第52話 文化祭で愛をこめて⑬/投票の結果は?

『今年のニシノ祭は、終会と後夜祭を残すだけになりました。全生徒は、片付けを中断し、グラウンドに集まってください。繰り返します……』


 校内に終わりを告げる放送が響く。

 日が傾く夕方。

 茜色に染まるグラウンドと校舎。


 その光景に寂寥感を覚えた。

 すでに展示会場の撤収は終わっており、投票の集計中だ。


 父さん達は展示終了と共に帰っていった。

 後夜祭に参加するので、遅くなることは了承を得ている。


「愛奏ちゃんとバッチリ決めてこいよ!」


 などと背中を押されたが、父さんは何を期待しているのだろうか。

 家に帰ったら根掘り葉掘り聞かれそうである。


 そんな事を思いつつ、俺はグランドに向かい、並び終えた。

 全校生徒が集まった時点で、終会が始まる。


『えー。今年のニシノ祭も盛り上がり、終わりを迎えます。楽しかったですか?』


 司会の教頭先生がマイクに向かって話し始めた。


「楽しかったー」


「もうちょっと、やりたーい」


 そんな声が上がる。

 先生たちはその声に微笑んだ。


『本来であれば、楽しいまま終会して、後夜祭に移ります。ですがその前に、皆さんに伝える事があります。本郷先生お願いします』


 ざわざわと周囲が騒がしくなる。

 本郷先生はグラウンドの台に登壇する。


『はい。静かにしてください。今から大事な事を伝えます』


 本郷先生は、一瞬だけ俺と目が合った。

 そして全体を向いて言った。


『今日、一年生の展示会場で、残念な事が起こりました。一年生が制作した展示物が、何者かの手によって汚されて台無しになりました』


 どよどよと声が上がる。


『はいっ! 静かにする!!』


 本郷先生が一喝する。

 シンと静まりかえった。

 先生は続ける。


『誰がやったとか、どうしてやったのかは、分かりません。ただ事実として、一年生が一生懸命作った物が台無しになりました』


 先生が感情を込めて繰り返した。


『学校として犯人を探したり、捕まえたりすることは絶対にしません。皆さんも絶対にしないでください。そもそも外部の人が来場する文化祭である以上、その人物は学校の人ではない可能もあります』


 その通りだ。

 ましてや、監視や警備などしてないのだから、こういう事が起こるのは、想定内と言えるかもしれない。


『この出来事の重要な点は、誰がやったかではなく、です』


 本郷先生が強調して告げた。

 そして、全体を見渡しながら言う。


『不慮の事故で汚したのなら、その場に残って謝ればいい。先ずはやってしまった事を認めて謝罪しないといけません。故意にやった事なら、その行いは卑劣です。逃げたらバレないと思っているなら、なお悪い』


 普段から生徒を指導する時は、プレッシャーを感じさせる先生だが、今日はその桁が違った。

 本気で怒っていて、本気で悲しんでいる。


 俺もそうだが、みんな目を逸らせない。

 圧倒的な重圧で全生徒を釘付けにしていた。


『これから歳を重ねて、大人になる皆さんに伝えます』


 そう言って一拍置く。


『逃げるな!』


 ビリビリと空気が震えた。

 体の真芯を打ち据えるような、声だった。


『自分のやったことに対して、責任が持てる人になってください。時には逃げることも正解ですが、今回のケースは違う。誰かが心を込めて作った物を台無しにして、逃げるような人間にならないでください。この言葉が、皆さんに伝わることを切に願います。以上、私からの話は終わりです』


 空気が重たい。重たいが、俺はどこかすっきりした。


『さて、それでは終会を始めます。校長、挨拶は短めでお願いしますね』


 本郷先生が軽やかな声で言って、仕切り直された。

 

 ■□■□


『ということで、私の話は終わります』


 校長が珍しく短く話を終えて、降壇する。


『では続いて、一年生の展示会の表彰を行います』


 おお、ここで発表か。

 これは楽しみだ。


 教頭先生から、今回の経緯などが、上級生にあらためて説明される。

 そしてマイクが教頭から本郷先生に代わった。


『まずは入賞から発表です。入賞は一年二組から班名「鉄分』、展示物名「光珠周辺の鉄道の歴史」です』


 入賞した班が告げられた。

 ウチのクラスだ。

 俺は心から拍手を送った。


『では続いて優秀賞です。優秀賞は一年二組から班名「学校調査班」、展示物名「みんなが知らない学校のミヒツ」です』


 喜びの声が上がった。

 おー! 神薙さん達の班だ。

 学校の模型の展示だった。


 確かに優秀賞にふさわしいだろう。

 これでウチのクラスから二班、賞を取った。


 まだ俺達の班が呼ばれていない。

 果たして、選ばれるだろうか。

 ドキドキしてきた。


『では最後に最優秀賞の発表……の前に特別賞の発表です』


 俺を含めて何人かがずっこけた。

 そういうハズシはいらないって!


『特別賞は本来なかったのですが、ちょっと事情がありまして。いくつか読み上げます。まずは一年一組……』


 特別賞が読み上げられる。

 だが、まだ俺達の班が呼ばれていない。


 これは、ひょっとしてダメなのだろうか。

 ふと俺より前に並んでいる愛奏が振り向いた。

 物凄く心配そうな顔をしていた。


 気持ちはわかる。

 先生の一喝で溜飲は下がったが、展示物が台無しになった事実は消えない。

 それがやはり影響したか。


『以上が特別賞です。特別賞を受賞した班には、後で何か素敵な景品を贈ります』


 やっぱり俺達の班はなかった。


『では、今度こそ最優秀賞の発表です。栄えある最優秀賞は』


 心臓が早鐘のように鳴る。

 胃が痛くなってきた。


『一年二組から班名「チーム優真」、展示物名「光珠神社の白紐伝説」です』


 え?


 一瞬だけ、呆けてしまった。


「いいいいぃぃぃぃぃぃぃやったああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 そして風見さんの感情を爆発させた声で我に返った。

 マジで最優秀賞を取れた。


「は、あはははは。はははははは」


 笑いが止まらない。

 大変だったことがフラッシュバックする。


 ブレスト。神社に取材。ランチミーティング。原稿書き。図書館。制作作業。汚されて台無しになった事。諦めずに展示を続けた事。展示会場に来てくれた人たち。


 ぶわーっと思い出が駆け巡った。

 みんなで頑張った結果が、最高の形で結実した瞬間だった。


『では最優秀賞の班、目録を渡すので、前に出てきてください』


 呼ばれたので、俺達は急いで前に出る。

 愛奏はとびっきりの笑顔だし、風見さんはニッコニコだし、真田さんは泣いている。

 幸治は照れくさそうに笑い、竜一は物凄い顔になっていた。


「優真君が受け取って!」


「いいの?」


「いいから、はやくしろっての」


 愛奏や幸治、他のみんなが促してきた。

 俺は班の代表として先生の前に立った。


『おめでとうございます。素晴らしい展示でした』


 先生から目録を受け取ると、大きな拍手が起こる。

 俺達は並んで、その拍手を一身に受けた。


『それじゃ、何か一言お願いします』


 おっとぉ。いきなりマイクを渡された。

 ちらっとみんなを見たが、リーダーお願いって目をしてる。

 仕方ない。俺は口を開いた。


『えーでは、リーダーである私から一言。先ず、今回の展示物の制作にあたりまして、多大なるご協力をいただきました光珠神社の皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます』


 俺は一礼する。


『さて、最優秀賞を目標にして、チームのみんなで一生懸命作った物が、皆様に評価していただいたのは、大変嬉しく存じます。努力した結果が最高の形で実りました。これからも何事にもやる気全開で取り組んで参ります。ありがとうございました』


 俺は深々と一礼して、マイクを本郷先生に返す。

 戻す際に教師陣の顔が見えたが、なぜかみんな驚いたような感じだった。


 なんか俺、変な事を言ったかなぁ?

 いきなりマイク渡されたから、当たり障りのない事しか言わなかったと思うけど。


『はい、ありがとうございました。列に戻ってください』


 本郷先生は小声で「深影さんらしいですね」と笑っていた。

 俺たちは元の位置に戻る。


『受賞できなかった皆さんも、ここまでの過程が必ず自分の力になっています。次に繋げてみてください』


 本郷先生は、そう締めくくった。

 そしてこのあと、上級生関係で同じような表彰が行われ、終会は終わりとなった。


 この長い一日は、後は後夜祭を残すだけだ。

 楽しみだな。


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次回で、長かった文化祭編は最後です。



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