第8話 映画に行こう!②/元凶とのファーストコンタクト
映画の待ち合わせで、駅前に来たら近衛さんがチャラ男共に絡まれていた。
数は四人いて、しかも彼女を破滅させる赤島のグループだ。
俺は体に電撃が走ったように緊張する。
立ち位置的に彼女の顔が見えない。
焦って駆け寄ろうとしたが、あえて一拍置いた。
落ち着け、俺。
相手は悪名高くても高校一年生だ。
大人の精神を持つ今の俺なら大丈夫だ。
焦らずに行け。
「近衛さん! お待たせ!」
俺は努めて明るく近衛さんに声をかけた。
「あ……っ」
近衛さんは振り返って俺を見た。
彼女の顔色は血の気が引いたように白かった。
「ん~? 誰?」
赤島はへらっと笑って言う。
俺は背筋を伸ばして彼の目を見て言った。
「彼女の友達だよ。待ち合わせてたんだ」
あえて名乗らない。
どう出る?
「待ち合わせ? なんだ愛奏、デートだったの?」
コイツ、なんでそんなに馴れ馴れしいんだ。
「そ、そうだよ。か、かれが先約だから、ごめんだけど今日は、むり」
近衛さんは明らかに様子がおかしい。
というかコイツら、やっぱり誘ってやがったな。
ひょっとして、もう手を出されてるんじゃないだろうな。
俺が警戒レベルを上げていると、取り巻きの男共が言った。
「え~? レオン君と二股~? ガチかよ」
「レオン。そんなビッチ誘わないで、行こうぜ」
言うに事欠いて失礼な連中だ。
レオンはへらへらと笑う。
「バッカ。愛奏がそんな二股なんてするわけないだろ。あとまだ付き合ってないって」
「ウソだぁ。名前呼びの上に、幼馴染なんだろ。もう付き合っちまえよ」
「はぁー。このイケメンめ! だったら俺にもワンチャンあるんじゃね?」
「バーカ。レオン君と違って、お前みてぇなイカ臭いアホと付き合えるかよ」
ギャハギャハ、げらげらと囃し立てる。
チャラいうえに、下品すぎる。
付き合ってられないな。
俺は近衛さんの手を取った。
「まぁそういう事だから。失礼するね。行こう、近衛さん」
俺と近衛さんは移動しようとした。
だが、赤島は進行方向に立ちふさがった。
「待ってよ。だったら君も一緒に遊ばない?」
コイツ、なおも食い下がるか。
握っている近衛さんの手が震えていた。
ここは、多少強引にでも連れ出した方が良いな。
「悪いけど、二人きりで遊びたいんだ。遠慮しておくよ」
「まぁまぁ。そんな警戒しなくて良いじゃん」
赤島は終始笑顔だが、目の奥が笑ってない。
近衛さんに妙に執着している?
「直接言わないとダメか? 愛奏は俺と遊ぶから、他所へ行け」
俺は正直キレていた。
一騒動起こることを覚悟して、語気を強めた。
午前中とはいえ、人通りもある場所だ。
この状況で何か仕掛けてきたら、彼女に被害が及ばない限り、甘んじて泥をかぶろう。
俺の言葉に赤島は驚いたのか、目を丸くする。
そして笑顔を張り付けて、口の端を歪めた。
「へぇ。言うね」
「だったらどうした?」
「別に。愛奏はそんな強引な男は好みじゃないよ」
「それ、自分にブーメランって分かってるか?」
数瞬のにらみ合い。
コイツだけは目を逸らすわけにいかない。
「おーけー。分かった。今日は諦めるよ」
赤島が引き下がった。
そして、間髪入れずに尋ねてきた。
「君、名前は何ていうの?」
「悪いけど、急いでるんだ。それじゃ」
俺は無視して、いまだ震えている近衛さんを連れてその場を離れた。
■□■□
「……」
「……」
俺と近衛さんは無言で歩く。
日差しが暑かったが、地下道から地上に出た。
さらに連中からなるべく離れるために、奴らが行きそうにない本屋のビルに入った。
本屋は開店直後で客がいない。
俺は人気のない場所に設えられた椅子へ彼女を座らせた。
「あの」
近衛さんが何かを言う前に、俺は頭を深々と下げた。
「強引に連れ出してゴメン。手、痛くなかった?」
緊急事態とはいえ、彼女の手首を握ってしまったのだ。
優しくしたつもりだが、あの連中のおかげで力が入ったかもしれない。
「あ、えっと。ううん。大丈夫。それより、ありがとう」
近衛さんは、俺が握っていた手首を抱きかかえて微笑んだ。
さっきより顔色が良くなっている。
「大したことしてないよ。それよりアイツら何んなの? 幼馴染とか言ってたけど」
俺は少し踏み込んで聞いてみた。
ある程度の情報はあるが、彼女の口から可能なら確認したかった。
「あの人達、深影君が話してた男の子は赤島麗獅子っていうの。小学校四年生からの幼馴染で。声をかけられて遊ぶこともあるんだけどね」
「そうなんだ。でも何ていうか、ぶっちゃけ凄い失礼だったし、下品だったよね。あれっていつもなの?」
「うん。ノリが軽いっていうか。ちょっと騒がしいかな?」
「いや、近衛さんには悪いけど、アレは失礼で下品な奴らで良いと思うよ」
近衛さんはオブラートに包もうとしたようだが、そんな気遣いさせない。
ビッチだの二股だのと宣う、あのクソガキ共に気を遣う必要はない。
「あははは。そうだよね。ダメだなぁ私、ほんt……」
彼女は力なく笑って、ため息をついた。
最後の方の言葉が聞き取れなかったが、彼女は落ち込んでしまった。
「ダメじゃない。近衛さんのその優しさは良い所だよ」
俺は彼女の目を見て真っ直ぐ言う。
分け隔てなく話せるのは彼女の美徳だ。
それが無ければ、俺に構ってもくれなかっただろう。
ただ、そのせいで厄介な連中もやって来る。
なんとなくだが破滅した原因の一つに、この優しさが関係してそうだ。
それなら、これからは俺が何とかすればいい。
そのために俺は二周目の人生を変えるって決めたのだ。
「ありがとう。それにしても、レオン……赤島君相手に堂々としていたけど大丈夫だった? だいぶ無理してたんじゃない?」
近衛さんは心配そうに言った。
よく見てるなぁ。
「正直、胃がキリキリして冷や汗かいてたけど、その、なんていうか譲れないって思ったらあんな風に行動してた」
今思い出すと、なかなか恥ずかしい事を言っていた気がする。
「ふふふ。『愛奏は俺と遊ぶから』だっけ?」
「あうっ! いやそのそれは、勢いというか。赤島が近衛さんの名前を言っていたのが気に食わなかったというか。呼び捨てにしてごめんなさいでした」
エアコンが効いている店なのだが、顔が熱い。
鍛えている最中とはいえ、つい一週間ほど前まで陰キャオタクだった貧相な体で、あんなムーブかますのはどう考えても格好悪いだろう。
「謝る必要ないよ! 深影君がああ言ってくれたから、なんかホッとしたんだよ。格好良かった!」
今度は近衛さんが、俺の目を見て真っ直ぐ言ってくる。
おおう。その笑顔は俺に効く。
「それに、力強く手を握ってくれて。嬉しかったよ」
「あうあう。それはどういたしまして」
そんなストレートに言われたら、俺はどう答えていいか分からん。
なおも近衛さんの猛攻が続く。
「ねぇ。これからも愛奏って呼んでくれる?」
「ぶっ! そ、そそそそそ。それは、さすがに俺に度胸がないので……」
「えーだめ? 私は良いよ?」
うあああああああ!
上目遣いで頼まないで!!
それは俺にマイティ・クリティカル・フィニッシュだから!!!!!!
「ふ、二人きりの時だけなら。あと、『愛奏さん』でおねがいしましゅ」
「愛奏」
「え!?」
「あ・い・かって呼んで」
「あ、あ。愛奏」
「うん。よろしくね、優真君」
「はい」
ずるいよ。
俺の名前は君付けなのね。
「はーっ。なんか元気出てきた。映画の時間てまだ大丈夫だよね?」
近衛さんがニコニコと笑った。
「えっと、無理しなくても良いけど。このまま映画行って大丈夫?」
連中がうろついている可能性もある。
残念だが今日は解散でも仕方ないと思う。
「もちろんよ! 私今日、楽しみにしてきたんだから! ファイターの映画も戦団の映画も、いままで見に行きたくてもいけなくて悔しかったの! 大きなスクリーンで変身とか爆発とか見られるんだよね!!」
近衛さんは目がキラキラしている。
そこまで楽しみなら、ぜひ見てもらわねば。
「わかった。まだ上映時間には余裕があるから、映画館着いたら先にグッズとか覗こうか」
「わぁ! 映画限定グッズだよね! 楽しみ!!!」
こうして、俺達は先ほどまでと打って変わって、和気あいあいと映画館に向かうのだった。
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素直に引き下がった(?)チャラ男くん。
なぜか、ぐいぐいくる近衛さん。
それらに振り回される優真くん。
読んでいただき、ありがとうございます。
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