第55話 束の間の休日②/父さんの願いと、俺からのお願い

 いきなり父さんがアメリカに行くと言い出した。

 それも母さんも連れてだって?


「ど、どういうことだよ。期間は?」


 発掘でたまに海外へしばらく出かけることはあるが、母さんを連れていく事はなかった。

 期間が長いのか?


「んー、わからん。実は父さんの研究仲間がぜひ俺に加わって欲しいって言っててな。半年とか一年じゃない。けど永住はしないつもりだ。ニチアサ見られなくなるし」


 俺はガクっとなった。

 ニチアサが重要か。まぁ大いにわかるけど、ちょっと拍子抜けしてしまった。


「なんで、お母さんも一緒なの?」


 咲良が寂しそうに聞く。


「俺は母さんがいないとダメだ。日本ならすぐに帰ってこられるから、我慢できたけど。海外となるとちょっと耐えられる気がしない。だから、一緒に付いて来てほしいってお願いした」


「それで、お母さんはOKしたんだ」


「そうよ、咲良。私も日本ならまぁ我慢できたけど、海外となるとちょっとねぇ。私は章太郎君と一生一緒にいるって誓ってるから」


 なんとまぁ。ラブラブなことで。

 見習いたいところだが、子供を置いていくつもりだろうか。


「ひょっとして、私も一緒に行くの?」


 咲良が心配そうな顔をする。


「いや、母さんだけだ。本当はな、この話断るつもりだったんだよ。二人も一緒になんて大変だし、俺の都合で振り回すのも良くないってな」


 父さんが思い返すように言う。

 そうだ、この話。思い出した。


 たしか、一周目のいつだったか、父さんがそう言う話があったと言っていた。

 でも、お前たちを置いてはいけないから断ったって話だった。


「でも承諾したってことは、何か心境の変化でもあったの?」


 俺は気になって尋ねた。


「母さんから優真が変わったことを聞いてな。昼ごはんや夕飯を作ってくれるし、洗濯や掃除もやってくれる。バイトも始めて、大人になったって」


 そうか。俺がタイムリープして大人の精神になったから、憂いの一つが無くなったのか。


「それで今日、優真の作るところ見てたけど、確かにしっかりしていた。俺達が出かけたら大概、洗濯物が片づけられていないのに、今日はそれがなかった。そして何より、優真の顔付きを見て咲良を任せられると思ったんだ」


 父さんは笑顔で言う。

 それは自分の息子の成長を心底、嬉しく思う顔だった。


「ということは、咲良の面倒は俺がみるってことだね」


「そういう事だ。咲良も率先して片づけをしてくれた。部活も始めたって聞いている。少しずつ素敵なレディになっているって今日改めて思った」


 なるほど。咲良も確かに俺の影響か、一周目に比べるとしっかりとしている。


「兄妹で協力し合えば大丈夫だ。って俺と母さんは確信した。だからこの話を進める事にした。二人には寂しい思いをさせるし、迷惑をかけることになる。でも、俺はまだ見ぬ恐竜のために行きたいんだ。どうか、お願いできないだろうか」


 父さんが深々と頭を下げた。

 たしかに、子供を置いて自分のために行くなんて、褒められた行為ではないだろう。


 でも一周目の父さんは、俺が不甲斐ないばかりに夢を諦めたのだ。

 それが親として正しいのかもしれない。


 けれど、俺はロマンを追いかけて、恐竜に命を懸ける父さんが好きだ。

 だから、俺は言った。


「その返事をする前に確認がある。まず、母さん。母さんは本気で父さんに付いて行きたいんだね?」


「ええ、そうよ。私はそんなお父さんを好きになったから結婚したの。そこが砂漠だろうと、山奥だろうと、どこへだって行くわ」


 なるほど。覚悟は決まっていると。


「咲良。お前はどうだ。嫌なら嫌ではっきりと言った方がいい。俺達、子供にはその権利がある。親だからって関係ない。いつも俺に言っているみたいに容赦なく言え」


 俺はいまだ戸惑う咲良に話を振った。

 中学二年生の彼女に聞くことでもないかもしれないが、それでも答えを出してほしかった。


「わ、私は嫌。だって寂しい。不安。私、来年受験生だよ。置いていくなんて勝手」


 咲良は俯いて、ぽつぽつと言い放つ。

 だが顔を上げて父さんと母さんを見た。


「でも、子供っぽいけど格好いいお父さんと、そんなお父さんと一生一緒って言える母さんが好き。だから、良いよ。私、物分かり良い娘なんで」


 ふふん。と笑って咲良は了承した。


「お兄ぃはどうなの?」


 咲良が聞いてくる。

 妹の答えを聞いて、俺の返事は決まった。


「俺もいいよ。離れても家族には変わりないし。でも、盆と正月には帰って来て、顔を見せるようにしてほしい。あと、俺達が頼れる保護者代わりの人を探して欲しい。いくら俺達がしっかりしてきたって言っても、未成年だし」


 俺の返事に二人は目を白黒させた。


「お、おう。そうだな。保護者として、ちゃんと抜かりなくするさ」


「そうよ。ね。うん。なんだか、優真の方が大人に見えてくるわね」


 愛だけで突っ走るのも素敵だけど、現実も考えろって、とりあえず伝わったようなので良し。


「で、いつから行くの?」


 意思確認は終えたので、今後の事を聞く。


「ああ、俺だけ十一月に向こうへ行く。あっちの生活の拠点は仲間が用意してくれているからな。母さんはこれから準備するから、こっちでのアレやコレやを片付けて、早ければ来年の三月か四月くらいだな」


 ふむ。じゃあしばらくは今まで通りか。


「オーケー。なら咲良はそれまでに料理を母さんから学んどこう。母さんは洗濯や掃除以外の家事を俺と咲良に教えて欲しい。それと、近所付き合いやら何やらの話も聞いておいた方が良いだろうね。とにかく、二人が出て行く前に俺達が知らなきゃいけない事を書き出して、教えて欲しい」


 俺は矢継ぎ早に今後の事を言う。


「え、ええ。そうね。たしかに。大事よね」


「優真、ほんと変わったな。なんか変な物食ったか、異世界転生でもしてきたんじゃないだろうな」


 俺の様子に母さんは驚き、父さんは不思議そうに目を細めた。

 惜しい。異世界転生じゃなくて、タイムリープだね。父さん。


「そんなわけないじゃん。まぁ色々と思う事があって、しっかりしようと思ったんだよ」


「愛奏さんのためだ」


「愛奏ちゃんのためだな」


「愛奏ちゃんのためねぇ」


 三人からツッコまれた。

 まぁそれを理由にすれば都合が良いか。


「ノ、ノーコメントで」


 俺は誤魔化すように目をそらした。


 ■□■□


 次の日、父さんは関西に戻った。

 大学を中途半端な時期でやめるって大丈夫なのか心配になったが、どうやら後期から授業を持たないように調整していたらしい。


 それにアメリカ行きを断っても、こっちに戻ってくるつもりで調整していたようだ。


 そういや一周目では、父さんが帰ってきて近くの大学に勤めだすのってこの時期だったか。

 その辺は大学に詳しくないから良く分からないけど、まぁ大丈夫ならそれでいい。


 それからしばらくして、母さんもパートを辞めるための調整に入った。

 俺と咲良は母さんから家事を教えてもらいつつ、自分たちで生活できるように訓練中だ。


 まぁ俺はもともと一人暮らししていた経験があるから、主に咲良に教えるため俺が協力する形だ。

 俺がそつなくこなす様子を見て、母さんと咲良は不思議そうな顔をしていた。


 そんなこんなで深影家は、にわかに慌ただしくなるのだった。


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なお一周目の深影章太郎は夢をあきらめたが、深影渚沙と仲睦まじく幸せに過ごせたのでオールオッケーだった。

優真君が一人の人愛奏を愛し続けるのは父親の遺伝。


読んでいただき、ありがとうございます。

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