幕間 それぞれの文化祭⑤/松葉太雅は頭を抱える

 俺こと、松葉太雅はゆっくり立ち上がった。


 今日は文化祭で、今は後夜祭。

 なかなか捕まらない風見雫玖と話をしようと、何人か仲間に声をかけて彼女を追い詰めた。


 だが、絶好のタイミングで邪魔が入った。

 藤門竜一。

 あの野郎、デカいうえにクソ強い。


 まさか地面に叩きつけられるとは思わなかった。

 中庭の芝生の上だったが、身体がまだ痛い。


「クソッ。お前らも役に立たないな、オイ!」


 声かけた奴らを睨む。


「し、しかたねーだろ。なんだよアイツ。野獣かよ」


「一人くらい殺してんじゃねーか」


「ぶっ殺されそうだった」


 ダメだ。完全にビビってやがる。

 いや、俺も同じか。

 アイツに睨まれて、身がすくんでしまった。


「はぁ、仕方ねぇ。また出直しだ」


 今度はあの野獣にも気を配らねえと。

 雫玖に近づけやしねぇ。

 俺は仲間を解散させると、今日は諦めて、レオンと合流することにした。


 ■□■□


「あ? 本郷と梅田がいやがる」


 レオンのいる場所に行こうと向かったら、教師二人がアイツと話している。

 いや、他にもいるな。あれは山城やましろ佐野さのか。


 まさか、

 俺はいたって普通に近づく。


「どーしたよ。レオン」


「ああ、タイガ。別に。せんせーがちょっと話があるっていうから、聞いてたんだよ」


「話?」


 俺は教師たちを見る。

 生徒指導の梅田と目が合った。


「松葉。頑張ってたのに、展示物の賞を逃して残念だったな」


「ああ、別に。端から諦めてたよ」


 俺は適当に答えた。

 なにせウチの班は、レオンが深影とファミレスでやりあった時にやる気なくして、空中分解だったからな。


 可哀想に、やる気満々だった他のメンバーは、アイツのとばっちりを受けたわけだ。

 おかげで俺が尻拭いして、なんとか形にしたのだ。


「今日は、赤島さんと姿を見かけませんでしたが、今来たのですか?」


 本郷が訝しむよう尋ねた。


「違うよ。俺は文化祭なんて面倒だから、適当にその辺で寝てたんだよ」


「俺も同じ。文化祭ってガキっぽくない?」


 本郷の問いに、俺とレオンは当たり障りなく答えた。

 本当は空き教室で、仲間に指示出してたんだけどな。

 あと、「本業」の方で動いていて忙しかった。

 だからウソは言っていない。


「そうですか。それで二人とも楽しめたのなら、良いでしょう。さて、山城さん、佐野さん。貴方達は楽しめましたか?」


 本郷は笑顔だが目の奥が鋭い。

 なにかヤバそうだな。

 下手なことを言うなよ二人とも。


 俺は心の中でそうつぶやいた。

 それが通じたのか、二人はいたって普通に答えた。


「もちろん、面白かったですよ。なぁ佐野」


「おう、もちろんだ。展示でウチのクラス、凄かったですよね」


 それでいい。

 この後のご褒美のためなら、何でもするよな。


「ええ、私としても誇らしいですよ。さて、引き留めて申し訳ありません。それじゃ佐野さん。今後は気を付けるように」


「はい、役割サボって、すみませんでした。先生」


 佐野は何か謝罪した。

 それに満足したのか、本郷と梅田は立ち去った。

 しばらく様子を見て。

 レオンが二人に言った。


「じょーでき。二人とも」


「あ、あれでよかったのか」


「緊張したぜ」


 二人はホッとしたようだ。


「さーて、マリとアキが待ってるし、行こう」


 レオンは楽しそうに歩き出す。

 俺達はそれに従った。


 それから、校門前で俺達の奴隷の二人を回収。

 そして校舎にこっそり入った。


「なーんか、夜の学校って怖いねー」


 マリがキョロキョロとする。


「懐かしいな。高校なんて久しぶり」


 アキがしみじみと言う。

 この二人、俺達より年上だからな。


 それなのに、レオンの命令でどこかの学校の制服を着ている。

 いい趣味だぜ。まったく。


「そ、それより、俺達疑われてないよな。レオン君」


 佐野は不安そうな顔だ。


「んー? だから何?」


 レオンがつまらなそうに言った。


「たかだか、オタク君達の努力の結晶が汚れただけだよ。逃げたってことがバレても、謝れば済む。それだけの事だろ?」


 そう、今日の一年の展示会場で起きたトラブル。

 計画したのはレオン。実行したのは佐野と山城。協力は俺や他の連中だ。


 やった結果に対して、関わっている労力が大きい。

 正直、レオンに振り回されたと言っていい。


「それだけの事に、どれだけ労力かけてんだよ。なんの意味があったんだ」


 俺はアイツに文句を言った。

 さりげなく会場から無関係のヤツ出して、こっちの人員だけにするの大変だったんだぞ。


「だってぇ。愛奏がオタク君の物になったって冗談を、コイツ等がするからだろー?」


 レオンが爬虫類のような目を向けて、山城と佐野を睨む。


「いや、事実だって」


「そう、俺達はただ、情報を」


「あ゛? だから腹立って連中の物、汚したんだろ。お前らがバレたところでオレは別にいい。ちなみにゲロったら、二度と話せないように顎を砕く」


 お気持ちの表明と脅しを同時にやりやがって。

 忙しい奴だ。

 でも、二人はビビり散らかした。


「わ、わりぃ。ただ、ちょっと不安で」


「絶対に言わない。絶対に」


「んふふふふ。それでいい。だいたい何が『逃げるな!』だ、あのジジイ。物を汚しただけで、大げさな。いくらでもやり直しできるだろうに」


 レオンは呆れたように手を広げる。


「お前たち二人は、俺の言う通りに良くやった。だからこの後のパーティ、そこの二人を一番に抱いていいぞ」


 マリとアキを顎で示す。

 二人の女は頬染めながら言う。


「お手柔らかにねー」


「お金がっぽり」


 山城と佐野は期待するように笑った。


「よ、よろしく。これで俺達も童貞を卒業……!」


「俺達はタダなんだよな。やべっ楽しみだ」


 どいつもこいつもレオンの奴隷だ。

 欲望には勝てないよなぁ。ほんと。


 ■□■□


 俺達は屋上に向かう階段を上る。


「それにしても、厄介だ。あのオタク君」


 レオンはいつものヘラヘラした顔をやめて、忌々しく言う。


「あ? そうか? 俺はあの取り巻きの藤門がヤベーと思うけどよ」


 身体の痛みがもう治まっている。

 あの野郎。ナメやがって。

 手加減できないって言ってたのに、おもっクソやってんじゃねーか。


「暴力で来るなら対処が簡単だよ。でも子供のようなプライドがなく、大人と繋がりがあり、冷静に動けるアイツは付け入る隙が無い」


 最近、学校にも行かず、仲間使って集めた深影優真の情報を眺めてると思ったが、そんな事考えてやがったのか。


「おじさんの言う通り、ムカつくけど無闇に手を出さない方が無難かなぁ。まぁ、今はそんな事より、マリとアキの二人と花火見る事がだーいじだね」


 二人の女の間に入って、たわわな二つの胸を掴む。


「やん、もう、えっち」


「ここでする?」


「それも魅力的だけど、もう花火が始まってる。さっさと屋上に行こう。ここがベストスポットさ」


 レオンは、たどり着いた屋上の扉に手をかけた。


「あれ? 開いてる。ははーん。考えることは誰も同じか。ちょーっとお話して退いてもらおっかなー?」


 アイツはテンション高めに言って、扉を開けた。

 そのまま、いそいそとグラウンド側に向かい、とつぜん立ち止まった。


「おい、レオン。どうした?」


 俺はボー然と立ち尽くすアイツの視線の先に目をやった。


 そこには深影と近衛がいた。

 しかも抱き合ってキスしてる。

 オマケに花火が丁度上がって、映画のワンシーンの様だった。


 俺達が目に入ってないのか、完全に二人だけの世界に浸って、何度もキスしてる。


「うわ。エロ」


「ラブラブさんがいた」


 マリとアキが楽しそうに呟く。


 や、ヤベー。レオンがキレる。

 俺は恐る恐る横目でアイツを見た。


 全ての感情が抜け落ちた顔だった。


「帰る」


 のっぺり平坦に言って、踵を返して歩き出した。


「お、おいレオン」


 俺達は慌てて後を追う。

 アイツは無言でズンズン階段を降りていく。


「だ、大丈夫か?」


 俺は不安になって声をかけた。

 するとアイツは、階段の踊り場で急に止まった。


「タイガ。パーティは中止だ。代わりに中坊のガキども集めとけ」


「は? いきなりなんだ」


 俺は唐突に言われて戸惑う。

 山城と佐野が悲しそうな顔していた。


「他人のモノを寝取る趣味はないけど、オレのモノを奪い返すのは頑張らないとネェ」


 俺に向けた笑顔が、いつになく作り物のようだ。


「愛奏を傷物にしたんだ。オレのこの気持ちをオタク君にも分けてやらないと」


 スマホをいじって一方的に呟く。


「へ、下手な事はするなよ。センコー共に目を付けられたら面倒だぞ」


 俺は猛獣を宥めるように慎重に言う。


「ダイジョーブ。いつもの様に、じっくりと楽しむヨ。上手くいけば可愛い奴隷が増える」


 クツクツと笑って、俺にスマホを見せた。


「ターゲットはこの子だ。アイツ、妹がいるんだってさ!」


 見せてきたのは写真。

 そこには可愛らしい笑顔を向ける、一人の少女が写っていた。


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不穏な終わり方ですが、何事もなかったかのように、次回から体育祭編です。


結局、山城君と佐野君はマリとアキヨモツヘグイを食べなかった。

だから赤島に取り込まれず、最低だけど最悪にはならなかった二人でした(伏線になればいいなぁ未来の自分にブン投げ)。


読んでいただき、ありがとうございます。

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