幕間 それぞれの文化祭④/アタシは恋なんてしない(後編)
文化祭前日の夜。
アタシは例のお告げの夢を見た。
今回は、なにやら学校の教室で打ち上げしている。
愛奏と深影っちが楽しそうに、教室の片隅で何か話していた。
ハッチが二人に絡んでいったので、そこにアタシも入っていって、屋上の話をした。
二人は了承して、みんなとは違う方向に進んで行った。
なるほど。
どうやらあの二人を屋上に向かわせるのが、今回のミッションらしい。
そして文化祭当日の朝。
珍しく早起きして、アタシは洗面所の鏡の前で、入念に準備する。
髪色を一日だけ染められるヤツ買って、赤いメッシュをいれた。
うんバッチリ。
制服のアレンジと、装飾品は学校で付けよう。
鏡に映る自分を見る。
今日のミッションは屋上にあの二人を送り出すこと。
そして、松葉に会わないように気を付けること。
もし過去が変わらないなら、アタシは今日、松葉に襲われる。
転落していく人生の第一歩の日。
そうならないように、立ち回ってきたけど不安だ。
「うー! ナシナシ。そういうのナシ! 今日は一日楽しむぞー!」
鏡の自分にそう言い聞かせた。
「雫玖! 今日、学校でしょ! 文化祭の日まで遅刻しないでよ!」
お母さんからのお小言が飛んでくる。
うわっ。ほんとだ。急がないと。
「いってきまーす」
アタシはカバンを引っ掴むと、慌てて家を出た。
■□■□
学校には間に合った。
校長の長い話を聞き流し、バトラー先生の連絡を話半分で聞いて、アタシは今日のファッションを整えるために、トイレに向かった。
「なんで私まで……」
「まぁまぁ、せっかくだしやろうよ」
瑠姫、愛奏も一緒に誘った。
んで、あーだこーだとワチャワチャして、完成。
待たせていた男子共に披露する。
それはもう盛大に照れていて、可愛いのなんの。
深影っちは顔を真っ赤にして、愛奏を必死に褒めていた。
だからアタシは、未だ無言を貫いているフジモンに言った。
「で、フジモン。君は感想なーい?」
どーだ。アタシの可愛さは!
「あうあう。その、あの、かわいい、な」
余裕をなくした、その顔が見たかった!
アタシはすっかり満足した。
それから、フジモンを連れて遊んだ。
いっぱい食べて、いっぱい飲んで。
揶揄いがてらフジモンにあーんしてやった。
「ほーれ。フジモン。食べさせてやろう。あーんしろー」
「うっ。風見。普通に食べる。普通に」
顔真っ赤にして食べる姿が面白かった。
うん、でもやっぱここまでだね。
これ以上はフジモンが勘違いするかもだし、そうなったら彼に悪い。
何度も言うが、アタシは恋をしないのだ。
そんで、その後は色々とあった。
まずはアタシたちが作った展示物が汚された。
その後、みんなでリカバーして、アタシは軽音のステージに向かった。
深影っちに言われるまでもなく、あんなケチが付いたのだ。
ムシャクシャした気持ちは、音楽で発散する。
『イェェェェェェイ! 今日はアッゲアゲで行くからねぇー!!!!』
アタシは全力全開、フルパワーで演奏した。
バンドのメンバーは負けじと付いて来てくれる。
会場は盛り上がって、歓声が上がる。
一曲目が終わった。
『えー、実は今日めっちゃ腹立つことがありました。それで同じように怒ってる友達に、それを吹き飛ばすようなステージにしてと頼まれました。だから、先輩の前座だけど、食っちゃう勢いで行きます!』
ステージ横の先輩たちの顔を見ると、やってみろと不敵な顔をしていた。
『それじゃ、二曲目、行きます! オリジナル曲でっす!』
それはアタシが一回目の人生で書いた曲だ。
結局、完成する前に、松葉の奴隷になって演奏できなかった曲。
アタシは服役中に、何度も書き直して完成させていた。
それをなぜか高校生に戻ったアタシはスラスラ覚えていたので、書き起こして今回バンドメンバーに公開した。
みんなそれを気に入ってくれて、時間が無いながらも、なんとかメンバーと練習して今日披露した。
もう本当に、超気持ちよかった!
だって一回目に出来なかったことが出来たのだから。
結果、二曲で終わる予定だったのに、アンコールの声が上がり、もう一回だけ演奏した。
ステージの上から見る景色はやっぱり最高だった。
そして、ステージが終わった後、深影っちのお母さんと妹の咲良ちゃんを展示会場まで連れて行ったり、終会の場でバトラー先生がアタシたちの展示物を汚したヤツを可能な限り怒ってくれたり、アタシたちの展示物が最優秀賞を獲ったり。
サイコーでサイキョーな文化祭になった。
■□■□
後夜祭では、前日に見た夢の通りに愛奏と深影っちを屋上に送り出した。
だけど、アタシは運が悪かった。
いや、色々あって気が緩んでいたんだと思う。
無事、ミッションを終えて、クラスのみんなで花火でも見ようと思っていたのに。
トイレに行ってから、みんなを追いかけたら中庭で松葉と遭ってしまったのだ。
「よぉ、風見。ごきげんだな」
「松葉。なんで」
相変わらずクズい顔をしている。
まじまじと見たくない。
「決まってるだろう。お前を待ってたんだよ」
「アタシは待ってない。じゃあね」
アタシは立ち去ろうとした。
でも、アイツは立ちはだかった。
「まぁ、冷たいこと言うなよ。そろそろ仲直りしよーぜ」
「しつこいな。アンタとはもう仲直りなんてしないよ」
誰がしてたまるか。クズの下心なんてわかりきってる。
よく見ると、赤島のクズの兵隊が何人かいる。
どうしよう。逃げられない。
「まぁゆっくり花火でも見て、話をしようぜ」
一回目の人生の時は、こんな強引な事はしなかった。
アタシが避け続けたから、痺れを切らしたのか。
だったら、また同じことをするだけだ。
犯されたら、ためらいなく刺して殺す。
あの時はクズ女が、自分と心中するためにザクザクに刺しちゃったけど、今度は一人で殺してやる。
愛奏達を悲しませるけど、コイツだけはやっぱり絶対に許せない。
アタシが覚悟を決めた時だった。
「何をしている。松葉」
フジモンがゆっくりと現れた。
その顔が見たことないくらいに怖い。
たぶん、めちゃくちゃ怒ってる。
「あ? 何って風見と話してんだよ」
「悪いが、風見は俺と花火を見る予定がある」
彼は唸るような低い声で言って、松葉を押しのけて、囲まれているアタシの前に来てくれた。
「いくぞ、風見」
その顔はさっきと違って穏やかな顔だ。
「うん」
アタシは安堵した。
「おい、待てよ」
松葉がフジモンの腕をつかんだ。
「花火が始まる。放してもらおうか」
「逃がすかよ。風見は俺と話があんだよ」
「どうしてもか」
「そうだ、お前は消えろ」
二人は口論になる。
どうしよう。周りのクズ共も殺気立ってる。
アタシは不安になった。
でもフジモンはとても落ち着いた声で告げた。
「俺は合理に至ってない。だから加減はできんぞ」
「は?」
松葉が聞き返した瞬間、アイツは投げ飛ばされて、芝生の地面に叩きつけられた。
「がっあ!」
松葉は短い悲鳴を上げて転がった。
鮮やかすぎて、何が起こったか分からない。
周りのクズ共も驚いている。
フジモンはそいつ等を睨みつけて言った。
「失せろ。二度と風見に近づくな」
肉食獣が唸るような、静かな怒りだった。
気圧されたクズ共は動かない。
松葉も起き上がりながら息をのんだ。
その様子を見て、フジモンはアタシに言った。
「いくぞ、風見」
彼はアタシの腕を優しく取ると、引っ張ってその場から逃がしてくれた。
■□■□
グラウンドの傍、みんながいる場所の片隅まで来た。
「ケガはないか、風見」
メチャクチャ心配そうに見てくる。
「うん。ありがとうフジモン。でもどうして来てくれたの?」
アタシは不思議だった。
みんなと一緒に先に行ったんじゃなかったのかな。
「お前がいない事に気づいて、探していた。今日はお前と一緒に回る約束をしていただろう。だから後夜祭も同じだ」
「へ? それってつまり、アタシと一緒に花火みたかったの?」
「そうとも言う」
フジモンは、すんなり答えた。
そっかぁ。一緒に花火見たかったかぁ。
アタシはさっきの事を思い返す。
色々とヤバかったのに、フジモンがやっつけてくれた。
もうなんか、凄かった。すごーく格好良かった。
う~ん。アタシは恋なんてしないんだけどなぁ~。
でも仕方ないかぁ。助けてくれたお礼もあるしねぇ。
ちょっと信条を曲げて、今日は付き合っちゃうかぁ。
「んもー。仕方ないなぁ。じゃあ、良い所で見よーよ」
アタシはニカっと笑ってフジモンの手を取る。
「ああ。俺は背が高いから、後ろの方が迷惑かからないんだが」
「アタシは背が低いから、前の方が良い」
「そ、それは困ったな」
アタシとフジモンは、そんなことを言いながら場所を探しに行くのだった。
とにかく、今日は色々とあったけど、楽しい文化祭だった!
-----------------------------------------
というわけで、雫玖の幕間でした。
ベタですが、私はこういうのが好きなのでご了承ください。
次回も幕間です。
視点は良いところなしの松葉君。
つまり文化祭の裏で赤島は何をしたのか。答え合わせです。
読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます