第49話 文化祭で愛をこめて⑩/ピンチはチャンス

 俺達の展示物が汚れた。


 そう連絡を受けた俺と愛奏は、慌てて展示会場に駆けつけた。

 そこには竜一と風見さん以外にも、すでに幸治と真田さんも来ていた。


「みんな! お待たせ」


 俺は駆け寄った。


「おお、優真。これ……」


 幸治が悲しそうな顔で示した。

 そこには、茶色く濡れた染みが広がる俺達の展示物があった。


「これは……!」


「ウソでしょ!?」


 俺と愛奏は言葉を失った。

 いや、落ち着け俺。


 トラブルは常に起きるものだ。

 嘆く前に先ずは状況を確認しないと。


「竜一。何があったか説明できるか」


「すまない。俺達も連絡を受けてここに来た」


「誰か説明できる人は?」


 俺は周囲を見回す。

 思い出せ。確かこの時間帯のシフトは。


「お、俺と真田が当番だ」


 そう言っておずおずと手を挙げたのは、ウチのクラスの山城君だった。


「何があったの?」


「それが、目を離した隙にこうなってて」


「ごめんなさい。私も交代の時間で教室を出ようとしてて、周りを見てなかったの」


 真田さんが申し訳なさそうに項垂れる。

 俺は周囲をもう一度観察する。


 展示会場はいつもランチで来ている大教室だ。

 広い会場にはシフト対応の生徒しかおらず、来場者がいない。

 教員も他の対応に当たっているのか、見当たらない。

 役割をサボって、来てないクラスもあるようだ。


 それにシフト交代の関係で、人がいない隙間時間があったのかもしれない。

 目撃者はいない可能性があるな。


 俺は現場に目を向ける。

 転がってるカップから、おそらく文化祭で提供されている飲み物だ。

 甘い匂いからコーラだろうか。

 それがぶち撒けられていて、床も濡れている。


「はい。皆さん。ちょっと失礼します」


 本郷先生が雑巾とモップを持ってやって来た。


「先生……。どうしよう」


 愛奏が泣きそうな顔で言う。

 俺は愛奏を悲しませた犯人に怒りを覚えたが、今はそれどころではない。


「先ずは片付けよう。他の展示物も汚れたら大変だ」


 俺は本郷先生からモップを受け取ると、率先して片付け始めた。


「そうだな。片付けよう」


 竜一も行動を開始した。

 他のみんなもノロノロと動き出した。


 ■□■□


 少しして。

 片付け終えると、俺は展示物の状態を確認する。

 染みは取れそうにない。

 無事な部分もあるが、一部が完全にダメになっている。


「優真。これからどうするよ?」


 幸治が聞いてくる。

 俺が答える前に風見さんが言った。


「そんなの決まってんじゃん! 犯人見つけないと!」


 風見さんが怒って叫ぶ。

 その気持ちは痛いほどわかるが、俺は否定をするために言った。


「気持ちは俺も同じだけど、それは難しいよ。目撃した人がいても、それを聞き出して、犯人を探して、なんてやってたら文化祭が終わる。そんな悲しい事をしたくない」


 時間は有限だ。

 不毛なことに時間を割く余裕はない。


「なら、再印刷するか。パネルはまだ無事だ」


 竜一がスチレンボードを触って確認する。


「そうだね。本郷先生、プリンターをお借りできますか?」


 すると先生は首を横に振った。


「残念ですが、昨日の時点でインクが切れて、注文中です。稼働ができません」


 なんと間の悪い。

 印刷が不可とは。


「ごめんなさい! 私がちゃんと見てなかったからこんなことに」


 真田さんが涙を浮かべて謝ってくる。


「真田のせいじゃねーよ」


 幸治がすぐさま否定する。


「そうだよ。瑠姫は悪くない」


 愛奏は彼女に寄りそう。

 重たい空気だ。

 俺は努めて冷静に先生に聞いた。


「先生、大型モニターはまだ残っていますか?」


 この学校はICT教育の一環で、移動できる大型モニターが結構ある。

 とにかく綺麗に表示できればいい。


「モニターですか。ふむ。それなら用意できるかもしれません」


「もし難しいようなら、プロジェクターとスクリーンを借りようぜ」


 幸治は会場で「教えたい! 光珠周辺のアレコレ」と表示させている機器を指さした。


「そうですね。緊急事態なので良いでしょう」


 よし、これでどうにかなる。


「優真君。印刷データってどこにあるの?」


 愛奏が聞いてきた。


「うん。クラウドだよ」


「くらうど? ってネットにアップするだっけ?」


 風見さんが首をかしげる。


「そうそう。だから、それをダウンロードして、画面に出せば展示は出来るよ。汚されたことは悲しいけど、大したトラブルじゃないさ」


 俺の言葉にみんな安堵の表情をした。

 俺はパンと手を叩いた。


「よし、それじゃ準備を始めよう。真田さん、本郷先生とモニターを探してきて欲しい」


「分かったわ。必ず見つけるから!」


「竜一、モニターにしろプロジェクターにしろ、接続するコードがいる。事情を話してパソコンの先生から借りてきてくれないか?」


「任せろ」


「幸治はタブレット端末を持ってきてくれ」


「おうよ!」


 俺は次々と指示を出す。


「ねぇねぇ、私は? 私は?」


 風見さんが期待した目で見てくる。


「風見さん、軽音部の方は大丈夫? リハーサルとか、準備とか?」


「あるよ! でも、こっちが大変じゃん!」


「なら、そっち優先。文化祭に変なケチが付いたけど、それを吹き飛ばす演奏を頼むよ」


 俺は笑って依頼した。


「んんんんー。おっけー! 任せてよ!」


 ちょっと考えて、彼女はサムズアップした。


「んで、愛奏と俺はここで展示の対応だ。モニターが来るまで、このパネルで対応する。俺はまだ最優秀賞を諦めてないからね」


「うん! わかった!」


 それぞれに役目を与えて、行動させる。

 これで重い空気は変わるし、みんな前向きになるだろう。


 俺達は展示の再開に向けて動き出した。


 ■□■□


 その後、大型モニターは借りられなかったが、本郷先生と真田さんは大きなスクリーンとプロジェクターを持ってきてくれた。


 必要なコードも竜一が持ってきて、さっそく幸治がデータをダウンロードして、表示させた。


「うん。良いじゃないか。パネルより大きく表示できるし、場合によっては拡大もできる」


 ピンチはチャンス。より良くなったので結果オーライだ。


「一時はどうなるかと思ったけどよ。何とかなったな」


 幸治がホッとした声で言う。


「それで、これからどうする?」


 竜一が次の指示を聞いてきた。


「後はみんな、文化祭に戻るってことで良いんじゃないかな?」


「でも、また何かあったらと思うと心配ね。私、ここに付いてましょうか?」


 真田さんが、真剣な顔で提案してくる。


「それなら、俺が残るよ。俺は愛奏と文化祭を一通り楽しんだし、真田さんまだ回れてないでしょ?」


「でも、それは」


「行ってきなよ。瑠姫。友達と約束してるんでしょ?」


 食い下がろうした真田さんを愛奏が制して促した。

 彼女は少し考えて頷いた。


「わかったわ。ちょくちょく様子を見に来るから。もう、誰にも邪魔はさせないわ」


 目つきがメチャクチャ鋭くなる。

 こっわ! 人を何人か殺してるくらいの眼光だった。


「お、落ち着けって真田。妨害されたって決まったわけじゃないしよ」


 幸治がビビりながら宥める。

 彼女はハッとして、眼鏡をはずして目頭をもむ。


「ごめんなさい。ちょっと、キレちゃったわ」


 雰囲気が緩くなる。

 やれやれビックリした。


 でも、まぁ妨害か。

 やっぱ連想しちゃうよなぁ。赤島を。


 なにせ俺が目を付けられているからな。

 最近、周りで不穏な話もあったし。


 もし赤島がかかわってるなら、ある意味、俺のせいだ。

 やはりここは、リーダーでもある俺が残って責任を取ろう。


「みんなも文化祭に戻りなよ。俺が展示場に張り付くからさ」


「良いのかよ。優真」


「構わないよ。俺がこの班のリーダーだし。実はここにいると来場する人に説明できるから、良い感じなんだよね」


 愛奏とここで対応していてわかったのだが、パラパラと来る来場者に展示内容を直接説明できるのだ。


 最後に投票をお願いすることも出来る。

 直に解説できて、だいぶ有利な立場になるから不公平かもしれないが、これくらいは許してもらおう。


 ちゃんと、良かったと思う展示に投票してくださいって言ってるし。

 不正はしていない。


「そうか。お前がそうしたいなら、俺は止めない。代わりに何か食べたい物はあるか? 持ってこよう」


 竜一が提案してくる。


「気を使わなくてもいいよ。ああ、でも俺の代わりに風見さんの演奏聞いてきてよ」


「わかった。どのみち行くつもりだった」


「私は、優真君と一緒にいたいからここに残るね」


 愛奏は俺の腕にぎゅっとしがみ付く。


「ありがとう。愛奏」


「恋人の邪魔はしちゃ悪いわね。それじゃあ、よろしくね」


 真田さんは生暖かい目を向けつつ、会場を去った。


「かーっ。バカップルめ。イチャついて仕事をおろそかにするなよ」


 幸治は嫉妬の目を向けながら出て行った。


「ははは。仲が良くて羨ましいな」


 竜一は珍しく怖くない笑顔を向けて、立ち去った。


「それじゃ、頑張って対応しよう」


「うん、よろしくね! 優真君」


 こうして俺と愛奏は展示の対応に当たることにした。



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不利ピンチ有利メリットに変えるのが、カードゲーマー優真君のSAGA


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