第44話 文化祭で愛をこめて⑤/愛奏と図書館で調べ物

 さて、清道流の道場で稽古したその日の午後。

 俺は家に帰り昼食を食べると、さーっとシャワーを浴びて、身だしなみを整える。


「ふんふ~ん。きっと変身願望ってみんなも持ってる~♪」


 俺はプリティナイツのアニソンを歌いながら、髪の毛をセットしていく。

 最初の頃は恐る恐るのセットだったが、今じゃ手慣れたものだ。

 踊るように髪の毛をスプレーで固めた。


「お兄ぃが気持ち悪い動きして、身だしなみ整えてる。さてはデートだな」


 なぜか洗面所に来た咲良が、いつものぼやっとした目で辛辣なことを言ってくる。

 咲良の言う通り、恋人になってからの初デート! と言いたいところだが。

 実際の目的は文化祭関係での資料探しだ。


 幸治たちが原稿をパネルに配置したところ、もう少し文章量やコンテンツを増やさないと、ちょっと寂しいとの事だった。

 そこで、伝説の話に関連して、他にも似たような話がないか探すことにしたのだ。


 いわゆる類型を調べて比較するわけだな。

 そうすることで、白紐伝説のオリジナリティを見つけて際立たせる作戦だ。


 そんなわけで、今から愛奏と図書館に行く約束をしていた。

 まぁデートだろうと、図書館で調べ物だろうと、今から愛奏に会えるのだから俺は気分がいい。

 だから、妹に何言われても平気なのだ。


「イェーイわかるぅ? 今からちょっと図書館に出かけてくるから。留守番ヨロシクぅ!」


 俺はテンション高めに、留守番を頼んだ。

 ちなみに母さんはパートで不在だ。


「留守番はするけど、そのテンションがウザい。愛奏さんから愛想尽かされる前に、改めた方が良い。今のお兄ぃは浮かれてて格好悪い。最悪。キモい」


 罵詈雑言のオーバーキル。

 俺はスンっとなった。

 ウチの妹は冷や水かけるのが上手い。


「まったく、言葉を選べよ。咲良。泣くぞ」


「普通の方が良い。愛奏さんも言ってたでしょ。真面目で頼れるところが好きって。浮かれたバカはダメ」


 腕で大きくバツの字を作って言う。

 それはそうなのだが。浮かれたっていいじゃない。人間だもの。


「わかった。落ち着いていくよ。でもこれだけは言わせろ。お前だって、恋人が出来れば浮かれたくなるぞ」


「私の理想は高いから、浮かれる前に相手がいない」


「あえて独り身を選ぶなら良いけど、こじらせて独身はやめた方がいいぞ」


 俺は咲良の将来が少し心配になった。

 大丈夫か、コイツ。

 一周目じゃ、このマイペースさで、人付き合いが上手くいかずに独り身だったからな。


 そういうところ、兄である俺に似なくてもいいのに。

 二周目の今は、部活を始めて人との交流が増えたので、少しでもマシになってくれたら良いなぁ。


「だいじょーぶ。もしその時は、お兄ぃに責任取ってもらうから」


「ごめん、俺のキャパは愛奏のためだけにあるから、誰か他のパートナー見つけてくれ」


 なーんか最近、咲良からブラコンの匂いがするんだよな。

 気のせいだと思うけど。


「ねぇ。私と無駄話して、時間大丈夫?」


 おっと、その通りだ。

 俺は鞄を取りにいき、それから玄関に向かう。


「それじゃ、行先は図書館だし、夕飯前には帰ってくるよ。戸締りしとけよ」


「うん。いってらっしゃーい」


 というわけで、俺は家を出た。


 ■□■□


 光珠駅から二駅目の菊理駅で降りて、駅すぐ近くの図書館に向かう。

 愛奏とは現地集合で約束していた。

 図書館に着くと、愛奏がすでに待っていた。


「ゴメン。またせちゃった?」


「大丈夫だよ。私も今、来たところ」


 良かった。待ち合わせ時間には間に合ってるので、特に問題ないけどホッとした。

 それにしても、今の会話、恋人っぽくて良いな。

 いや実際恋人なのだが、それでも王道なやり取りはなんだか楽しい。


「ふふふ。今のやり取り、ベタで良いよね」


 愛奏もそう思ってたようだ。

 些細な事だが、通じ合っていて嬉しい。


「だね。それじゃ早速、入ろう」


 俺達は図書館に入る。

 館内は静かで明るく、落ち着いた雰囲気だった。

 人も少なく、色々と調べ物が捗りそうだ。


「私、実はこの図書館来るの2回目なんだ」


「へぇ。そうなんだ。いつ来たの?」


「小学生の頃、お父さんに連れられて一度だけ来たの」


「俺はこの図書館、来るの初めてだよ」


 今じゃ大概の物がネットで調べられる。

 やっぱ、お互い滅多に行かないなぁ。


 思えば図書館は、大学へ進学した後に、調べ物で利用したくらいか。

 今回の件でも、ネットで調べりゃ出るだろという意見もあった。

 でも俺はそれに異を唱えた。


 ワンランク上の展示物を目指すなら、ネットを出典元にするより、ちゃんとした本で調べて明記したほうが説得力がある。

 そう、俺は言ったのだ。


 ましてや、文化祭は生徒だけでなく、大人が来る。

 なら、そういう人達のウケを狙って作った方が良い。

 ということで、みんな納得してくれて今に至るわけだ。


「どうやって資料探すの? 結構広いよ?」


 愛奏が館内を見回して言う。


「事前に図書館に問い合わせて、資料のアタリは付けてある。後はそれ調べるだけだよ」


 こういうのレファレンスサービスだっけ? まぁそんな感じのものを利用して、時短はバッチリだ。


 俺達は受付カウンターに行き、職員さんに伝える。

 そして取り置きをお願いしていた、いくつかの資料を受け取って、近くのブースに座った。


「うわー。文字多くてチカチカするぅ。結構大変だねぇ」


 愛奏がちょっと尻込みする。

 慣れてないと目当ての資料から、必要な情報見つけるのも苦労するよなぁ。


「よし。愛奏はこっちの本を確認して、白紐伝説と似てるところ、違う所を自分の視点で探してみてよ」


 俺はなるべく薄そうな本を渡す。


「わ、わかった。がんばる」


 神妙な顔して彼女はブースに座った。

 さてと、俺はこっちの資料から、取り掛かろう。

 俺は大学以来となる、久しぶりの感覚を楽しみつつ、資料を読み始めた。


 ■□■□


 それから閉館間際まで資料と格闘して、俺達の展示物に使えそうなネタをいくつか仕入れた。


 例えば、女の人が蛇に変わる物語が他にもいくつかある事や、登場する男が文助さんのように笛を吹いていることなど、とても興味深かった。

 笛を吹けば蛇が来るってこういう事なんだろうな。


 何にせよこれで、パネルに載せる原稿を加筆できる。

 俺はほくほく顔で図書館を後にして、駅に向かう。

 だが、隣を歩く愛奏は、死んだ顔をしていた。


「これだけ、本読んで、頭使ったの、初めてかも」


 途切れ途切れに呟いて、俺と腕組んで歩いている。


「あははは。お疲れ様」


 俺はその様子が可愛くて、思わず笑ってしまった。


「私、一周目はペン握って頭を使うより、ち●ちん握って頭を振ってたから、勉強苦手なんだよねぇ」


 ド直球の下ネタを言ってくる。

 最近、返答に困る事言ってくるので、ちょっと大変だ。


「往来で下ネタは控えなさい。あと、自分から地雷を踏みに行かない」


 俺は苦笑して、彼女の頭を撫でる。

 まったく。大方、俺を揶揄おうとしたのだろう。困った彼女だ。

 返答が望むものではなかったので、愛奏は口をとがらせる。


「む~。優真君を揶揄って憂さを晴らそうとしたのに。余裕なのちょっと悔しい」


「いい加減、慣れたからねぇ。揶揄おうったってそうはいかないよ」


「でも、そういう余裕あるところが、大人っぽくて好き!」


 愛奏は俺の腕をぎゅっとして、満足そうに笑う。

 どうやらテンションが持ち直したらしい。


「来週の日曜日が文化祭だけど、間に合うかな?」


 愛奏が訊いてくる。

 余裕持って進めていたけど、結局ギリギリになってしまったので不安なんだろう。


「大丈夫。今日調べたことを持ち帰って、みんなと共有して、明後日までに原稿仕上げて、木曜日あたりでパネル用に大判で印刷すれば、日曜日の文化祭には間に合うよ」


 既に仕上げて完成したチームもあるらしいが、やっつけ仕事のような出来だという。

 最優秀賞を狙う俺達にとっては、ライバルが減って良い事だ。


「文化祭、楽しみだなぁ。優真君、絶対に一緒に回ろうね」


「もちろんだよ。そのために展示教室の担当シフトを一緒にしてもらったんだから」


 制作物を展示して終わりではなく、教室に来る人たちの対応なども生徒が行うことになっていた。

 そのローテーションを組む際に、恥も外聞も捨てて拝み倒し、愛奏と一緒になるようにしてもらったのだ。


「ふふふ。優真君、必死だったねアレ。クラスのみんなちょっと引いてたよ」


「引かれようと何だろうと、俺は愛奏と回れるなら気にしない」


「でも、あれは優真君だけじゃなくて、雫玖もプッシュしてくれたのもあるよね」


 そう、どうやら竜一との約束を果たすために、彼女も色々と主張してシフトが組まれた。

 最近あの二人、妙に仲良いのは気のせいだろうか?


「まぁ何にしても、気を抜かずに最後まで頑張ろうね。愛奏」


「うん! 二周目の文化祭、目いっぱい楽しむよー!」


 俺達は来る日に向けて、もうひと踏ん張りで気合を入れ直したのだった。



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