第18話 新学期の最初は大忙し④/宣戦布告

「さーて、始めるか」


 夜。俺は家のキッチンに立つ。

 今日の昼休み、愛奏にお弁当を作る約束をした。


 幸いにして今日は、アルバイトがない日だった。

 だから帰りにスーパー寄って買い物して帰った。


「奇をてらうと引かれるし、かといって手を抜けば失望される」


 弁当のおかずを色々と思案して、唐揚げをメインにすることにした。

 ちなみにアレルギー等食べられない物がないか事前にリサーチして、特に問題ないとわかっている。

 というわけで仕込みをしておくために、俺は包丁を振るう。


「あら、随分と気合入ってるわね」


 母さんが興味深そうに覗いてきた。


「まぁね。明日、近衛さんに弁当を作ってくる約束してさ。失敗はできないからね」


「あら~。仲いいわねぇ」


「別に友達なら普通だよ。普通」


「またまたぁ。脈がない女の子が、男子の弁当なんて食べないわよ」


 母さんはニヤニヤ笑った。


「そうかなぁ? 近衛さんって距離近めというか、意外とぐいぐい来るからさ。これくらい普通なんじゃないかな?」


 思い返すとカラオケに始まり、映画の時も、お祭りの時もぐいぐい来ることが多い。


「それってやっぱり優真に気があるんじゃない?」

「どうかなぁ? それなら嬉しいけど」


「今度、家に誘ってみなさい。それでOKしたら脈ありだわ」


 なるほど。男の家に来るなら確かにそうかも。

 いやでも流石にそれはハードル高い。


「まぁタイミングが合えばね。流石にハードル高いよ」


 ウチ来て何するって話だし。

 仮面ファイターの鑑賞会でもするか?

 いやーそれは楽しいのだろうか?


「それじゃ、彼女の胃袋掴むために頑張りなさいな」


 母さんは風呂に入るため立ち去った。

 そうだな。今は俺の一周目に培ったスキルを活かして、胃袋を掴むことが肝要だ。


「今は唐揚げの仕込みに集中しよう。ルルル~♪」


 俺は鼻唄歌いながら、仕込みをしていくのだった。


 ■□■□


 翌日。

 愛奏にお弁当渡す事に気持ちがいって、授業に身が入らなかった。


 たかが弁当。されど弁当。

 よくよく考えてみれば一周目の料理は、全て自分のために作っていた。

 それが今じゃ誰かのために作っているのだ。


 実験台として妹と母親に何度も手料理を振る舞い、とりあえずお墨付きはもらっている。

 今回はその集大成と言えるだろう。


 そりゃあ浮かれもする。

 そんな事を考えていると、午前中の授業終了のチャイムが鳴った。

 まさに運命のゴング。


「優真君。お弁当を受け取りにきました!」


 愛奏が俺のもとにやって来る。

 もうすでにニッコニコだ。

 この笑顔が消えないよう、頼むぞ俺の弁当よ。


「はいこれ。お弁当」


 俺はカバンから、彼女の分を取り出した。


「ありがとう。じゃあ今日も一緒に食べようよ」


「もちろん。行こう」


 俺は彼女と大教室に向かう。


「おいおい、俺達を置いて行くなよ。薄情だなぁ」


「優真、今日は気合が入ってるな」


 幸治と竜一が追いかけてきた。


「こらこら。男子二人。ここは空気読んで、こっそり後ろを行くのが面白いんじゃん。台無しだよもー」


 風見さんが不満そうに言って付いてくる。


「そうね。八条君、空気読みなさい」


 真田さんが容赦なく追撃する。


「なんで、俺だけ追い撃ち!?」


「そうか。反省する」


 幸治は理不尽さに声を上げ、竜一は申し訳なさそうに言った。

 外野がうるさいが、とりあえず教室に向い、扉を開ける。


「やぁ待ってたよ。愛奏」


 教室に着いたら、赤島が待っていた。

 こいつ、ランダムエンカウントのモンスターかよ。


「よぉ、風見。お疲れさん」


 他にも赤島の取り巻きのチャラ男がいた。

 体格はガッシリしていて、髪短めの茶髪。


 たしか名前は松葉まつばだったか。

 風見さんは彼を見ると、盛大にため息を吐いてきびすを返した。


「はぁ。無視、無視。教室、戻ろ」


「ちょ、待てよ。いい加減話し合おうぜ、風見」


 松葉は声をかけて引き留める。


「ほら、愛奏もこっち来なよ。昼休み終わっちゃうよ」


 赤島がいつものへらっとした笑顔で誘う。


「えっと……」


 愛奏は嫌そうな顔をして、なぜかそちらに行こうとした。

 俺はそれを遮った。


「赤島君。松葉君。愛奏と風見さんじゃなくて、俺と一緒に食べよう」


「あ? お前と?」


 松葉は驚いた反応をした。

 赤島は思案するように目を細める。


「んー。それもイイね。食べよう」


「ああ? おいレオン。マジか」


「いいじゃん。彼とは一度、ちゃんと話してみたかったんだよ」


「はぁ、わーったよ」


 どうやら二人で話がついたらしい。


「それじゃ、みんなは別で食べてよ」


 愛奏達に声をかけてから、俺は二人の席に向かう。

 すると幸治と竜一が付いてきた。


「お前一人じゃ心配だ。付き合うぜ」


「俺も、彼らに興味がある」


 正直、ありがたい。

 俺は二人の気遣いに感謝した。


「ありがとう」


 ということで俺達三人は赤島達の席に座った。


「快諾してくれてありがとう。赤島君」


「いや良いよ。深影クン」


 優真という名前は夏祭りの日に知られたが、苗字は彼に名乗ったことはない。

 どこかで調べたか。

 俺は彼の食事である総菜パンを見た。


「美味しそうだね。その焼きそばパン」


「へぇ、驚かないんだね」


「えっと何が?」


 わざと、とぼけた。


「名前だよ。君、名乗った事なかったでしょ?」


「そりゃ、同じ学校に通ってたら俺の事はどこかで知れるでしょ。それより名乗り遅れてたね。俺の名前は深影優真だ」


 サシの対峙。名乗っておく。


「改めてよろしく。赤島麗獅子だよ」


 イケメンな顔に貼り付けた笑顔は、威嚇のような雰囲気だ。

 俺達は食事を開始した。


 ■□■□


 普段なら楽し気な話声が聞こえてくる大教室。

 今日は俺達の一角だけ、雰囲気が重い。


 赤島は早々に総菜パンを食べ終えると、俺をじーっと見つめてくる。

 松葉の方は、その赤島を見て顔をしかめていた。


「えっと、何か俺に付いてる?」


「ん-ん。べつにぃ」


 どうにも粘性がある声だ。


「そういえば松葉君はいるけど、残りの二人はいないね?」


 俺は探りを入れてみた。


「ああ、アイツらは別の学校のトモダチだよ」


「じゃあ、あのお祭りの時の女子は?」


「あっちは俺達のセフレちゃん」


「ぶほぉっ」


 ずっと俺達の会話を聞いていた幸治が噴出ふきだした。


「おい、幸治、大丈夫か」


 竜一が飲み物を差し出す。


「げっほ、ゲホ。すまん、竜一」


「あはははは。童貞クンには刺激強すぎたかな?」


「レオン、揶揄ってやるなよ……」


 松葉が呆れて言った。


「随分と遊んでるんだね。そんな女子がいるのに、愛奏にも絡んでるの?」


「そりゃあね。あの子たちとは割り切りだし。愛奏は幼馴染だし」


 理由になっているようで、なってない答えだ。


「俺も聞きたいんだけどさぁ。君、愛奏のなんなの?」


 赤島が踏み込んできた。


「そうだな。彼女にとって特別な友達かな?」


 ウソは言ってない。

 オタク友達を言い換えれば、こうだろう。


「彼女の特別? 君にとってじゃなくて?」


「そっちもあるけどね。大体想像はつくと思うけど? 愛奏と付き合い長いんだろ?」


 俺は少し挑発した。

 どう出るか。


「んふふふ。言うねぇ」


 赤島は目が笑ってないが楽しそうだ。

 そして俺を下からめ付けるように見つめた。



 赤島の態度が変わった。

 粘性を持っていた声から変質して、無数の棘が生えたような感覚。


 夏祭りの時も思ったが、これがコイツの本性か……!

 彼は肩を震わせてクツクツと笑う。


「面白いナァ、オタク君」


 そして恐ろしく低い声で告げた。


「正直に答えろ。お前はオレの敵か?」


 ド直球の質問。

 瞳孔が開いたような、真っ黒い目で訊いてきた。

 松葉も能面のような顔で、俺の出方を見ている。

 次の俺の返答で全てが決まる。


 正直、途轍もなく怖い。

 胃が痛む。冷や汗がでる。今、食べた物を吐き出しそうになる。


 ふと、視線の先に愛奏がいた。

 不安そうにこちらを見ている。


 そうだ、俺は何のために二周目やってんだ。

 愛奏の運命を変えるためだろ。

 だから、俺は言ってやった。


「愛奏を悲しませるなら、俺はお前の敵だ」


 赤島は口が裂けるくらいの歪んだ笑みを俺に向けた。


「アハッ。そっか。なら大丈夫だネ! これからもヨロシク!」


 なにが大丈夫なんだ。

 俺は目をそらさずに告げる。


「愛奏が君を怖がってるから、ヨロシクしたくないな」


 すると赤島は、急に雰囲気が戻って首をかしげた。


「ああ、それ。分かんないんだよねぇ。前はあんなじゃなかったのに」


「自分の胸に聞いてみたらどうだ?」


「思い当たるフシはないよ。まぁなんでもいい。今日は楽しかった。またね」


「ああ、じゃあね。赤島君」


 こうして俺と赤島の食事は終わった。

 松葉は立ち去り際に言ってきた。


「お前、レオンの地雷を踏み抜いたぞ。せいぜい気を付けるこったな」


 警告なのか脅しなのか。

 ちょっと判断がつかない。


「ありがとう。君も風見さんを困らせるなよ」


「はっ。言ってろ。余計なお世話だ」


 松葉は鼻で笑って教室を出て行った。

 俺がため息を吐いたとき、昼食の終わりを告げる予鈴が鳴った。




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すみません。お弁当の感想までいけなかった。

次回で入れます。



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