第14話 夏の最後は、夏祭り④/忘れられない夏
「はい、雫玖あーん」
「あーん。あふっ」
近衛さんが風見さんに、たこ焼きを食べさせていた。
「じゃ、こっちも、あーん」
「焼き鳥はちょっと難しくない? あーむ」
今度は風見さんが、近衛さんに焼き鳥あげていた。
俺が知らないだけで、あーんが流行ってるのだろうか。
普段からこんな事しているなら、そりゃ俺達にも揶揄いがてら、やってくるよな。
「なぁ優真。
幸治が彼女たちのやり取りを、ガン見しながら言った。
「だな。俺もそう思うよ」
「右に同じだ」
俺と竜一は激しく同意した。
俺達は百合の花が咲いた桃源郷を眺めながら、幸せを噛み締めていた。
「なぁに? 深影君達もやって欲しいのかしら?」
真田さんが気づいて、俺達にニヤァ〜っと笑いかける。
どうも真田さんはSっ気があるようだ。
真面目で優等生なイメージだったが、それがガラガラと崩れていきそうだ。
「はいっ! お願いします!」
幸治が勢いよく手を挙げた。
さっき固まってただろうに。
「八条君はさっきやったでしょ。だからぁ~」
あ、アカン。
アレは狩人の目だ。
目をそらしたら餌食にされる。
「藤門く~ん」
巨体がびくりと跳ねた。
耐えきれず目をそらしたな、竜一。
「いや、その。俺は遠慮する」
「え? なに~。また男子で遊ぶの?」
風見さんが参戦してきた。
これはもう逃げられないかもな。
「だから、やめなさいっての! 二人とも!!」
近衛さんが今日、幾度目かの雷を落とす。
「いいじゃん。愛奏は深影っちにやってあげなよ。物欲しそうに見てたよ」
おおっと。こっちに飛び火したぞ。
風見さんナイス。じゃなくて、なんてこと言うんだ。
「え、そう? う~ん。それじゃこの間断られたし、やっちゃおっかなぁ」
近衛さんに角と尻尾が生えたような気がした。
「というわけで、はい深影君、あーん」
近衛さんがたこ焼きを持ってくる。
「えっと」
彼女の顔を見るとニッコニコだった。
俺は意を決して口を開けた。
「あーん。熱っ」
ハフハフして食べる。
なぜか、たこ焼きは甘かった。
たぶんソースが甘いのだろう。きっと。おそらく。
「それじゃあ今度は深影君ね。焼きそば、ちょうだい」
「え!?」
俺もするの?
手に持った焼きそばと近衛さんを交互に見た。
ええい、ままよ。
「はい、ど、どうぞ」
「あーん。焼きそばはこれ、食べにくいね」
苦笑しながら食べてくれた。
「おー、深影っちだいたーん」
「やるわね。深影君」
風見さんと真田さんが感心した声を出した。
そして竜一をロックオンする。
「それじゃ、藤門君。大人しく私たちの玩具になりなさい」
「ほーら、フジモン。美少女が持てなすぞ~」
竜一は顔を赤くして、二人の悪魔のなすがままになっていた。
つーか、新手の風俗じゃねーかな、コレ。
なんだこのやり取り。
思春期の女子高生というのは恐ろしいものだ。
そんなことをしながら、戯れていたら声をかけられた。
■□■□
「あ、やっぱりここ来てたのか。愛奏」
声のする方をみると、
うわ、出た。
相変わらずの軽薄そうな格好だ。
この間の柄悪い連中もいる。
さらに今日は女子を二人連れているようだ。
「あ、レオン」
近衛さんが小さな声で言った。
名前呼びしているのか。
俺はちょっと胸が痛んだ。
「友達と遊ぶっていうから遠慮したけど、楽しそうじゃん。俺達も混ぜてよ」
赤島はずけずけと言ってくる。
「ゴメン。今日はちょっと……」
近衛さんは断りにくそうに言う。
「えー? 今日もだろ? 冷たいなぁ。良いじゃん遊ぼうよ」
この粘着質なところが妙に恐怖を煽る。
俺が前に出ようとした時、風見さんが言った。
「今日は赤島クン達と遊ぶ気分じゃないから。オタク君達と遊ぶのに忙しいから、あっち行って」
ドスレートに言い放った。
マジかよ。風見さん、勇者か。
すると、取り巻きの男一人が前に出た。
「風見。お前、酷いぞ。つーか、部活来いよ。練習できねーだろ」
「よく言うよ。自分だって練習ほとんどしないで、部室で遊んでるだけなのに。アタシは
そういや、バンドメンバーとケンカしているって話だったな。
どうやらその一人が、この男らしい。
「まぁまぁ。せっかくのお祭りだし、夫婦喧嘩はやめよーよ」
赤島がへらへらと宥めにかかる。
「は? ウザっ」
風見さんが見たことない顔で吐き捨てている。
空気が悪くなる。
横目で見ると、幸治はおろおろしていた。
竜一は推移を見守っているようだが、目つきが鋭さを増していた。
「もうすぐ花火だし、一緒に見よーよ。良い場所、知ってるんだ」
赤島が提案してくる。
「えー。レオン、一緒に見るつもりぃ? もう良いじゃんいこーよ」
赤島の連れていた女子の一人が、拒絶するように言う。
だが、赤島は声を低くして告げた。
「うるせーよ。オレが誘いたいの。黙ってろ」
「ご、ごめんなさい」
おおう。この態度を人前にも見せるとは。
コイツ無敵かよ。
いや、脅しだな。
断ればどうなるか、少し煽ったのだろう。
「で、どうする?」
彼は近衛さんに笑顔を向けてきた。
俺はすっと彼女かばう様に動く。
すると、彼女は俺の腕を握った。
あの時と同じく、やはり震えていた。
「悪いけど。その態度を見たら、なおさら行けないな」
「へぇ。怖がらせちゃったかな?」
「わざとだろ。暴力団のやり口かよ」
「大げさだなぁ」
赤島は口を歪めて笑う。
相変わらず目が笑ってない。
「愛奏が嫌がってる。俺も君とは遊びたくない。引き下がってくれ」
この間のように睨み合う。
「じゃあさ。花火の後、一緒に飲まない?」
コイツ、本当にしつこいな。
「飲むって。俺達、高校生だろ」
「知り合いの人がやってるバーが姫神にあってね。そこ、今日は貸してくれるんだ。ノンアルもあるし、大人がいるから安心だろ?」
「未成年なんだから、夜行ったらダメでしょう。許してるなら、そんな大人信じられないわ」
真田さんが後ろから援護射撃してくれる。
「良いじゃん。夏の終わりの思い出にさ」
「俺達は健全に遊びたいんでね。他当たってくれ」
俺の言葉に、赤島は目を細めた。
『まもなく、花火の時間です。ぜひ、特設会場にご参集ください』
花火を告げる放送が入った。
竜一が俺の隣に立つ。
「そろそろ時間だ。行こう優真」
「そうだね。行こう、みんな」
俺達は赤島を無視して移動する。
「へぇ。優真って言うんだ」
立ち去り際に、そんな声が聞こえた。
■□■□
赤島から離れるように移動中。
「どうやら着いて来る気配はないな」
竜一が後ろを気にして言った。
「タイミング的に助かった。ありがとう、竜一」
あそこで声かけてくれて状況が動いた。
ナイスアシストだった。
「気にするな。ああいう輩は俺も嫌いだ」
「近衛さん。大丈夫?」
俺は今だ腕を掴んでいる彼女に声をかけた。
「うん。ありがとね。ちょっと怖かったけど、大丈夫」
そうは言っても、やはり元気がない。
「いやーでも深影っち、格好良かったねー」
風見さんが思い出したように言う。
「そうかな。俺、結構ビビり散らかしてたけど」
「毅然とした態度で、あの空気読めない男に言ってたじゃない。凄いわ」
真田さんが褒めてくる。
「おい、それより優真。近衛さんの名前、呼んでただろ。お前勇者かよ」
幸治が畏怖しながら言う。
「あはは。ああいう連中と対等にやり合うなら、少しは態度を大きくしないとダメかなって思ったんだ」
「それなら、普段から愛奏って呼びなよ。ねー愛奏」
風見さんが愛奏の肩に手を置いた。
彼女は少し照れながら頷いた。
「そうだね。優真君、呼んでくれると嬉しいな」
二人だけの時って約束したんだけど、これ逃すとヘタレって言われそうだな。
うーん。この先も赤島は絡んでくるだろうし。
ちょっと恥ずかしいけど、せめて関係性を少しでも深めた方が良いか。
「分かったよ。愛奏」
「おー。お互い名前呼びだー。甘酸っぱーい」
「やっぱりやるわね、深影君」
「すげぇ。俺は今、勇者の誕生をみてる」
「優真。俺はお前を見習おうと思う」
空気を変えることには成功したが、色々と囃し立てられる。
「ふふふ。ありがとね。みんな」
愛奏に笑顔が戻った。
「よーし。じゃあ早く行こーよ。いい場所が取られちゃうよ」
風見さんが早足になる。
「今からじゃ遅くないかしら」
真田さんが至極真っ当に言いながら駆け出す。
「みんなで見られるなら、俺はどこでも良いよ」
「うん。それもそうだね。待ってよ、雫玖!」
近衛さんが、俺の腕から離れた。
少し残念に思いつつ、俺は微笑んだ。
その様子に幸治が言った。
「楽しそうじゃん、優真」
「まぁね。忘れられない夏になったよ。幸治は?」
「最高の夏だね」
「俺もだ。優真、幸治。誘ってくれて、ありがとう」
俺達は女子達の後を追う。
こうして夏の終わりに、俺達は花火を堪能するのだった。
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というわけで、夏祭りのお話はこれまで。
アオハルな高校生達でした。
一章はこれで終わりです。
次回から二章、新学期編を始めます。
ですがその前に、幕間を投稿します。
本日の夕方頃に更新予定です。
タイトルは「もう一つの始まり/愛奏の真実」です。
読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。
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