第60話 束の間の休日⑤/近衛家の愉快な晩ごはん

 それからも胃が痛くなる質問が続き。


「おまたせー。優真君。完成したよ」


 愛奏が愛実さん達と鍋を持って来た。

 待ってたよーっ! これ以上は胃のライフが0ゼロになるところだった。


「お爺ちゃんにいっぱい聞かれてたね。あわあわしてて面白かったよ」


 愛奏が俺の戦いを聞いていたのか、楽しそうに言ってくる。


「そ、そう。それは良かった」


 苦しむ俺を見ていたなら、助けてほしかった。

 ちょっと腹が立ったので、これはいつか仕返ししてやろう。


 具体的にはぎゅーって抱きしめて逃げ場をなくしてから、耳元で愛の言葉を囁いてやる。

 復讐を誓いつつ、俺は彼女が持って来た鍋を見やる。


「それで、これは何を作ったの? 美味しそうな匂いからして、煮物系?」


「正解! というわけで、じゃーん」


 愛奏は鍋のフタを開ける。

 そこにあった物は。


「おー。肉じゃがだ」


 美味しそうな匂いがさらにしてくる。

 ああ、匂いだけでも俺の心を癒してくれるなぁ。


「愛奏、頑張ったものねぇ」


「一生懸命作ってる愛奏、可愛かったわぁ」


 愛実さんと、愛奏の祖母である奏恵かなえさんがニヤニヤと笑っている。


「ほう。それは彼氏冥利に尽きると言うヤツだな。優真君」


 いつの間にか賢太郎さんが、俺の事を名前で呼んでいる。

 ちょっとは認めてくれたんだろうか。


「さっそく食べよう。いやぁ娘の手料理なんて嬉しいなぁ」


「ちょっと、あなた。愛奏は優真君に作ったのよ」


「えー。そんなぁ」


 指摘されて誠司さんはしょんぼりした。

 何気に愛実さんも名前呼びになってるな。


「あ、いや。皆さんで食べましょう。絶対美味いですよこれ」


 俺はまぁまぁと言いながら促した。

 というわけで、圧迫面接が終わり、ようやく目的の晩御飯となった。


 ツマミをテーブルの端に寄せつつ、おかずが並べられる。

 肉じゃが、焼き鮭、ほうれん草のおひたし、豚肉とピーマンの味噌炒め、豆腐とお揚げのお味噌汁、お漬物。

 純和風の美味しそうなラインナップだ。


「はい! 優真君。いっぱい食べね!」


 愛奏がご飯をよそってくれる。

 ああ、こういうの良いなぁ。


「ありがとう。いっぱい食べるね!」


 さっきまでのテンションは、どんよりだったけど、今はバクアゲ。

 ガッチャっと叫びたいところだ。


「では、いただきます」


『いただきます』


 賢太郎さんの号令で、食べ始める。

 と、思いきや。みんなの視線が俺に集まる。


「えーっと?」


「優真君。ちょっと悔しいけど、ここは君が肉じゃがを先に食べるべきだよ」


 誠司さんが勧めてきた。


「あ、じゃあ、失礼して」


 俺は肉じゃがに箸をつけて食べた。

 おお、これは。


「美味しい。愛奏、美味しいよこれ」


「ほんと? やったぁ!」


 本日、一番の笑顔が見れた。

 みんなが次々に食べ始める。


「愛奏、美味しいよ」


「ふむ。美味い」


 誠司さんと賢太郎さんが笑顔になる。


「えへへ。ありがとう。頑張って作った甲斐あったなぁ」


 愛奏はとても嬉しそうだ。

 だが、愛実さんと奏恵かなえさんは反応が違った。


「あれだけ手際が悪かったのにねー」


「もう少し、訓練は必要かしらねぇ」


 指導した二人には、思うところがあるらしい。


「分かってまーす。精進します。で、優真君。正直な感想を遠慮なくどうぞ」


 愛奏がなぜか俺をじーっと見て言ってくる。


「え? 美味しいよ。うん」


「本当にぃ? 優真君って本音隠すとき、表情がちょーっと固くなるんだよね。知ってた?」


「え゛っ。ほんと?」


 やべー。そんなクセがあったのか。

 よく見てるなぁ。


「本当だよ。はい、じゃあもう一回、感想をどうぞ」


 愛奏が再び促してくる。

 仕方ない。正直に言おう。


「美味しいことには変わりないけど。ぶっちゃけ、調味料の分量ミスった?」


「はい。大正解です……」


 愛奏が認めた。

 そうなんだよ。美味しいんだけど、味が結構濃い。

 言わなきゃそういう物ってことで誤魔化せるけど、味付けにバランスが取れてないんだよなぁ。この肉じゃが。


「あら、良く気付いたわね、優真君」


「料理できるって聞いたけど、本当みたいね」


 指導員二人が感心したように言う。


「だから、優真君はごまかせないのよ。ドバァーって入っちゃったのは絶対分かると思った」


 愛奏ががっくりと肩を落とす。


「でも、言っただろ? どんな物が出ても食べるって。だから気にしない、気にしない。伸びしろしかないってヤツだよ」


 俺は落ち込む彼女を励ます。


「それもそっか。うん。次はぜーったい本気で美味しい物つくるからね!」


 ふんすっと鼻息荒く決意を新たにした。


「ううう。自分は割と平気な方だと思ったけど。目の前で見せつけられると、やっぱり父親として複雑だなぁ」


 俺とのやり取りを見て、誠司さんはビールを一気に飲み干した。


 ■□■□



 和やかに食事は進み。

 俺と咲良が来年から、自分達だけで暮らすことになる話になった。


「はぁー。それはまた大変だね」


 誠司さんが少し心配そうに言う。


「大変ですけど、親が信じてくれましたから。頑張ろうと思います」


 俺は努めて軽い感じで言う。


「そっか。じゃあ、何か困ったことがあったら言ってね。私、お手伝いするから!」


「ありがとう。愛奏」


「ふむ。海外挑戦の気概は良いが、子供置いてはあまり感心せんな」


 賢太郎さんが苦言を呈する。


「ありがとうございます。ちゃんと頼れる大人は探してくれているし、夢を追いかけて頑張る父さんは格好いいと思うので。あんまり心配はしてないんです」


「そうか。子供は親の背を見て育つというが、どうやら無用な心配のようだな。何か困ったことがあれば俺を頼るといい。力を貸そう」


 賢太郎さんから頼もしい言葉をもらった。

 俺は箸をおいて頭を下げた。


「重ねて、ありがとうございます」


「ククク。愛奏も大人になったと思うが、君は格別だな。俺の若いころはもう少しガキだったぞ」


 俺の態度を見て笑う。

 ちらっと愛奏を見ると、ちょっと面白そうに笑っていた。


 だよねぇ。俺達、見た目は子供でも成人してまーす。

 騙している気もするが、それで認めてもらえるならOKだな。


 ふいに愛実さんが俺と愛奏を見て言う。


「ねぇ、話は変わるけど二人はどこまで進んでるの?」


「んぐっ! お母さん! なに突然いってるの!」


 愛奏が慌てる。

 おっとぉ。流れが何だか変わったぞぉ。


「だってぇ。二人を見てたらなーんか、良い感じだし。ひょっとしてウチの愛奏、抱いた? もうおっぱい揉んじゃった?」


「ゲッホ! ゴッホ!!」


 俺は思い切りむせた。


「ああ! 優真君、大丈夫!?」


 愛奏がお茶渡してくれて、背中を摩ってくれる。


「愛実。あんたは何を言ってるのよ……。ごめんなさいね、優真さん」


 奏恵さんが呆れたように首を振った。


「だが、そこは気になるところだな。ヤッたのか?」


 賢太郎さんがメチャクチャ恐ろしい目で睨んでくる。


「いやいやいやいや! まだしてません! キスまでです!」


 俺はテンパってそんなことを言ってしまった。


「あら~。チュッチュッしてるのねぇ~」


 愛実さんがキラキラな目で言う。

 流石の愛奏も顔が赤い。

 すると、ぷるぷると誠司さんが震えた。


「そっかぁ。もうキスしちゃったかぁ。ううっ理解ある父親でいようと思ったけど、やっぱりダメだ。小さい頃はお父さんだーい好きっていってくれたのにぃ。ばあああああああああ」


 盛大に泣き出した。

 アルコールが入っているところ考えると、どうやら泣き上戸らしい。


「しっかし日和ひよってるなぁ、優真君。男ならダーッと押し倒すのもありだぞ!」


「お爺さん! あんたは何を言ってるんですか!!」


 賢太郎さんの発言に奏恵さんがキレて、ぱかーんと頭を叩いた。


「ねぇねぇ。優真君。愛奏とのキスどうだった? どこでやったの?」


「ちょっと、お母さん!!」


「あはははは」


 俺は誤魔化すように笑う。

 カオスで愉快なご家庭だなぁ。

 俺はそう思いながら美味しい味噌汁を啜ったのだった。


-----------------------------------------

東堂奏恵かなえ。一族の中で一番の常識人。

豪快な賢太郎や、ぶっ飛んでる愛実に対してツッコミを入れる苦労人。


読んでいただき、ありがとうございます。

よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る