第43話 文化祭で愛をこめて④/大人たちのアドバイス

 幸治たちに文化祭の事を任せて、放課後はバイトに勤しむ。

 このバイトを頑張れば、愛奏と遊ぶお金が手に入るし、自分磨きの資金になる。


 自分が生きるために働いていた一周目の仕事と違って、目的が明確になってるから気合が入るってわけだ。


「えーっと、今日はLANケーブルか」


 倉庫内でリストを見て商品を確認していく。


「深影君、ちょっとええか?」


 同じバイト仲間の不破さんが声をかけてきた。

 不破さんは年齢不詳のおじさんで、関西弁でしゃべるから、たぶん関西出身だと思う。


 気さくと言えば気さくな人だが、こっそりサボってたばこ吸ってるところも見る。

 ちょっと困った感じの人だ。


「はい。どうしましたか?」


 働けばいろんな人がいる。

 俺は特に気にしてないので、普通に返事した。


「いや、たいした話やあらへんのやけど。この間、夕方に光珠で君を見かけてん」


「ああ、そうですか」


「それで、一緒にエライ可愛い子と歩いとったやろ。あれ、彼女さんか?」


 おっと、愛奏の事だな。


「はい。僕の彼女です」


「そうかぁ。青春やな~」


「いやぁ。謳歌してますぅ」


 俺は照れた。


「ほんで、本題なんやけど、君ぃなんかトラブル抱えてへん?」


 不破さんは鋭く切り込んできた。

 俺はドキリとした。

 なんで、分かったんだ。


「えっと、どうして?」


「いやな。君と彼女さんが歩いてる後ろを、けったいな感じの男が付いてきとったで」


「え? 本当ですか?」


「それで、なんや、ややこしい事なってへん?」


 どうしよう。言おうかな。

 うーん。色々な人に相談してみるのは良い事か。


「はい、実は……」


 俺は赤島とのトラブルを掻い摘んで話す。

 ガラの悪い連中であること。

 自分の彼女に事あるごとに付きまとう事。

 常識が通じない奴であることなどなど。


「ほほぉ。赤島いう半グレとトラブル抱えてると」


「半グレかどうかは、知りませんが。あまりいい評判は聞かない人物ですね」


 愛奏の話から推察すると実際は半グレだろう。

 でも、確証がないのでここは言葉を濁した。


「そやなぁ。君の話でも結構悪そうなやっちゃな。この事、誰かに相談したんか?」


「はい。先生とか彼女の親御さんとかには、話しています」


「ほぉ。それは正解やな。ええか、おっちゃんから一つアドバイスや」


 不破さんが真面目な顔をした。

 俺も真面目な顔で耳を傾けた。


「悪いヤツってのはな、その後ろにもっと悪いヤツがおんねん。興味本位で近づいたりしたら、一気に絡めとられて終わるで。せやさかい、近づかずに信頼できる誰かに相談しぃや。それが、君と彼女さんを守る手段やで」


 なんか、ものすごい実感がこもってる言い方だった。

 俺は頷く。


「はい。ありがとうございます。気を付けます」


「よっしゃ。ほんなら、おっちゃん、ちょっと休憩してくるさかい、品出しよろしくな。頼むで~」


「え!? ちょっと不破さん!」


 彼はひらひらと軽い足取りで、倉庫を出て行ってしまった。

 マジかぁ。仕方ない。

 アドバイスくれたし、やるかぁ。


 ■□■□


 さて、不破さんから不穏な話を聞いてからの日曜日の朝。

 俺は清道流の道場に向かう。


 入門してからまだ二回目の稽古ではあるが、結構楽しいのだ。

 武術の身体の使い方を学べば、運動能力も上がると聞いたので、体育祭に向けてちゃんと練習しようと思う。


「ふむ……」


 俺はなんとなしに後ろ向いた。

 誰もいない。


 不破さんの話を聞いてからちょっと思ったのだ。

 幸治が気にしていたことも、ひょっとして怪しい奴が付けていたという件に関係しているんじゃないだろうか。


 まぁでも分からない以上、気にしても仕方がない。

 俺は前を向いて進むだけだ。


 そんなこんなで、俺は道場に着いた。

 道場では竜一がすでに待っていた。


「おはよう、優真」


「おはよう。竜一」


 挨拶もそこそこに、竜一は大きな紙袋を渡してきた。


「お前の道着が届いた。さっそく袖を通すといい」


「ほんと? やった、これで本格的に始められるね」


 初回の時に道着の注文をしていて、届いたわけだ。

 俺は道着を受け取って、更衣室で着替えに行く。


「あれ? これどうやって締めるんだっけ?」


 俺は道着を着たものの、帯の締め方が分からない。

 いや一度、竜一に聞いてはいるのだが、これどうやるんだっけ?


 俺は仕方なく、竜一に聞きに行こうとした。

 すると、更衣室に角刈りの男性が入ってきた。


「おはよう、深影君。道着が届いたんだね。着方わかるかい?」


 この方は門下生の武田さん。

 なんと媛神署の少年課の刑事さんだという。


 どうやら竜一のお爺さんの竜厳さんは、元警察官らしく、その繋がりで道場に通っているとの事だ。


 警察官なんて激務なのに趣味で鍛えているのだから、この人リアルで超人だと思う。


「おはようございます。実は帯の締め方がよく分からなくて」


「よし、手伝うよ」


 警察官だから怖い人かと思ったが、とても親切で優しい人だ。

 体験会の時も、初回の時も、何かと手伝ってくれる。


「ありがとうございます。なんだか、すみません」


「気にしなくていいよ。最初はみんなそうだからね」


 キビキビした動きで、帯の締め方を教えてくれる。

 なるほど、ここを回して、んでここ入れて、それで締めると。


「これで大丈夫だ。きつくないかい?」


「はい、ありがとうございます。バッチリです」


 これで始められる。


「それじゃ、先に行ってます」


「うん。準備運動はしっかりね!」


 ということで、更衣室を出た。


「竜一、お待たせ」


「おお、優真。なかなか様になっているな」


「そうかな? まだ着せられてる感があるような……?」


 初めての道着はちょっとゴワゴワする。


「ははは。そのうち慣れる。じゃあ準備運動やろう」


「うん。よろしく。竜一」


 こうして稽古が始まった。


 ■□■□


 それからたっぷり二時間後。


「正面に礼! ありがとうございました」


「ありがとうございました」


「互いに礼! ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 締めの挨拶をして終わった。

 充実した稽古だった。


 運動って、自分のためにするなら楽しいんだなぁ。

 逆に体育の時間がいかに苦行なのか実感する。


 そんなことを思いつつ更衣室で着替えていると、右隣にいた武田さんに声をかけられた。


「どうだい、清道流の稽古は?」


「あ、はい。体の動かし方から学ぶので、とてもありがたいです。どうにも運動が苦手で……」


「たしかに、清道流は骨と筋肉の動きを意識するからね。頑張れば足も速くなるよ」


「そうなんですね! うわ~体育祭までに何とかならないかなぁ」


 すると、俺の左隣で着替えていた竜一が言った。


「優真。家でのトレーニング法を教えておこう」


「ほんと? さんきゅー。竜一」


 俺はちょっとワクワクしてきた。


「体育祭は十月ごろだろう。今からなら、毎日走り込みもしたら効果的だよ」


 武田さんは爽やかスマイルで、アドバイスしてくれた。

 ふと、竜一が言う。


「優真、ちょうど刑事の武田さんもいることだし、相談してみたらどうだ?」


「え? ああ、そうだね。でもいいのかな?」


 まだ知り合って間もない人に相談するのもなんだか、気が引ける。


「どうしたんだい? 二人とも」


 武田さんは不思議そうな顔をした。

 うーん、まぁ言うだけ言ってみるか。


「実はまだ警察に相談するような話じゃないとは思うんですけど」


 俺はそう前置きしてから、愛奏に付きまとう赤島の件と、最近怪しい人物が付けている件などを話してみた。

 武田さんは真剣に聞いてくれた。


「なるほど。赤島か……」


 おや、なにか気になる反応だ。


「ご存じなんですか? 彼の事」


「ん? ちょっとね。それより、もし不安に思うなら私達、警察に相談するのは普通だよ。遠慮せずに頼って欲しいな」


 爽やかスマイルを向けてくる。


「ありがとうございます。もし、どうしようもなくなったら相談します」


「いや、そうなる前に相談してほしい。対処できる時間は早ければ早いほどいいからね。それから、危ない人や怪しい人には近づかない。これは護身術としても鉄則だよ。そして人気のない所にいかないよう気を付けてほしい」


 似たような事を不破さんも言っていたけど、武田さんが言うと説得力あるなぁ。

 俺は深く頷いた。


「はい。そうします。すみません、休日にこんな事を相談して」


 俺は軽く謝罪した。


「なんの、休日であろうとなかろうと、市民の皆さんの安全を守るのが仕事だからね。相談してくれてありがとう」


 そう言う武田さんは、とても格好良く、特撮ヒーローのように見えた。



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 謎の関西人、不破さん。

 言わずもがな、赤島特効の武田さん。

 優真君が結んだ縁が、彼を一人にはさせない。


 読んでいただき、ありがとうございます。

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