第29話 文化祭で急接近!⑦/お忙しいところ、失礼いたします

 受話器を取って、電話番号を入力。

 やや無音の後、プププと音が鳴って、コール音。


 社会人として聞きなれた電話の音だ。

 三コール目で相手が出た。


『はい、お電話ありがとうございます。光珠神社社務所です』


 出た相手は声からして女性のようだ。

 俺は電話のコツである『第一声は「ソ」の音階』を意識しつつ口を開いた。


「お忙しいところ、失礼いたします。わたくし、西ノ山高校一年生の深影と申します」


『はい。お世話になっております……?』


 電話相手が意外な人物だったのか、ちょっと困惑している。

 臆せず、俺は言った。


「お世話になります。本日は、本校の文化祭の一環で調べ学習を行うことになり、ぜひ光珠神社の事を調べたいと思い、お電話いたしました」


 俺は電話した用件を伝える。


『はい、文化祭の一環ですか?』


「はい。それで恐れ入りますが、こういったことを担当しているご担当者様はいらっしゃいますでしょうか?」


 担当者に取次ぎを願った。


『えーっと、そうですね。私が伺います』


「ありがとうございます。先ほど申し上げたように、文化祭の一環で三珠神社を調べることになりまして。聞いたところによると、面白い伝説があるとのことですが……」


『あー。白紐しらひも伝説ですね。ありますよ』


 なるほど、白紐伝説な。

 手元のメモに「白紐伝説」と書く。


「その伝説のお話を直接そちらに伺って、聞くことは可能でしょうか?」


『えっと、確認してみます。少々お待ちください』


「ありがとうございます」


 一旦、保留となった。

 ふと、そばにいた愛奏達を見る。


 なんだか、微妙な顔をしていた。

 なんだ、どうしたんだ?

 俺は訊こうかと思ったが、保留が解除された。


『お待たせしました。可能ですが、何人くらいで来るとか人数は分かりますか?』


「はい。同じ班のメンバーで伺いますので、六人です」


『六人ですか……。あ、大丈夫なようです』


 許可が下りたらしい。

 俺は座ったままお辞儀しつつ言う。


「ありがとうございます。いつ伺ったらいいでしょうか?」


『そうですね。逆に都合の良い日程はありますか?』


「学校からは先方の都合に合わせるようにと言われております」


『それだと、こちらも少し調整が難しいので、よろしければ連絡先を教えますので、メールで希望の日程を送っていただけますか?』


 おっと、メールか。

 電話でメールアドレス聞くのって難易度高いんだよなぁ。

 例えば、YとIが聞き取れなかったりしてさ。


 とはいえ、聞くしかない。

 俺はペンを手に取った。


「はい。分かりました。メモは準備しております。メールを教えていただけますか?」


『申し上げます。t、a、n、a、k、a、tanakaです。で、その後はアットマーク……』


 俺は一字一句聞き漏らさずにメモを走らせる。


「復唱いたします。t、a、n、a、k、a、tanaka……」


 確認のため、聞いた内容をこちらから繰り返す。

 間違いがないようにするために大切なことだ。


『はい。合っております』


「ありがとうございます。申し訳ございませんが、ご担当者様のお名前と漢字を教えていただけますか?」


『あ、失礼いたしました。担当者は私、タナカです。タナカは普通の『田中』ではなく、漢字は多いの『多』に、中は真ん中の『中』です』


 あぶねぇ。田中さんじゃなくて多中さんだった。

 こういう事がたまにあるから、電話でメール確認するときは、漢字を訊くの必須なんだよなぁ。

 俺はメモに「多中」と書く。


「多いの『多』に真ん中の『中』で、多中様ですね。ありがとうございます。そうしましたら、お聞きしたメールに日程のご連絡をいたします」


『はい。お待ちしておりますね』


「お忙しい所、お時間いただきありがとうございました。失礼いたします」


『はい、失礼いたします』


 電話はかけた方が先に着るのがマナー。

 ということで俺は受話器を置いて、電話を切った。


 ■□■□


 電話終了。

 なんだか久しぶりに電話したな。


「というわけで、聞きに行くのはOKで、伺う日程をこちらからメールすることになりました。……ってどうしたの、みんな?」


 俺は眉を下げて首を傾げた。

 なにせ、みんな微妙な顔して押し黙っているのだ。


「優真。おめー高校生に見えねぇな」


 幸治が苦笑いして言う。


「なんでだよ。どこにでもいる普通の高校生だぞ」


「うそだー。なんか電話に慣れ過ぎてて、逆に引くんだけど」


 風見さんが珍獣を見るような目を向ける。

 失礼な。俺は普通に電話しただけだぞ。


「なんかスラスラと敬語使っていたし、凄いわね」


「相手からメールアドレスを聞いてたぞ。凄い」


 真田さんと竜一は、信じられない者を見たような感じだな。


「なんだよ、みんな。そんなドン引くなよ」


 なんだか悪い事した気になる。

 そこまでか。そこまでビックリな案件だったか。

 すると愛奏が慌てたように言う。


「あ、ゴメン。ちょっとビックリしちゃって。でも電話かけてる優真君、格好良かったよ」


 愛奏! やっぱ、ええ子や。

 流石は俺の女神。

 もう、引かれようがなんだろうが、愛奏から好印象ならそれでいいや。


「そうですね。ちょっと驚きましたよ。どこかで経験があったのですか?」


 本郷先生がニコニコと訊ねてくる。

 それは答えにくい内容だな。


「あー、まぁ、はい。ちょっと知り合いに教えてもらって……」


 一応、この電話するマナーやコツは、一周目に受けた社会人研修や、勤めていた会社の先輩から教えてもらったのだ。

 ウソは言ってないが、ごまかすしかない。


「なるほど。それはとても良い経験ですね。さて、メールを送るとのことですが、送る文章をみんなで、一度考えてみてください。それを添削して、私のメールから送りましょう」


 本郷先生が指示を出す。

 うーんでも、メールの文章より、日程を合わせることの方が重要だよな。


「あ、じゃあ日程の候補をみんなで考えてよ。俺はそれ以外の文面考えるから」


 そういって、タブレット端末を取り出す。

 そしてその場でちゃちゃーっと打ち込んだ。


「先生、こんなんで良いですか?」


 俺は先生にメールの文章を見せた。


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件名:光珠神社に伺う日程について


 光珠神社

 多中 様


 お世話になります。

 西ノ山高校一年生の深影 優真と申します。

 先ほどは突然のお電話にもかかわらず、

 ご対応いただきありがとうございました。


 さて、さっそくお伺いする日程をいくつかご連絡いたします。

 恐れ入りますが下記の日程で、ご都合の良い日をご教示ください。


 ・日付と時間

 ・日付と時間

 ・日付と時間


 候補日は以上です。

 お忙しいところ恐縮ですが、何卒よろしくお願い申し上げます。


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「そ、そうですね。はい。失礼のない文章だと思います」


 なぜか本郷先生が引いてる気がする。

 国語の先生だし、ちょっとメールの文章に思うところがあるのだろうか。


「ねぇ優真君。来週のバイトの日程ってどう?」


 愛奏に呼びかけられた。


「えっと、たしかバイトは……」


 俺はテキストデータを先生に送ると、日程の調整に参加するのだった。


 ■□■□


 その後、日程が無事決まった。

 本郷先生からの連絡では、向こうの都合で来週の月曜日の午前中に来て欲しいとの事だ。

 つまり、授業を抜け出して伺うことになった。


「やったー! バトラー先生ありがとう! 授業サボれるぅ!!」


 そのことが決まった瞬間、風見さんは歓喜の雄たけびを上げた。

 直ぐに本郷先生のカミナリが落ちて、反省していた。

 懲りない子だ。


 先生曰く、抜け出すにはいくつか手続きがあり、抜けた授業の課題もこなす必要があるそうだ。

 それを聞いて、風見さんはテンションがだだ下がりしていた。


 その態度が悪かったのか、彼女だけ課題が倍になった。

 不憫な子だ。


 兎にも角にも、俺達は着々と文化祭に向けて活動するのだった。




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社会人経験を遺憾なく発揮する優真君Part2。


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