第56話 体育祭に向けて①/愛奏は朝が弱い

 十月に入って少し日が経ち。

 すっかり肌寒くなって、季節が進んだ感がある。


 そんな平日の早朝、俺は近衛家の前にいた。

 学校へ一緒に行くために、俺は愛奏を迎えに来たのだ。


 俺の家から彼女の家を経由して駅まで向かうルートを見つけて、それからは毎日、愛奏と登校している。


 俺にとってはちょっと遠回りになるが、愛奏と登校できるからデメリットでも何でもない。

 ただ、この登校を始めてから分かったのだが、愛奏は朝が弱いようだ。


 近衛家のインターホンを鳴らして、しばらく。

 申し訳なさそうに、玄関からひょっこりと彼女のお母さんが出てきた。


 名前を近衛愛実まなみ

 愛奏と同じくらい美人でスタイルが良い。


 歳はなんと三十代前半との事。

 どうやらお父さんの誠司さんとは、八歳くらい差があるらしい。


 愛実まなみさんとは、この登校を始めた日に挨拶は済ませている。

 快く接してくれているので、なんとか俺の事を認めてもらえてるようだ。


「いつもいつも、ごめんなさい。深影君。もうちょーっと待っててくれる? なんなら寒いし中で待ってて」


 確かに今日はちょっと冷える。


「えーっとすみません。朝はめっきり寒くなりましたよね。お言葉に甘えて、玄関先で待たせてもらいます」


 俺は遠慮がちに言って、中に入った。


「わー! 優真君、ちょっと待ってて。置いてかないでねーっ!」


 バタバタと愛奏が階段を上って行った。


「本当にあの子ったら。もう。早くしないと愛想尽かされちゃうわよー!」


 愛実さんが彼女に向かって声をかける。


「ごめんなさい。もう少しだけ待っててあげてね」


 そういって、ぱたぱたと奥へ去っていた。

 入れ替わりに誠司さんが来た。

 出勤するようだ。


「おはようございます。店長」


 俺は姿勢を正してあいさつした。


「おはよう。深影君。今日はシフト入っていたよね」


「はい。学校終わったら、向かいます」


 今更ながら、バイト先の店長の家で、朝にあいさつしてるのが不思議な感覚だ。


「真面目に働いてくれて助かるよ。年末商戦までは忙しくないし、今のうちにアレコレと仕事覚えてくれると嬉しいね。それじゃ、気を付けて学校いってらっしゃい」


「店長もお気をつけて、いってらっしゃいませ」


 俺は一礼した。

 どうも愛奏のお父さんでもあるから緊張するなぁ。


「ははは。バイトであり娘の彼氏の君に見送られるのも、なんだかおもしろいよね。それじゃあ、行ってくるよー!」


 誠司さんは愛実さんと愛奏に声をかけてから出て行った。

 それから三分後。


「っしゃーっ! おまたせーっ!!」


 ドンガラバッタンと鞄を引っ掴んだ愛奏が玄関に来た。


「おはよう。愛奏。忘れ物ない?」


「おはよう。優真君。大丈夫!」


 彼女は靴を履く。


「二人とも気を付けていってらっしゃい」


 愛実さんが見送ってくれる。


「はい、いってきます」


「いってきまーす!」


 こうして、俺達は出発した。


 ■□■□


「うう……。毎朝、毎朝ごめんね。優真君」


「気にしないでよ。充分間に合ってるし」


 一番最初の時は流石に遅刻しそうになったが。

 今はこのドタバタを見越して、余裕をもって行動している。


「はぁ、私ってどうしても朝弱いんだよねぇ。ああ、思い出すなぁ。レオンと何度も遅刻して、終いには何度も学校サボったっけ。私ってあれから全然変わってない……。は、はははは」


 おーっと! ここで、愛奏さんの記憶がフラッシュバック!

 墓地から唱えてしまったようだ(カードゲーム脳)。


「こらこら、朝から暗いのはナシ、ナシ。起きられないならモーニングコールしようか? こんな風にさ」


 俺は落ち込む愛奏と距離を詰める。


「起きてよ。朝だよ。ほら、お寝坊さん(イケボ)」


「おうっふ!」


 変な声出して愛奏は身もだえる。


「ゆーまくーん!!」


 再起動して睨まれた。

 今日も超可愛い。


「まったくもう。でも、それはいい考えかも。録音できる目覚まし時計買って、優真君の声を吹き込んでもらおうかな?」


「え、そっち?」


 俺のモーニングコールではなく、俺のボイスが入った目覚まし時計をご所望らしい。


「だって、毎日電話してもらうの悪いもん。その点、目覚ましなら問題ないでしょ。いっそのこと、寝る前に聞ける優真君の声を、高性能なマイク使って吹き込んでもらおうかしら」


 愛奏は一人でぶつぶつと考え込み始めた。

 うーん、俺の声ってそんなに良いかなぁ。


 どちらかというと、竜一の方がイケボだと思うけど。

 まぁ、楽しそうだから良いか。


「それじゃ、誕生日プレゼントは目覚まし時計にしようか?」


 俺は提案した。


「うん! それ良い!! わーっ、毎朝楽しみー。バクアゲだね!」


 ブンブンと気分が上がったらしい。


「優真君の誕生日プレゼントも楽しみにしていてね!」


 愛奏がニコニコと宣言する。

 どんなものをくれるんだろうか。

 とても楽しみだ。


「早く日曜日にならないかなぁ。恋人になってからの初デートだし」


 愛奏が待ち遠しそうに空を見上げる。


 そう。実は俺達の誕生日が平日だったため、祝うのを少しだけ先に伸ばして週末のデートで行うことにしたのだ。


 ちなみにまた映画を見に行く予定だ。

 しかも今回はこの季節の定番、プリティナイツの劇場版だ。


 ほかの場所に行くことも提案したのだが、愛奏がどうしても見たいと言ってきたので、じゃあそうしようということになった。


 彼女曰く、行きたくても行けなかったし、レオンのおかげで見るのやめたニチアサを存分に楽しめるので最高との事だ。


 愛と勇気と希望が詰まったあの作品たちを愛してくれるのなら、俺も付き合おうじゃないか。


 この先も面白いシリーズが待っている。

 季節ごとに彼女と見に行けるなら、これほど嬉しい事はない。


「今日も一日頑張ろうね! 優真君」


「ああ。頑張ろう。そういや、今日は体育祭の出場種目決めじゃなかったっけ」


 一昨日おとといくらいに先生から連絡があったはずだ。

 出る種目を考えておけって。


「あ、そうだね。二周目の体育祭。なに出ようかなぁ」


「とりあえず、ベストパートナー二人三脚は絶対出よう」


 一周目の愛奏が、赤島と出場した種目だ。

 なんとしてもこれだけは、絶対に彼女と出る。


「うん。それは絶対だね」


 愛奏も賛同してくれる。

 そんなわけで、俺たちは体育祭の話をしながら学校に向かうのだった。


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近衛愛実まなみ

プ●キュアによくでてくる、若いお母さんのイメージです。


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