第22話 新学期の最初は大忙し⑧/友情が深まる一日
「さて、まずは体をほぐすことから始めよう」
竜厳さんは立ち上がった。
「確かに、それは大切ですね」
俺は頷いた。
準備運動はとても大切だ。
「難しい事はない。普通のストレッチだ」
竜一に倣って体をほぐしていく。
「運動しないから体がバキバキだぜ」
幸治が少し苦しそうだった。
さて、体をほぐし終わった。
次は何かな?
「二人は武道をやったことはあるかの?」
竜厳さんは訊ねてきた。
「いえ、俺は初めてです」
「右に同じっす」
「では、”立ち”から教えよう」
ということで俺達は清道流の基礎的な立ち方を教えてもらった。
基本は体を真正面にして立つ「
面白いのは技や状況でその二つを切り替えて動くらしい。
「おお、仮面ファイターのフォームチェンジみたいだ」
「あと、格ゲーみたいだな」
幸治と一緒にテンションが上がる。
「立ち方に慣れれば、足を入れ替えて流れるように動ける」
竜一が踊るように体勢をスイッチしていく。
「正面立ちは前後左右の揺さぶりに対して強い。じゃが相手にとっては当てる面が多い分、攻撃しやすい」
竜厳さんが補足説明をしていく。
「対して、半身立ちは相手に対して当たる面が少ない分、攻撃されにくい。ただし、足の位置の関係で態勢を崩しやすい」
なるほどなぁ。面白い。
「じゃあ二人とも、俺が正面といえば正面立ち。半身と言えば半身立ちに切り替えて立ってみてくれ」
竜一が指示を出す。
「オッケー。ちゃんとできるかな?」
「旗揚げみたいなフェイント入れるなよ」
俺達はさっそく立ち方の練習を始める。
正面、右半身、左半身、正面、左半身、からの正面、正面、正面、半身と思ったら正面。
「って、フェイント入れるなって言っただろ!」
幸治がブレて倒れそうになった。
「悪い悪い。でも不意の時こそ、しっかり対応して倒れないように体を動かす。これが大事だ」
竜一が笑って言った。
そして、立ち方にある程度慣れたら、次は腕の構え方を教えてもらった。
「構えとは相手に対する攻撃や、防御を取るための
竜厳さんの説明を聞きながら、竜一が構えた動きの通り真似をする。
「幸治君。相手の拳に対して守ろうとするならどうするかの?」
「えーっと、こうガードする感じっすか?」
ボクシングのように腕を立ててガードする。
「そうじゃな。人間はとっさに守ろうとして、そういう動きになる」
期待通りの回答だったのか、竜厳さんは頷いた。
「じゃがそれだと、武器を持っておったり素手の拳のような固い物で殴られたら、腕ごとダメージを負う」
幸治の腕に軽く拳を当てた。
「ああ、そうか。攻撃に使う腕を壊されたらダメですね」
俺は気がついた。
その答えに竜厳さんは頷いた。
「というわけで、できるだけ受け流しで対処できる方がええ」
竜厳さんが構えから腕を動かして、説明してくれた。
竜一が口を開いた。
「先ほどの立ち方と足さばき、そして腕さばきを組み合わせることで、受け、流し、攻撃できる。攻防一体の動き方になるんだ」
「へぇ。理にかなった動きをしていく感じかなぁ」
「やっぱ格ゲーだな」
俺と幸治はしきりに感心した。
竜厳さんが言う。
「もちろんそれだけでなく、重心の捉え方、力の抜き具合、体幹の鍛錬など、あらゆる要素が合わさって、初めて形になる。これを清道流は『合理に達する』といって、基礎中の基礎にして、奥義に位置付けておる」
「俺もまだまだ達していない。ある意味これを目指すのが清道流の理念かもしれないな」
竜一が遠い目をした。
「なんか、格好いいね」
「だな! 理想の自分を目指すみたいな!」
俺達は清道流の奥深さに感動するのだった。
その後も、受け身のやり方、体捌きの練習、門下生さん達の練習の見学、そして最後は瞑想の仕方を習った。
そして今、全員で正座して、道場の壁に掲げている『合理』と書かれた大きな額に向き合って瞑想している。
竜厳さんが俺達より前に出て座り、俺達はその後ろに一列に並んでいた。
腹式呼吸で静かに息をして、心を落ち着ける。
しばし静寂の後。
「うむ。では稽古はこれまで。正面に礼! ありがとうございました!」
師範である竜厳さんが号令をかける。
『ありがとうございました』
続けて竜厳さんが俺達に向き合った。
「互いに礼! ありがとうございました!」
『ありがとうございました』
礼に始まり礼に終わる。
なんとも充実した体験会だった。
■□■□
その後、着替え終えた俺達は、竜一の家に上がることになった。
広い家の一部屋で、足の低い大きなテーブルを囲って俺達は座る。
「ほんとに良いの? お昼いただいちゃって」
体験会が終わってちょうど昼時だった。
昼食をどうするか幸治と相談したら、竜一から昼飯に誘われたのだ。
「構わない。友達を家に上げるなんて十年ぶりだ。嬉しい」
「そうか……。お前、筋金入りのボッチだったんだな」
幸治が泣きそうな声で、彼の肩を優しく叩いた。
十年ぶりってことは、小学生時代から友達を上げたことなかったのか。
そりゃ竜厳さん、槍が降るっていうな。
「まぁそういう事なら、ごちそうになるよ」
「だな、動いたら腹が減っちまったし」
俺達は遠慮なく食べることにした。
どうも最初からそういう手筈になっていたようで、竜一のお母さんが色々と持ってくる。
「さぁさぁ、大したものはないけど、たくさん食べてね」
竜一のお母さんがニコニコしながら言う。
息子が友達を連れてきて嬉しいようだ。
「季節は少しずれるが、今日も残暑が厳しいからな。冷たいそうめんでも食べて涼もう」
竜一も嬉しそうだ。
というわけで、俺達はそうめんに舌鼓を打つことになった。
薬味や味変のおかずなど、結構な量があったが、腹ペコの男子高校生が三人そろえば、爆速でなくなっていく。
「大葉入れるとうめぇな」
幸治がずるずると、そうめんを啜る。
「この卵焼き、だし巻き? 出汁とかどうしてるの?」
俺は竜一に訊いてみる。
「いや、知らない。あとで母さんに聞いてみる」
「いやぁ、だし巻きって難しいんだよ。これ作り方って教えてもらえるかな?」
「聞いてみないと分からないが、頼んでみる。それにしても、優真は料理ができるのが凄いな」
竜一が感心したように言う。
「料理って意外と楽しいよ。竜一もやってみたらどう?」
「そうだな。料理が出来れば楽しいかもな」
「おめーら、そうやってモテようとしてんだな。裏切者め」
幸治が恨めしそうに睨んでくる。
「幸治だってやればいいだろうに」
「できねーんだよ。それが」
「「なんで?」」
思わず竜一とハモッてしまった。
「ウチの台所は母ちゃんのテリトリーだからな。俺だけじゃなくて、親父にだってキッチンには立たせないんだよ」
「事情はよく分からないが、やりたいと言えば良くないか?」
竜一が首を傾げた。
「どーも、教えることがイライラするんだと。ウチの母ちゃんせっかちなんだよ」
幸治が疲れたようにため息を吐いた。
まぁ各ご家庭には、それぞれの流儀があるからな。
とやかく言う資格はない。
「なるほどなぁ。そういや話は変わるけど、幸治と竜一ってどうやって知り合ったの?」
俺は話題を変える。
「ん? 俺と竜一か?」
「そうそう。夏祭りの時も思ったけど、結構、仲いいよね」
幸治は竜一の事に対して、わりとズケズケと言っている。
親しくなければそういう態度は取れないだろう。
「まぁな。竜一とは入学の時に席が近くてよ。それでなんか、物凄い形相で俺の事を睨んできたから聞いたんだよ。『俺、なんかした?』って」
「あの時は本当にすまなかった。環境が変わって、とても緊張していたんだ」
竜一が大きな体を小さくしてうつむく。
どうやら恥ずかしいらしい。
「そしたら『違う。目つきが鋭いだけだ』って言うんだよ。そこからだな。話すようになったの」
「幸治ってやっぱすごいな。それで話して友達になるんだから」
基本的に幸治はコミュ力が高い。
なにせ、対人スキル皆無だった一周目の俺と友達になるんだから。
「その通りだ。優真。あとは、ゲームに誘ってもらって、スマホで遊んで。この俺を怖がらずにいてくれたんだ」
「生き物には見た目で判断したら、エライ目にあう奴がいるんだよ。だから俺は人も見た目で判断しないようにしてんだ」
幸治が照れくさそうにそっぽを向く。
なるほど。生き物好きの性格がこういう所にも影響するのか。
「そうか。幸治は格好良いな」
「そうだね。俺達の最高の親友だね」
「だああぁ! 気持ち悪いなお前ら!! 男に褒められても嬉しくねーよ!」
幸治が耐えきれず叫ぶ。
そんなわけで、俺達は楽しい昼食を取るのだった。
今日は男同士の友情が深まったと思う。
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以上、竜一君の自宅訪問でした。
次回からは新展開、文化祭編が始まります。
読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。
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