々と言われてるからねぇ。ティアラとマリとアキじゃあ足りない。あと二人は要る。それで、咲良ちゃんの方はどうなってる?」
レオンが進捗を聞いてくる。
だが、俺は顔をしかめて首を横に振った。
「ダメだ。実行役の中坊どもの話じゃ、のらりくらりと躱されて、相手にならないらしい」
「えー? 女子中学生なんて、格好いい先輩と仲良くなって、ちやほやしたらコロっといくでしょ」
レオンが怪訝そうに言う。
「俺だってそう思ったよ。けど話じゃ、家事が出来ない男はタイプじゃないだの、料理が出来ないならゴメンなさいだの、お兄ぃより格好良くなってから来いだのと言って全く取り付く島もないらしい」
「なぁにそれぇ?」
「さぁ?」
俺たちは顔を見合わせて首を傾げた。
黒川が吐き捨てるように言う。
「はっ。クソガキかつメスガキが。やっぱ近衛さん以外の女はクソだな」
「おいおい、ヒトシくぅん。それはないよ。君だってティアラとか抱いて遊んでんじゃん」
レオンが窘めた。
だが、黒川は鼻で笑う。
「ふん。ビッチ共はオナホ扱いだ。女じゃない」
「あー。ヒトシひどーい。そんな事言われたら、あーし、かなしー」
黒川の発言を聞いていたのか、
「黙れビッチ。お前も金のために腰振ってるだけだろ」
「あはははは。それはそうだけどねー」
ケラケラと彼女は笑う。
「それで、星姫。何の用だ」
俺は用件を尋ねた。
「むずかしー話してないで、こっちで飲もーよ。ガクトだけじゃ、つまんなーい」
「悪かったな! 平沼。俺はどーせ、つまらん男だ」
森山まで、こっちに来る。
「あー、ちょうどいいや。二人とも、オタク君たちみてどうだった?」
レオンが二人に質問した。
星姫が思案顔で上を向き、そして答えた。
「あっちの方がイイ男だなぁって思う。それとぉ」
彼女は淫靡な表情に顔をゆがめて続けた。
「一人、こっちに堕とせるかも。あの八条って男子」
「へぇ。それは面白いね」
レオンが興味を示した。
「たしかに、八条君は見所がある。クソ女やイケメン共を破滅させるために協力してくれるだろう」
黒川が激しく頷いていた。
「いや、そんな物騒な事はしないよ、ヒトシ君」
レオンが苦笑して否定する。
「で、ガクトはどう?」
「どうも思わないぜ。ただ、あの藤門とは試合たい。ジジイの代からの因縁だ」
「そうなんだ。世間って狭いねぇ」
レオンは空になったグラスを振る。
「直接の殴り合いは避けたいねぇ。面倒だし。でもティアラ。八条に接触しろ」
「いーの?」
にぱっと星姫が笑う。
「いいよぉ。ソイツ色々と使えそうじゃん」
貼り付けた笑みが深くなる。
「タイガ。咲良ちゃんの方は、今回の案件が終わったら俺が直接接触する。それまでは無理しないように中坊共に言っておけ」
「わかった。とりあえず繋がりだけ切らさないように言っておく」
俺は了承した。
レオンは俺たちを見回す。
「あと、お前ら。思惑からちょっとズレたけど、全員ガチで体育祭に参加しろよ。俺たちが囮だ。せいぜい派手に遊んで、教師共の目をこちらに向けさせろ。この案件が成功したら、大金が手に入る」
「はーい。まっかせてー」
「わかったぜ。体動かすのは得意だ」
「僕も出るんだ。必ず仕事は成功させる」
「売人からの受け取り役の選定は任せろ」
俺たちはそれぞれ返事して、頷き合う。
その様子にレオンは、満足そうに口を歪めると手を叩いた。
「じゃあ、難しい話はこれぐらいにして、飲もう」
「明日も学校なんだから、ハメを外し過ぎるなよ」
俺は全員に注意する。
だが、星姫が呆れたように言った。
「もータイガー。ノリが悪すぎるぅ。だから風見ちゃんにフラれるんだよ」
「うるせぇ! 俺は諦めてねーよ」
あの生意気な女を絶対に屈服させてやる。
「松葉君。君もバカ女じゃなくて、近衛さんを推さないか?」
「え!? 近衛愛奏はアイドルなのか?」
黒川と森山がアホな事を言ってくる。
「あははは。みんな仲が良くて俺は嬉しいよ」
レオンが俺たちの様子を見て、楽しそうに笑った。
まったく。どこが仲が良いんだ。
俺は幾度目かのため息を吐いて、ウーロン茶を飲むのだった。
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というわけで赤島一派の話でした。
全員どうやって退場させようか考え中。
読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。
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