幕間 それぞれの文化祭①/はぐれ幸治、誠実派(前編)
俺こと八条幸治は激怒した。
必ず、かの邪智暴虐なる友たちを見返さねばならぬと決意した。
俺には恋愛がわからない。
俺は、一介のオタクである。
エンタメを愛し、女子とは無縁で遊んで過ごしてきた。
けれども女子に対しては、人一倍に敏感だった。
「ちくしょう。アイツら今頃、楽しんでんのかな」
ぐいーっとオレンジジュースを煽る。
今日は俺の学校の文化祭だ。
楽しいはずの今日この日。
校舎の片隅に設けられた、飲食スペースのさらに隅の方で、俺は飲んだくれていた。
遡る事ちょっと前。
親友の深影優真と、藤門竜一は、それぞれ仲がいい女子と文化祭に繰り出していた。
それも今日は特別におしゃれして、とんでもなく可愛い女子とだ。
俺も真田瑠姫という女子を誘ったさ。
でも、断られた。
それも二回誘って二回も!
「ちくしょう。俺の何がいけないんだ」
がぶがぶとオレンジジュースを飲む。
ジュースの酸味が傷心の俺を慰める。
飲食スペースを通る連中が、みんなカップルに見えてきた。
もう帰ろうかな。体調不良とかそういう理由で。
俺は空になったコップを、設置された特設のゴミ箱に捨てる。
その時だった。
「あれ? 八条君。こんなところで何してるんですか?」
声をかけられた。
俺が振り向くと、そこにはウチのクラスの神薙桃花がいた。
彼女もまた、今日は一段とお洒落に気合が入っている。
正直、めちゃくちゃ可愛かった。
「おう神薙。傷心で飲んだくれてた」
「傷心?」
神薙は怪訝そうな顔をした。
トレードマークのポニーテールが揺れる。
「まぁ情けない話だけどな」
本当は言わなくても良いんだが、今日は誰かに聞いてほしかった。
タイミングよく彼女が来たので、俺はこれまでの経緯を説明した。
「はぁー。それはまた。真田さんも雫玖も酷いですね」
神薙は同情してくれた。
優しい。
でも、俺は首を横に振った。
「いや、俺が悪いんだよ。冷静に考えてみりゃ、近衛や風見のついでに誘われたような感じだ。それじゃ真田に失礼だよな」
間が悪かった。
ようは、俺は間抜けという事だ。
「それに風見には感謝しないといけねぇ。なにせ思いっきり爆笑してくれたおかげで、真田と気まずい雰囲気にならなくて済んだからな」
風見はちゃらんぽらんに見えて、よく周りを見ている。
暗くなったり、落ち込んだりする奴がいたら、絡みにいってアイツなりに励ます。
加減しろとは思うけどよ。
神薙は目をパチクリさせる。
「驚きました。幸治君って、よく人を見てるんですね」
「観察は動物と付き合うなら必須技能だぜ」
観察は動物とのコミュニケーションの一種だ。
言葉を発せない動物がどういう気持ちなのか。
それは見る事から始まるんだからよ。
「ああ、そういえばあの時、動物好きって言ってましたね」
彼女の言葉に俺は思い返す。
あれは、光珠神社に伝説の話を聞きに行った次の日だった。
■□■□
その日は、展示物に使えそうな動物の動画を撮りに、また神社に行ったのだ。
「なかなか見当たらねぇが、俺のカンが言っている。必ずどこかに猫集会が行われている」
こういう、人があんまり来なくて、適度に広く、自然もある場所は、きっとどこかが集会所になってるはずだ。
俺は神社周辺を探して回る。
「あれ? 八条君じゃないですか」
声をかけられた。
そこには神薙がいたのだ。
「おう? 神薙。なんでここに?」
「それはこっちのセリフです。八条君こそどうして?」
俺は神薙に経緯を説明する。
「俺、動物が好きでよ。展示する制作物に動物関係の動画を入れることにしたんだよ。今日はそのネタ探し」
「へぇ。文化祭の展示物のために。もうそんなところまで進んでいるんですね」
彼女は感心したように言う。
「まぁウチの班はリーダーが優秀だからな」
優真は正直言って、高校生には見えねぇ。
夏前までは陰キャっぽい感じだったのだが、夏休みごろから人が変わったように変身した。
ブレイントーキングだか、ブレインストリームだかの手法や、電話のかけ方。
どれをとっても、俺と同じ高校生だって言うには無理があるぜ。
「それで、神薙はどうしてここに? 近所なのか?」
「いえ、違います。今日は夜遅くまで仕事するお父さんのために、お弁当を持ってきたんです」
そういって手に持っていた紙袋を見せてくれた。
「そういや、この神社の神主さんだったな。アレは驚いたぜ」
「ふふふ。サプライズ成功です。藤門君は知っていたはずですけど」
そういやアイツもこの神社と関わりがあるとか言ってたな。
そんな雑談をしていると「にゃー」という鳴き声が聞こえた。
「え、猫の声?」
「しっ」
俺は耳を澄ます。
にゃーご。と再び鳴き声が聞こえた。
「わりぃ。目当てのもんを引いたらしい。じゃ」
俺は挨拶もそこそこに、鳴き声がした方角に向かう。
「ビンゴ。集会だ」
神社の敷地の駐車場。
丁度、森で日影が出来る場所。
そこに数匹の猫が集まっていた。
俺は物陰に隠れて様子をうかがう。
人の気配がすれば解散しちまうからな。
「わー。凄いです。猫がいっぱい」
「うぇ!?」
俺はビックリした。
神薙がいたのだ。
「な、なんで?」
「私も動物が好きなんです。だからちょっと気になったんです」
「そ、そうか。なら静かにな」
俺はスマホを取り出すと、動画の撮影を開始した。
一分ほど撮ると、そろーりと移動して別角度から撮る。
「あ。私も撮りますね」
神薙も動画を撮りだした。
「なんだか、こっそりって楽しいですね」
彼女は嬉々とした表情をした。
変わってるな。神薙のヤツ。
それから俺達は何カットか動画を撮影した。
「いやー。一日で出会えるなんてラッキーだったぜ」
正直、会えるかは分からんかったからな。
これも縁の神様のおかげかねぇ。
「私の動画もお渡ししますね」
「おう、さんきゅー。助かったぜ」
神薙から動画を受け取る。
「そうだ。動物好きなんだよな。お返しに俺イチオシの動画送るぜ」
俺のフォルダに保存された犬や猫の動画を送る。
「わぁ。ありがとうございます。八条君は動物飼ってるんですか?」
「いや、俺ん家マンションだから飼えないんだよ。神薙は?」
「私も飼ってません。一軒家なので飼えるんですけど、どうしても命を育てることに踏ん切りつかなくて」
彼女は悲しそうな顔をした。
「いや、それは正しいぜ。飼ったら、死んで埋葬するまで面倒見るんだ。その覚悟がないなら、こうして眺めたりするだけにした方が良いと俺は思う」
ハンパな気持ちで飼ったら、お互いが不幸になるだけだからな。
「そうですね。ふふふ。八条君は誠実ですね」
「そ、そうかぁ」
俺は頭をかいた。
■□■□
以上、回想終わり。
まぁそんなことがあったのだ。
「んで今日は、神薙はどうしてここに?」
俺は何となしに聞いてみた。
すると、彼女はぷんすか怒ったように言う。
「それが、約束をしていた友達がドタキャンしたんですよ! 彼氏と回るとかなんとか。だったら、最初から誘わないでほしいです」
「そりゃまた、酷い話だ」
約束を破るのはダメだろ。
というか、神薙も袖にされたのか。
さ、誘うか。
いや、でもまた、ついでのような感じになるか?
それにもし断られたら、俺は今日立ち直れないかもしれない。
『迷ったら、往けだよ。幸治』
ふと、優真の言葉を思い出した。
あれはいつだったか、近衛との惚気を聞かされた時に言っていたのだ。
当たって木っ端微塵の精神が大切だと。
どーせ、失うものはない。
決めるぜ、覚悟。
「なら、よ。お、俺と一緒に文化祭回るか?」
-----------------------------------------
やっぱり幕間一話で消化できなかった。
すみません。前後編で行きます。
ちなみに幸治は、タイムリーパーではありません。
読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます