第19話 新学期の最初は大忙し⑤/NTRモノでよくある電話シチュエーション

 赤島達が去った後、俺は片付けを始めた。


「なかなか凄い奴だったね」


 俺は今だ無言の幸治と竜一に声をかけた。

 竜一が静かに口を開いた。


「あれは、雰囲気が高校生ではなかった」


 その通りだ。だけど、大人が出せるものでもない。


「爺さんが言っていた。日常的に暴力に慣れている者は、ああいう感じらしい」


「敵だって答えた時、優真が殴られるかと思ったぜ」


 幸治は鳥肌が立ったのか、腕を擦りながら言う。

 それはそれで、停学くらいに持っていけただろうな。

 なんにせよ侮るつもりも、舐めているつもりもなかったが、認識を改める必要がありそうだ。


「ゴメン、二人とも。巻き込んだかも」


「構わない。元々、自分の意思でここにいた」


「気にすんな。赤島がああいう奴だって事が知れたのは良かった」


 二人は気にしてない様子だった。


「優真君……大丈夫だった?」


 愛奏達がやってきた。

 心配させてしまった。


「大したことないよ。愛奏。ちょっと世間話しただけだよ」


「でもレオンが睨んでた」


「あれはああいう手合いってだけだよ。心配しないで」


 俺は愛奏に落ち着いて言う。


「もうすぐ昼休み終わるし、戻りましょう」


 なおも言いたげな愛奏を遮って、真田さんが促した。

 授業に遅れるわけにもいかないので、それに同意し俺達は教室に戻った。


 ■□■□


 その日の放課後。

 教室の掃除当番を終えた俺は、帰り支度をしていた。


 他の当番メンバーは、掃除を終えると部活動に行ってしまった。

 愛奏や幸治達もすでに教室を出ている。

 今日は珍しく、俺だけが残っていた。


「さて帰るか」


 今日もバイトがないので、真っ直ぐ家に帰る予定だ。

 今日は夕飯当番もないので、帰ったら筋トレをしっかりやろう。


 そんなわけで生徒用の玄関に向かう。

 するとそこに愛奏がいた。


「あ、優真君。お疲れ様」


「あれ? 愛奏、帰ったんじゃなかったの?」


「実は優真君を待ってたの。一応、RINEもしたんだけど」


 俺は急いでスマホを取り出す。


「うわっ、ほんとだ。ゴメン! 掃除してて気づかなかった」


 俺は謝罪した。

 愛奏からの連絡に気づかないとは、痛恨のミスだ。


「そんな、いいよ。だって私が勝手に待ってたんだし」


 彼女は笑って流してくれた。


「それで、何か用?」


 俺は訊ねた。

 すると愛奏は少し不満そうな顔をした。


「あー。そういうこと言っちゃう。用がなきゃ待っちゃダメ?」


「いっ!? そ、そんなことないよ! いや、その……!」


 俺は返答に困って心底、慌てた。

 愛奏はその様子を見てクスクス笑った。


「ごめんごめん。ちょっとイジワルしちゃった」


「え~。ひどいよ」


 俺は肩を落とした。

 彼女もだいぶ人が悪い。本気で焦ったぞ。


「はい、これ。お弁当、すっごく美味しかったよ!」


 愛奏は空になった弁当箱を渡してきた。

 ああ。そういやあの後、タイミングなくて回収し損ねてたな。


「それは良かった。自分でも会心の出来だったから、嬉しいや」


 俺はその弁当箱を受け取ると、鞄に入れる。

 そして、ふと気になって訊ねた。


「ひょっとして、弁当箱を返すために待っててくれた?」


「うーん。それもあるけど、一緒に帰りたかったの」


 なんと、それは超嬉しい。


「じゃあ、お待たせしました。帰ろう」


「うん。行こ」


 というわけで、俺達は連れ立って学校を出た。


 ■□■□


 帰り道、弁当の中身の話題になる。


「へぇ。それじゃあ昨日から仕込みしてくれてたんだ」


「まぁね。その方が美味しいからさ」


「そういう手間をかけてくれたから、優真君の愛情が感じられたんだね!」


 飛び切りの笑顔で言ってくる。

 俺は心の中でガッツポーズした。

 その笑顔が見たかった!


「もちろん! 愛奏の笑顔が見たかったからね! 美味しくなれ~って思いながら作ったよ」


「そっかぁ。開けたときも彩りが綺麗でビックリしたし、優真君の愛情が爆盛だったんだね。色々としてくれて、本当に今日はありがとう」


 愛奏からの気持ちが込められた、感謝の言葉が身に染みる。

 やったぞ一周目の俺。


 あの一人で作って食う、寂しい食事は無駄じゃなかった。

 全てはここに繋がっていたぞ。


「どういたしまして。ところで、これからも作ってこようか?」


 ここはチャンスを逃さない。

 畳みかける。


「うーん。食費もかかっちゃうし、大変だろうし。また今度で良いかな?」


 ありゃ、断られてしまった。

 まぁちょっと、ぐいぐい行き過ぎたか。

 だが、愛奏は思案したように言う。


「あ、でも優真君って料理が上手だし、機会があれば写真で見た料理を食べてみたいなぁ」


 おっとぉ。これはリクエストだな。

 俺は大きく頷いた。


「もちろんいいよ。いつでも、夕食に招待するよ」


「じゃあタイミング合えば、ごちそうになろうかなぁ」


「うん。食べたい物もリクエストしてくれたら、頑張るよ」


「ありがとう。その時はよろしくね!」


 お互いに笑って約束する。

 よーし。その日に備えて、母さんと咲良を実験台にして料理スキルも鍛えよう。

 俺は脳内のやる事リストに追加しておく。


 そんな楽しい下校のひと時。

 それを破るように愛奏のスマホが震えた。


「あれ? ゴメン。電話だ」


 彼女は取り出して画面を見た。


「あっ」


 その顔が先ほどと打って変わって曇った。


「大丈夫? 迷惑電話?」


 俺は悪いと思いながら画面を覗くと、そこには最も見たくない文字が表示されていた。


『れおん』


 十中八九、赤島だ。


「これって赤島だよね」


「うん。仕方ないなぁもう」


 彼女はため息を吐く。

 そして俺に向かって手を差し出した。


「あの。良かったら手を握ってほしいの。ちょっと怖いから」


 そんなことを言われて断るなど絶対にしない。

 俺は迷わず彼女の手を握った。


「しんどいなら、無視したら?」


「出ないと、またかかってくるから。出る」


 そういって彼女はタップした。


「もしもし」


『…………?』


 会話の内容は聞こえない。

 でも、俺はなるべく彼女が安心できるように、手を握り直した。


「ゴメンね。ちょっと立て込んでて出れなかったの」


『……。…………?』


「うん。え? 今から遊ぶって。レオンの家で?」


 おいおいおい。なんだ家に来いって電話かよ。

 彼女は俺の手を強く握った。

 俺も応えるように握る。


「ゴメン。流石に行けないよ」


『…………』


「だってすぐに暗くなるじゃない。お父さんとお母さんが許してくれない」


『…………、…………。…………?』


 何を言われたのか、彼女はハッとした表情で俺を見る。

 そしてなぜか、表情が少しだけ悪戯っぽく変わった。


「深影君は関係ないじゃない。……そんな、うん。一緒になんていないよ」


 うん? 俺の話題が出た?

 ひょっとして、関係に探りを入れてきた?


 昼のやり取りを思い出して、少し緊張する。

 だが次の瞬間、愛奏は俺の腕に抱きついてきた。


「深影君とはただの友達だよ」


「…………っっ!!!!」


 大声出さなかったこと、本当に褒めてほしい。

 だって、胸! あの宇宙戦艦級の胸が俺の腕に!


 なぜか彼女はあの豊かな双丘を遠慮なく押し付けてくる!!

 やべぇ。やわらかい。IQ下がるぅ。


『…………?』


「あははは。ぜんぜんいつも通りだよ? ただ、ちょっと今、楽しいだけ」


 俺は今、楽しいよりヤバい。

 つーか、愛奏。頭も俺の肩に乗せてくるの!?

 あああああああああ! 甘い匂いがするモフゥ~。


『……。…………、…………♪』


「そうかな? 彼、揶揄うと面白くて、結構いい反応くるよ?」


 絶賛、今その反応をしています。

 たぶん顔が真っ赤だ。


 なにより気を抜いたら、俺のアレがマキシマム・ドライブ(電子音声)する。

 落ち着け俺。そうなったら死ぬぞ。色々と。


『……、………………。……』


「うん。ごめんね。それじゃ、バイバイ」


 俺の理性がバイバイする前に、通話が終了した。


「はぁー。ありがとう。優真君がいてくれたおかげで断れたよ」


 至近距離で感謝してくる。

 だが、俺はそれどころではない。


「どう、いたしま、して。あの、あいかしゃん。もっとぎゅっと、……じゃなくて、はなれてくれると、うれしいでしゅ」


 理性が蕩ける匂いに、柔らかい感触。

 本能が勝って、未練がましく要求しそうになったが、なんとか離れるよう懇願した。


「あ、ごめんなさい。レオンが、私と優真君の関係を探ってきたから、ちょっと抱き着いちゃった」


 どんな判断だ。最高か。

 じゃなくて、酷い。


「び、びっくりしたよ! その、とにかく俺が声出したらヤバかったよ!」


 赤島は関係を探って電話してきたのに、その電話してる最中に俺の腕に抱きつくとは。

 いくらなんでも危険すぎる。

 バレたら、ブチギレしてたんじゃなかろうか。


「ちょっとスリルあったけど、楽しくなかった? アイツ『深影優真には気を付けなよ。アレは面白味がない、最低の男だよ♪』なんてけなしてくるんだもん。ちょっと頭に来ちゃった。残念! 今、その人と抱き合ってまーす」


 そう言ってまた俺の腕に絡んできた。


「うぇ!? いや、だから、心臓に悪いよ!」


「えー? 優真君っておっぱい好きじゃないの?」


「ぶっ! そそそ、それは、えーっと。ノーコメントで」


「なるほど。優真君はムッツリスケベ……と」


 ははっ。もうどうにでもなーれ。

 俺は愛奏が楽しそうなので、全てを受け入れて歩くのだった。



-----------------------------------------

という事でイチャイチャの下校でした。


(予告)

次回本編ですが、松葉と愛奏の別視点となります。

予めご了承ください。


読んでいただき、ありがとうございます。

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