第63話 体育祭に向けて⑤/勝負成立

「いや、受けるわけないだろ」


 俺は赤島の提案を即座に否定した。

 これで俺が引き受けると思ってるなら、コイツは底抜けのバカだぞ。


「アハッ。ソッコーで断られてやんの」


 赤島の隣にいた褐色のギャルがケラケラと笑う。


「うっせーよ。ティアラ。それより、良いじゃん。お前が勝てば俺とタイガは、彼女たち二人に付きまとわないよ~。ほら、彼氏なら守ってやれよ~」


 赤島がねっとりと煽ってくる。

 だが、俺が口を開く前に猫背の眼鏡男子が叫んだ。


「赤島くん! 近衛さんに彼氏はいなぁーい!! 全てキミの勘違いだっ!!!」


 その場の全員がビックリして、体が跳ねた。


「急に、大声で叫ぶんじゃねーよ。黒川ァ」


 松葉君が睨みつけて叩く。


「痛いぞ! 松葉くん。僕は事実を皆に伝えようと」


「あーはいはい。そうだネ。ガクトちょっと、頼む」


 赤島がうんざりしたように言って、ガクトと呼ばれた熊のような男に指示を出す。


「こっち来い。黒川。俺が聞くぜ」


 黒川と呼ばれた眼鏡男子は、連れていかれた。

 何だったんだ、いったい。


「で、なんの話だっけ?」


 赤島が首をかしげる。


「俺とレオンが負けたら、二人を諦めるって話だ」


 松葉が気を取り直して、言った。


「あ、それ。そういう賭けはどーよ?」


「そもそも、愛奏と風見さんを賭けの対象にするなよ」


 俺たちのクラスが勝っても、反故にされるのは目に見えている。

 するとティアラと呼ばれたギャルがスマホを弄りながら言った。


「え~良いじゃんねぇ。このバカから二人を守れるんだょ〜。それで足りないなら、そっちが勝ったらあーしがキミたちのドーテー貰ったげよっか?」


 にまーっと妖艶な視線を送ってくる。

 いったい彼女は何を言ってるんだろう。

 俺たちを動揺させるつもりなら、的外れもいいところだ。


「な、なに、言ってんだ、オイ」


 おっとぉ。幸治が反応してしまった。

 彼女は獲物を見つけたとばかりに舌を舐めた。


「ナニってあーしを好きにして良いよ〜って話。こっちのストーカー男共より、そっちのキミたちのほうがイイ男そうだしねー」


 下から上に舐めるような視線で見てくる。

 ひょっとしてアレ、録画してるのか。


 言動に気を付けた方が良いかもしれない。

 とにかく話を切り上げた方がいいと思ったのだが、後ろにいた愛奏が前に出た。


「いいよ。勝負、受ける」


「え!? 愛奏!」


 俺は驚いた声を上げた。


「そーだね。もう付きまとわないって言うならアタシたち、その勝負受けて立つ!」


 竜一の後ろから顔を出して、風見さんまで勝負に乗ると言っている。


「ちょ、ちょっと。二人とも、こんな勝負乗っちゃダメだって!」


 俺は慌てて止めに入る。


「大丈夫だよ。優真君。どのみち、負けても今までと変わらない。だったら勝負して勝ったらラッキー程度で考えよう」


 珍しく愛奏が怒っている。

 風見さんが竜一の後ろから出てきた。


「そーだね。受けて立つから、今ここで約束して。体育祭でアタシたちのクラスが勝ったら、二度とアタシたちに関わらないで」


 彼女もなんだか怒ってる気がする。

 赤島は貼り付けた笑みで頷いた。


「イイよ。君たちが勝ったら、俺たちは君たちに関わらない」


 勝負が成立してしまった。


「あーしもイイよ。キミたちが勝ったら、い~っぱい楽しいコトしようね!」


「「それはいらない!!」」


 愛奏と風見さんが同時に否定する。

 今で黙っていた真田さんが口を開いた。


「もし、私たちのクラスが負けたら、これまで通りで、それ以上の要求はしない。それでいいかしら?」


「ああ、もちろん。それでいい。これまで通り仲良くしてくれたら、それ以上は求めない」


 コイツらいったい何を考えてるんだ。

 全く読めない。


 俺が警戒していると、真田さんはスマホを見せた。


「それと、これまでの会話は全部録音したわ。そっちも録画してる以上、文句はないわね」


「ああ、文句はないよ。しっかりしてるネェ。それじゃお互いに体育祭、頑張ろうねぇ」


 赤島たちは言うだけ言って立ち去った。


 ■□■□


 赤島たちが行ってから。

 彼らが見えなくなった頃合いで、愛奏が頭を下げた。


「ゴメン! 優真君。勝手に受けちゃって」


「いや、それより急に引き受けてどうしたの? いつもの愛奏らしくないよ」


 実際、怯えて震えていたはずなのに。

 ティアラとかいうギャルが俺たちに絡んだ辺りから、いつになく強気になった。


「だって、あの子が優真君に色目使ってきたんだもん。許せなかったの」


「大丈夫だよ。俺は愛奏一筋だよ」


 嫉妬が理由か。

 ひょっとしたら、あのギャルの狙いは俺たちじゃなくて、愛奏を揺さぶることだったのかもしれない。


「そういうんじゃないの。星姫てぃあらは、ヤバいんだって」


 愛奏が焦ったように言う。

 真田さんがその様子を見て尋ねた。


「知り合いなの? 愛奏」


「うん。まぁ顔見知り程度だけど、噂を知ってるの。あの子の名前は平沼ひらぬま星姫てぃあら。狙った男子を逃げられないように持っていって、パックリ食べちゃうんだって。彼女持ちだろうと関係ないみたい」


 なんと、それはヤバい子だ。

 風見さんが大きく頷く。


「そうそう。そんで、その時の状況を利用して、男を脅したり、性犯罪にでっち上げたり、恋人を破局させたり。とにかくヤバいんだってさ」


 そ、それはタチが悪すぎる。

 風見さんは竜一を見た。


「だから、フジモン。気をつけてね。絶対にアイツと二人きりとかにならないでね。暴力振るわれたとか言って、冤罪でっち上げるかもしれないし!」


「ああ、わかった気をつける」


 いずれにせよ、勝負を受けてしまった。


「とりあえず本郷先生に相談しよう」


「それが良いわね。教師が知ってるのと知らないのとでは、大きな違いがあるわ」


 真田さんが賛同してくれた。


「妙な事になっちまったけど、何にしても明日だな。今日はもう帰ろうぜ」


 幸治が疲れたように言う。

 その通りだ。とにかく明日から忙しくなりそうだ。


 ■□■□


 そして光珠駅で降りて愛奏と手を繋いで、夜の道を歩く。


「じゃあ、やっぱりアイツらは一周目の知り合いなんだね」


 二人きりになったので、踏み込んだ話をする。


「うん。あの大きな男子は森山もりやま岳斗がくと。メガネの男子が黒川くろかわ人志ひとし。松葉君や星姫てぃあらと同じ、レオンのグループの中核メンバー」


 つまり悪の幹部ということか。

 愛奏は思い出すように続ける。


「森山君は柔道部で、学校卒業した後はレオンの用心棒だった。黒川君はレオンのやってる悪い事の仕組みを作った奴だった。星姫てぃあらは飼われてた私たちのメンタルケアをしてたっけ」


 なんとまぁ。聞けば聞くほどヤバい集まりだ。

 というか一年一組は、いったいどんなクラスなんだ。

 ヤバい奴らがたまたま集まったのか、誰かに染められてヤバくなったのか。


「優真君。気をつけてね。特に星姫。何人もアイツに破局させられたカップル見てるし」


 繋いだ手をぎゅっと強く握られた。


「わかってる。愛奏も気をつけてね。お互い、何かあったらすぐに報告しあおう」


 俺たちは頷きあった。

 ふと、愛奏が不思議そうな顔をした。


「そういえば、なんで雫玖が星姫のこと知ってたんだろう?」


「え? 誰かから聞いたんじゃないの?」


「うーん。でも松葉君と接点がなくなったから、星姫と知り合う機会ないと思うし。それに彼女の噂って、この時点じゃまだ出てないはずなんだよね」


彼女は、むむむと腕を組んで考え込む。


「私がみんなに話した事って、実は未来の話なの。前々からそれっぽい事をやってたのは、一周目で聞いてたから嘘じゃないんだけど。でもさっき雫玖が話した事って確か、二年生の時の話だったような……?」


 ふむ。ようは未来の事をなぜか言っているってことか。


「ひょっとして、私たちと同じタイムリーパーだったりして?」


 愛奏が面白い仮説を立てた。

 いや、まさかぁ。そんなホイホイ時間が戻る奇跡なんて起こらないだろう。


「軽音部の誰かに聞いたとか、それか中学でもそんな事をしていて、誰から聞いたんじゃない?」


「そうかなぁ? んーまぁ今度、聞いてみようかな。『雫玖って未来の記憶ない? ひょっとしてタイムリーパー?』って」


 彼女はいたずらっぽく笑う。


「あははは。もしそうなら面白いけど、ありえないでしょ」


 俺は笑って否定する。

 だが愛奏は納得いかないようで、ジト目で見てきた。


「えー。夢がないなぁ。じゃあ万が一、億が一、本当だったら優真君に何かしてもらおうかなぁ」


「いいよ。赤島と違って、そんな可愛い賭けなら歓迎だよ。何でもしてあげる」


 どんと来いというヤツだ。

 愛奏もあり得ないと分かっているから、悪ノリしてくる。


「あ、今の言質取ったからね! 何でもしてもらうからね!!」


「じゃあ俺が勝ったら、愛奏に何でもしてもらおうかなぁ?」


 俺のほうが確実に勝つ賭けなので、意地わるく言ってみた。


「いいよー。受けて立つ!! おっぱいでもお尻でも揉ませてあげる」


「いや、それは遠慮します」


「もう! ノリ悪い!」


 などと、言い合いながら俺達は帰宅するのだった。


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【速報】

優真君、愛奏との賭けに確定で負けてしまう。

彼に何をしてもらいましょうかねぇ。


ちなみに次回は、赤島一派視点の予定です。


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