幕間 もう一度、貴方に会いたい/雫玖の真実

 私こと、風見雫玖は友達を地獄に巻き込んだ最低の女だ。


 私は松葉太雅という男の奴隷だった。

 高校一年生の文化祭のあと、私はその男に襲われた。


 あの男は仲間の男達と何度も何度も私を犯し、奴隷に仕立て上げた。

 そして私はその最中、男達に騙されて、当時の親友であった近衛愛奏を巻き込んでしまった。


 何度、彼女に謝っても許されない事をした。

 それでも彼女は私と寄り添ってくれた。


 後から思い返せば、お互いを励まし合う関係に持ち込んで、逃げられないようにクズ共が仕向けたのだ。


 それから高校を卒業しても男達との関係は続いた。

 けれどしばらくして松葉が私の事を捨てた。


 理由は面倒になったのと、新しくできた女に唆されたから。

 あのクズはいつだって、誰かの意見に流される男だった。


 でも、そんな男に隷属していた私は、必死になって縋った。

 そして新しい女が私を殺そうしたので、逆に殺してやった。

 ついでに私たちの争いに巻き込まれて、松葉も死んだ。


 殺した時は気分が良かった。

 でも逃げるつもりはなかった。


 それはきっとクズ共と同じになってしまうから。

 だから、私は自首をした。


 ■□■□


 そこからは色々あった。

 担当してくれた弁護士さんの言う通りにして、最終的に懲役は八年だって言われた。


 理由を説明してくれたが、私は勉強ができないので、意味は結局よく分からなかった。


 分かることは一つ。

 クズを二人始末できたことだ。


 そして反省していることは二つあった。

 たった一人の家族であるお母さんを悲しませたこと。

 もう一つが、近衛愛奏を救えなかったこと。


 私が全てを話して、あの地獄の日々が明るみに出たのに、彼女はすでに赤島に捨てられて行方がわからなかった。

 たぶん、赤島は私からバレるのを危惧して、愛奏を捨てて逃げたのだ。


 やっぱり私は大切な人を悲しませる最低の女だ。

 やがて私は服役中、全てがどうでもよくなっていた。


 なにせ愛奏が自殺したことと、もう一人の親友の真田瑠姫が海外で行方不明になったことを、友達だった神薙桃花が手紙で教えてくれたのだ。


 親友を救えなかった。

 もう一人の親友にも会えなくなった。


 私はただ愛奏のお墓に手を合わせるためだけに、粛々と刑期を過ごしていた。

 やがて、八年が過ぎて私は外に出ることになった。


 ■□■□


 私は外に出たことをお母さんに報告しに行った。

 親不孝者である私を受け入れてくれはしないだろう。

 しかし、それでもケジメはつけたかった。


 でもそれは叶わなかった。

 お母さんはこの八年間で痴ほう症を患い、私の事が分からなくなっていた。

 介護をしている親戚の話では、私の事はすっかり忘れているらしい。


 ああ、私の大切な人は、もうどこにもいないのだと分かった。

 そのあと、色々な伝手を頼って、愛奏のお墓に参った。


「ごめんね。愛奏。私、貴方に直接、謝りたかったのに」


 当然、帰ってくる言葉はない。


「でも、死んだら会えるかな? 私は貴方を巻き込んだ最低の女だから、きっと地獄行きだろうけど。一言くらいは謝れるかな」


 服役を終えてから、私の事を色々な人が支援してくれている。

 けれど、今こうして生きているが、嫌になった。

 私はこの人生を終わらせたかった。


 だから、最後に愛奏達との思い出が詰まった光珠に行って、死ぬことにした。


 ■□■□


 その日は良く晴れた夏の日だった。

 私は死ぬ前に光珠の近くの神社にお参りした。


 地獄に落ちる前に、せめて一言だけでもいいから愛奏に会って、謝れるようお願いをすることにしたのだ。


 誰もいない夏の神社。

 セミの声が聞こえてくる。

 私はお賽銭を入れてガラガラと鈴を鳴らした。


 作法なんて分からない。

 だけど、一生懸命に祈った。


『これから私は死にます。きっと私は地獄行きでしょう。でも、それでも、どうか、愛奏に、親友の愛奏に会って、謝りたい。地獄に落ちる前にどうか、愛奏に会わせてください』


 目を瞑り、必死にお願いした。

 集中しているからか、セミの声すら聞こえなくなった。

 しっかりお願いした後、私は目を開いた。


「え?」


 周囲になにもなかった。


「え、なに?」


 私は混乱した。

 神社にいたはずなのに、何もない場所にいる。

 辺りは真っ暗で、暑かった感覚さえない。


『落ち着け』


 大きな声が響いた。

 私は息をのんで固まってしまった。

 目の前に光り輝く人型の何かが、二つ立っていた。


『貴方の願いは叶わない』


 女性の声がした。


『はずだった』


 途切れ途切れだが、はっきりと聞こえる。


『けれど、貴方は、彼女と縁を、結んでいる。貴方なら、あの時に、戻せる』


 何の事を言っているか分からなかったが、誰の事を言っているのかは分かった。


『歪んだ時は、歪められた者達で、正さねば、ならない』


 今度は男性の声が響く。


『近すぎず、遠すぎず。そなたの縁は、我らに、都合が良い』


 私に何かをして欲しいようだ。


『我らの願いを、叶えるなら、そなたの願い、聞き、届けよう』


 意味が分からないのに、不思議と理解できる。


「私のお願い聞いてくれるなら、なんだってやる」


 私に失うものはない。

 例え二人の願いが人殺しであっても、私はすでに経験している。

 この体も心も全て使って叶えるから、どうか愛奏に会わせて。


『ならば、そなたは、まもなく死ぬ。我らのために、命を捧げる、そなたに、幸運が、あらんことを』


『贖罪の旅は、困難で、あろうとも、どうか、貴方も幸せになって』


 目の前の二人が強烈に光って、私の視界は白く染まった。

 その光が収まると辺りは元の神社になっていた。


「何だったんだろう?」


 夢でも見たのだろうか。

 不思議な体験だった。

 あの二人、随分と申し訳なさそうに言っていた。


 賽銭箱の前で物思いにふける。

 けど次の瞬間。


「痛っ」


 鋭い痛みを足元に感じた。

 確認すると、一匹のヘビが私の足に噛み付いていた。


「ひっ!」


 驚いて後ずさる。

 ヘビは私から離れると一度だけ振り向き、頭を下げてから逃げて行った。


「うっ、あ、か、か……!」


 急に苦しみが襲ってきた。

 息ができない。

 私はその場で倒れた。


「あぐっ、ぎっ」


 死ぬ。

 そう実感した。


 苦しい。視界が黒く染まっていく。

 でも、不思議と怖くない。


 きっとこの先に、愛奏が待ってるんだ。

 愛奏。もう一度、貴方に会い、た、い。


 こうして私は死んだ。


 ■□■□


「はっ!」


 急に苦しみが収まって、意識が戻る。

 体が重い。


「ここは……」


 懐かしい感じがする。

 起き上がって確認する。


 懐かしいバンドのポスター。

 懐かしいギター。

 散らかった服。


「間違いない。ここの実家だ」


 え、アタシ?

 思わず口を押える。

 口調が若い時のだ。


 そして、手元にあったスマホが随分と前のだ。

 スマホを起動させてみた。


「え!? 20XX年7月19日!?」


 えーっと私は三十一歳だから、いまから十五年前!?


 頬を抓ってみる。

 痛い。夢じゃない。


 スマホのカメラで容姿を確認してみる。

 若い。スレてなくて、可愛い私だ。


「アタシ、タイムスリップしちゃった!?」


 何が何だか分からなかった。

 それから、色々と確かめたり、お母さんと顔を合わせて泣いてしまったり、ちょっと大変だった。

 でもその日の夜、落ち着いてみて、実感した。


「アタシ、高校生に戻ってる」


 あの神社で会った二人はたしか、「戻せる」とか言っていた。

 こういう事だったんだ。


 そういえば、私は何をしたらいいんだろう。

 何か、あの二人の願いを叶えるって話だったけど。


 色々と悩んだけど、私はあまり考えるのが得意じゃない。

 一度寝ることにした。

 そして、寝たあとの夢の中で、私のやる事が分かったのだった。


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はい。予想した方もおられましたが、彼女もタイムリーパーでした。

と言っても巻き込まれた優真や、自ら願った愛奏と違って、彼女は神たちによって送られて高校生に戻りました。

神様、何がしたいんでしょうね?


読んでいただき、ありがとうございます。

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