第53話 文化祭で愛をこめて⑭/君とキスを
それから。
終会が終わって後夜祭が始まる。
ニシノ祭の後夜祭では、花火が上がることになっていた。
それも地面から吹き上がる花火や、打ち上げ花火など結構手が込んでいて、近所の人たちも見に来る名物だ。
花火まで準備時間があるので、それまで生徒は思い思いに過ごす。
普段はこんな夜まで学校にいないので、みんないつもよりテンションが高い。
「かんぱーい!!」
幾度目かの乾杯の音頭が上がる。
展示会の三つの賞を総ナメするという、快挙を成し遂げた、我らが一年二組。
本郷先生の計らいでジュースが配られて、花火が始まるまでの間、教室で打ち上げが行われていた。
「いやー、一時はどうなるかと思ったけど、最高の結果でテンションがアッゲアゲだね!」
風見さんがぐびぐびと、オレンジジュースを煽る。
「俺達はダメだったけど、ウチのクラス、強靭! 無敵! 最強! 過ぎるだろ」
ゲーム部の磯野君が楽しそうに言う。
振り返ってみると、他のクラスと比べてクオリティが高かったからなぁ。
ウチのクラスが賞を搔っ攫うのは、必然だったのかもしれない。
ちなみに特別賞は、一年二組以外にも賞を出さないと、ちょっと学校としてよろしくないという校長からのお達しで出来たモノらしい。
まぁ今後のモチベーションとか考えると、必要な配慮なんだろう。
先生って大変だ。
俺は盛り上がる教室の片隅で、静かにウーロン茶を飲む。
一周目じゃ、赤島のチームが最優秀賞を取ったと愛奏から聞いた。
二周目は過去が変わって、俺達が結果を出した。
未来をより良くするために足掻いている俺にとって、この光景はとても感慨深い。
そしてふと、この光景を見て思い出す。
そういえば、当番に来なかった佐野君を結局、朝以外で見ていないな。
終会にもいなかったし、どこ行ったんだろう?
無断早退でもしたんだろうか。
そんな事を思っていると、クラスメイトと話し終えた愛奏が寄ってきた。
「大丈夫? 優真君」
「ああ、うん。みんなのテンションに付いて行けなくて」
テンションがバクアガった高校生の雰囲気に、大人の俺は気圧されてしまったのだ。
「あははは。分かる分かる。若いって凄いよね」
愛奏もちょっと疲れたのか、俺の隣に座った。
「俺達も今は高校生なんだけどなぁ」
寄る年波には抗えないというのか。
「こら、優真。近衛といちゃついてないで、俺達との友情をもっと大切にしろー」
幸治が絡んでくる。
「わかってるよ。というかなんで酔っ払ったみたいになってんだよ」
飲んでるのオレンジジュースだぞ。
「ノリだ、ノリ。つーか、いつか酒も飲んでみたいよな」
「そうだね。二十歳になったら、飲もう」
俺は未来の事を思い出して笑う。
彼とはこの先、よく飲んでるからな。
「ねーねー。深影っちは、愛奏とどこで花火見るのぉー?」
風見さんが近づいてきて、聞いてくる。
「普通にグラウンドだけど」
俺の回答が気に食わなかったのか、彼女は言った。
「そこは二人きりになれる場所でしょー。空気読めー」
「いや、二人きりって、そんな場所ないでしょ」
グラウンドにみんな集まるし、教室にも人がいる。
「どこか知ってるの? 雫玖」
愛奏が尋ねた。
「むっふっふ。屋上なんてどーお?」
「普通に施錠されてないか?」
俺は否定する。
「ところがどっこい。あそこのカギは、ちょっとイジったら簡単に開くんだよねー」
「行けても、あぶねーんじゃねーか。夜だし」
幸治が至極真っ当な事を言う。
ところが風見さんは指を振った。
「チッチッチ。ちゃんとフェンスがあって、だいじょーぶだよ」
なんでそんな事を知っているのか疑問だ。
「でも入ったら怒られそうだな」
立ち入り禁止になってるだろうし。
「バレても堂々と逃げずに、怒られれば良いじゃん。バトラー先生もそう言ってたし」
いや、あの終会で言っていた言葉は、そういう意味ではないのだが。
「私は行きたいな。優真君」
愛奏が俺に言う。
それなら仕方ない。
俺も興味あるし、バレたら俺が怒られよう。
『まもなく、花火が始まります』
校内放送が流れる。
「それじゃ、ちょっと行ってみようか」
「ふふふ。みんなにナイショ。こっそりね」
俺と愛奏は、グラウンドに向かうみんなと離れて、屋上に行くため階段を上る。
「思い出すなぁ。一周目はレオンとよく屋上に行ったっけ」
愛奏がしみじみ言う。
「え、それ大丈夫? 辛い場所じゃない?」
俺は愛奏のフラッシュバックを心配した。
彼女は首を横に振った。
「大丈夫。むしろそういう場所を、大好きな優真君との思い出に塗り替えたいの」
そうか。光珠やその周辺は、赤島との思い出で溢れているだろう。
愛奏にとってこの地域は、最悪の場所なのかもしれない。
「だったら、色々なところに行こう。赤島との思い出なんか一ミリたりとも残さず消し去ってやる」
「うん。私もそう思ってる。優真君やみんなとの思い出に変えて、アイツのことなんて、ぜーんぶ忘れたいな」
俺は脳内のやる事リストに、最優先事項として刻んだ。
必ず達成してやる。
「そういえば今日、レオン見なかったね」
愛奏がふと気づいたように言う。
確かにそうだ。
例の展示会場の件で、アイツの影を感じたが、直接は見ていない。
「学校に来てなかったのかな? そんな事ないと思うんだけど」
愛奏は不思議そうに首をかしげた。
「まぁ、アイツの事なんか気にするだけ、不健全だよ。気にしない。気にしない」
俺は愛奏の手を握り、階段を上る。
「それもそうだね」
彼女も同意した。
そして、屋上前の扉に着いた。
「えーっと待ってね。確かこうして、こうすれば」
愛奏が手慣れたように扉をイジった。
「よし、開いたよ」
俺たちは屋上に出た。
そこは当然、誰もおらず、秋の夜風が吹く場所だった。
「寒くない? 愛奏」
「大丈夫だよ。うわー、ここなら良く見られるね」
愛奏がグランドが見える方に駆け寄って見下ろす。
たしかに、ここなら良く見える。
「ねぇ、こういう時は安心合体でみよーよ」
「いいよ。ほら、アイハブコントロール」
俺は座って足と手を広げる。
「ゆーはぶこんとろーる!」
愛奏は俺に体を預けた。
「「完成、安心合体っ」」
二人で唱和して、俺は彼女を抱きしめた。
「んふふふふ。やっぱこの座り方すきー」
愛奏が楽しそうに笑う。
「俺も愛奏に密着できて好き」
そんなことをしていると、花火が始まった。
グラウンドに設置された装置から花火が吹き上がる。
歓声も一緒に聞こえてきた。
「わぁー。綺麗だね! 優真君」
「ああ、本当に」
色とりどり花火が次々と花開く。
夏の花火と違って、秋に見る花火もまた風流なものだ。
「ねぇ、優真君は文化祭、楽しかった?」
愛奏が聞いてきた。
俺は大きく頷いた。
「もちろん。新学期始まってからバタバタと準備して。当日は一日、君と一緒にいられて、とにかく最高だった」
俺はこの約一カ月を思い返す。
夏休みも色々とあったが、この九月はそれ以上の出来事があった。
「私も、一周目って何やってたか思い出せないくらい最高だった」
それは重畳だ。
人生やり直し大成功と言えるだろう。
「でもね、すこーしだけ足りないかなぁ」
愛奏が花火から視線を逸らして、俺を見てくる。
この合体状態だと、愛奏の顔が超至近距離にくる。
今日は超絶可愛い仕様のため、いつもよりドキドキしてしまう。
「優真君。誰もいないよ。ここ。そろそろ、勇気出さない?」
愛奏はうるんだ瞳でそんなことを言ってきた。
彼女が何を言っているのか分かる。
キスしたい。という事だろう。
「えっと、それは」
「愛の願い。勇気を出せ。じゃなかった?」
うっ。そういう事か。
あの占いのメッセージはこれを指してるってことか。
「わかってたの? あのメッセージ」
「ううん。違うよ。あの占い師の生徒が言ってたじゃない。占いは良い方向に転がる事を信じて、動く事が大切だって。だから追い詰めてみました」
なるほど。追い詰められたわけだ。
「それとも、私とは嫌?」
「それだけは、絶対違う。その、えーっと。上手くできなくても笑わないでね」
ここまでしてくれた女の子に応えないのはダメだろう。
勇気を出さないとな。
「だいじょーぶ。じゃ、いったん合体解除」
愛奏が立ち上がる。
俺も立ち上がった。
「んっ」
愛奏が目を瞑って待ち構える。
プルプルそうな唇だ。
お、俺は今から、彼女にキスをするんだ。
い、いくぞ。
スッと顔を近づけて唇を重ねた。
そして離れる。
やった、やってやったぞ。俺。
だが、彼女は不満そうなジト目を向けてきた。
「短すぎ。もう一回」
「うっ、はい」
リテイクを出されてしまった。
俺は深呼吸して、気持ちを落ち着けて。
「愛奏、好きだよ」
そう言って、今度こそ彼女とキスをした。
それは柔らかく、甘く、そして優しかった。
愛奏は俺に手をまわしてホールドしてくる。
どうやら逃げられないようにしてるらしい。
なら、このまま、もっと。
君とキスを。
タイミングよく、夜空に花火が打ちあがり、大輪の花を咲かせた。
こうして俺達の文化祭は、愛をこめたキスで終わりを告げるのだった。
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ということで、二人は幸せなキスをして文化祭編は終わりです。
途中、プロットが爆発してどうなるかと思いましたが着地できました。
次回からは幕間をいくつか投下して、体育祭編です。
最初の幕間は、コメントでご要望いただきました、幸治視点となります。
読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。
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