第20話 新学期の最初は大忙し⑥/電話後のチャラ男達と反省会する愛奏

 赤島麗獅子の家。

 そのリビングは嬌声と肉がぶつかる音でうるさかった。

 俺こと、松葉まつば太雅たいがはため息を吐いた。


「はぁ。まったく。随分とサカッてるじゃねぇか」


 この隣の部屋まで聞こえてくる、その行為に嫌悪感を覚える。

 同じ部屋にいるレオンは、スマホを乱暴に置いた。

「っち。やっぱり断られた」


「なんだフラれたのか」


 俺はレオンと近衛の電話のやり取りを思い出す。

 レオンの機嫌がよかったから成功したと思ったんだが。


「やーっぱガードが固くなってる。一学期はそうでもなかったんだけどなぁ」


 レオンはだらーっと倒れた。


「そりゃ警戒もするだろ。この家に来たら、人生終わるからな」


 俺は隣のヤリ部屋に視線を向ける。


「え~? 人間らしいことができるアットホームな場所じゃん?」


「どこがだ。食う、ヤル、寝るの動物園だろ」


「あはは、言うねぇ。タイガ。だったら俺はここの園長だな」


 この非常識な場所を提供しているコイツは、まったく悪びれもしない。


「あーあ。もう少しで手に入るところだったんだけどなぁ。どこで失敗したんだろ?」


「嫌らしさが滲み出たんじゃねーか」


 コイツの性格の悪さとタチの悪さは、正直言って俺でも引く。

 ちょっと注意深く見れば、気づく奴は気づくだろう。


「そうかなぁ? 愛奏はバカだから、上手く隠せてたと思うけどな」


「だったら諦めたらどうだ? オンナなら他にもいるだろ」


 俺はムダだと分かりつつ、提案してみた。

 するとレオンの雰囲気が変わった。


「おい。誰が諦めるって? ありえねーだろ?」


 普段はへらへらしてる男なのに、沸点が低いから突然キレる。

 俺は面倒くさいと思いながら言う。


「執着するほどでもねーんじゃねぇか?」


「あ? 何いってる。愛奏はオレの物だ。だから手に入れる」


「ガード上がって警戒してるんだろ? どうすんだ?」


 俺は事実を述べた。

 一学期に近衛愛奏から得たはずだった、信頼や信用は無くなってると見ていいだろう。

 ここから巻き返すのは面倒だ。


「そのための仕込みを今してるんだろうが。つーかお前だって、雫玖ちゃんを諦められないんだろ?」


 レオンがニタァっと笑って言ってくる。

 痛いとこ突いてくるじゃねーか。


「それはそうだけどよ……」


「彼女、可愛いよねぇ。あれほど理解わからせがいのあるオンナはいないよ」


 下卑た笑みだ。反吐が出る。


 俺も同じだから同族嫌悪とかいうやつだな。


「で、深影優真をどうする気だ」


 俺は強引に話題を変える。


「まずは情報を集める。あのオタク君がどんな奴で、どんな家族構成で、どんな交友関係か。何が好きで、何が嫌いか。どんな思想で、どんな信条か。色んな事を知らなきゃ始まらない。それで弱そうなところから崩す」


「相変わらず、えげつねぇな」


「教えてくれたオジサンが悪い人だからねぇ」


 レオンは立ち上がると隣の部屋に行く。

 俺も向かう。

 そこは酷い光景だ。


 複数の男が女を囲ってヤっている。

 部屋に満ちる行為中の生臭さで、俺は顔をしかめた。

 レオンは順番待ちしている男達に近づいて言った。


「やぁみんな、楽しんでるかい?」


「ああ! 最高だ!!」


「誘ってくれてありがとう。レオンくん!」


 男達は口々に感謝の言葉を言う。

 その様子に満足して、レオンは口の端を吊り上げた。


「だったら、俺のお願い聞いてくれる?」


「約束だからな。出来る限り協力する」


「あんまり、無茶ぶりしてくれるなよ」


 男達が同意の声を出す。

 こうやってエサを与えて、兵隊を作る。

 連帯感と少しの罪悪感を持たせて、手足に使う。

 俺と同い年とは思えない思考に恐怖を感じた。


「タイガ、俺達も混ざろうよ」


「ああ、そうだな。俺もさっきからムラついていた」


 でも結局、俺もこの男共と同じだ。

 レオンからもらうエサは、美味しくてやめられない。

 つまり、俺も肉欲に勝てない動物だってことだろう。


 ■□■□


 私こと近衛愛奏は、お気に入りのぬいぐるみを抱いて、自分の部屋でごろごろしていた。

 今日は優真君のお弁当を食べた。

 今、それを思い出しながら一人でニヤニヤしている。


「あ~。今日のお弁当美味しかったなぁ」


 柔らかい唐揚げ、甘い味付けの卵焼き、ポテトサラダ、レタスと茹でたブロッコリー、そして炒めたかぼちゃ。ご飯にはシソのふりかけで味が付けてあった。


「んふふふふふ。優真君、料理上手なんだなぁ」


 好きな人のお弁当を食べることが、これほど幸せとは思わなかった。

 思い返せば一周目の私は、料理に良い思い出がない。

 レオンと同棲した頃に、見よう見まねで料理したが、文句言われて食べてくれなかった。


 悔しくて練習したけど、炒めた何か、焼いた何か、煮た何かと料理とは呼べない物を作っただけだった。

 文句言われるし、殴られるしで作るのやめたっけ。


「二周目は料理を勉強しようかな?」


 私はベッドに寝っ転がって、天井に向かって呟く。

 できないより、できた方が良いに決まってる。


 いつか、優真君に手料理を振る舞うのだ。

 それだけじゃなくて、二人でキッチンに立って料理するのだ。


「あああああああ! ぜったい料理しよ!」


 私は妄想した光景が尊すぎて、じたばたする。


「本当なら毎日食べたいんだけどねぇ」


 流石にそれは、優真君の負担になると思って遠慮した。

 代わりに夕飯のおねだりをしてしまった。


「絶対にタイミング計って、優真君の家に行こう」


 彼の家に行ける機会が出来て、私はワクワクした。

 優真君とご飯食べて、優真君とお話して、優真君の部屋に行って、それから二人でベッドに座っておしゃべりして。

 我慢できなくなった彼が私を押し倒して……♥


「あああああああ! 落ち着いて私! 私は性春じゃなくて、青春がしたいの!!」


 ベッドの上でバタバタと暴れる。

 抱いていたぬいぐるみを潰してしまった。


「それにしても私、あんな大胆な事して良かったかな?」


 優真君と下校時にレオンから電話がかかってきて、色々あって彼の腕に抱きついてしまった。

 彼と私の関係を探る電話だったので、ちょっと腹が立ってやってしまったのだ。


 というのも一周目。私が捨てられた時、レオンに電話をかけたことがあった。

 その電話中、明らかに他の女とヤっていたのだ。

 あれほど惨めで悲しいことはなかった。


 それを思い出してしまって、今のレオンは関係ないけど、ちょっと復讐してしまった。

 使われた優真君には悪い事をした。


「はぁ。ごめんね優真君」


 私は彼の純情を弄んでしまったことに、罪悪感を覚えた。

 さすがにやり過ぎた事を反省する。


「でも優真君、顔真っ赤で可愛かったな」


 私のこの大きな胸を押し付けると、すごく嬉しそうだった。

 本人は必死に耐えようとしていたが、彼の制服パンツが膨らんでいたのを確認している。


「と言うことは、優真君はちゃんと私の身体に反応してくれたんだ」


 私は自分の身体を抱きしめる。

 私は、この身体が嫌いだ。


 レオンが求めて、多くの男が貪ったこの身体は汚れている。

 汚くて、汚くて、吐き気がする。

 だからゴミのようにポイっと命ごと捨てた。


 二周目にタイムリープして綺麗な身体になっても、その嫌悪感は消えなかった。

 客観的に考えると、私がえっちな妄想してるのは、この身体は汚れてないって優真君に言って欲しいからだろう。


 今の私の身体は大丈夫だって彼に証明して欲しいのだ。

 そして今日、純真で真っ直ぐで素敵な彼が、私に反応してくれた。


「私の身体はもう大丈夫。汚れていたら彼は反応しないもの」


 自己暗示に近いけれど、言葉に出してみると心が軽くなった。


「ああ、優真君。ありがとう」


 この世界が夢であっても、これからは少しずつこの身体を好きになろう。

 そして、ちょっとだけ大胆になろう。

 そうすればきっと、優真君がまた顔を真っ赤にして喜んでくれるだろうから。



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命をポイ捨てするほど真っ黒な未来からリープしてきた愛奏は、実のところメンタルがボロボロです。

それを楽しい思い出で塗り替えるのが、優真君のミッション。



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