第7話 映画に行こう!①/着ていく服がない

 近衛さんと風見さんと一緒にカラオケしてから五日後。

 いよいよ仮面ファイターの映画が公開された。


 あのお願いを果たすため、さっそく近衛さんとRINEでやり取りして(だいぶ緊張した)、お互いのスケジュールをすり合わせた。

 結果、来週月曜日の午前中の回に行くことになった。


「マズイことになったぞ」


 そして今、俺は自分の小遣いを目の前にして悩んでいた。


「着ていく服がない」


 引きこもりオタクの悲しいSAGAサガ

 彼女との映画鑑賞で着ていく服がない。

 まさかこんなに早く、遊びに行けるとは思わなかった。

 計画として後回しにしていた事が、ここで響いてきたわけだ。


「いや、誰がこの展開を思いつくよ」


 髪切りに行って、偶然にも近衛さんに会って、カラオケして仲良くなって、まさかの映画鑑賞のお誘いである。


「都合のいい夢の世界だったとしても、加減してくれ」


 現実感が急になくなるイベントをブッ込まないでほしい。

 こっちにも心の準備がいる。


「今ある服じゃあダメだろうなぁ」


 となると服を買う必要がある。

 幸いにしてもう少しだけ日数がある。


「とはいえ服だけでなく遊ぶ金も考慮すると、圧倒的に足りない」


 ここで深影家の掟を伝えよう。

 母と父曰く「俺に財布を持たせない」だ。

 なにせ、金があれば無限にゲーム・マンガ・フィギュア・カードなんかを買う。

 当時の俺は、中・高校生としては不適切な金銭感覚だった。


「アホだったよなぁ俺。オタクとして経済回をしてるんだとか言って、どれだけ両親から怒られたか」


 高校卒業後、一人暮らしとバイト始めたことで金銭感覚が矯正された。

 なにせ一度、貯蓄が底をつきかけて死にかけたからな。

 ははっ、三食モヤシと水のデスライフはもう絶対にしたくない。


 閑話休題。

 そんなわけでウチは小遣い制で、銀行に預けている分は両親と交渉して、承認を得なければ引き出せない。


 仮に、手持ちのゲームやグッズを売るとしても二束三文だろう。

 やはり貯金から引き出すしかない。


「タフなネゴシエーションになりそうだ」


 ■□■□


 俺は覚悟を決めて一階に降りた。

 今日の母さんはパートがなく、リビングでお菓子食べながらテレビを見ていた。


「あの、母さん。ちょっと良いかな?」


「なぁに? 畏まるということはまたゲーム買うつもり? それとも欲しいカードでもあるの?」


 警戒感を露わにしている。

 そりゃそうだ。

 今までの事を考えるとそうなる。


 だが、今回は違う!

 俺はギュッと擬音が鳴りそうな感じの真面目な顔をして告げた。


「実は、学校のクラスの女子と映画見に行くことなったんだ」


「へ?」


 母さんは信じられないという風な表情をする。


「それで、着ていく服がないから買う資金と、できれば遊ぶお金を融資していただけないでしょうか?」


 深々と頭を下げる。

 母さんはお茶を一飲みすると、申し訳なさそうに言った。


「ごめん。母さん仕事で疲れているのか、よく聞き取れなかったわ。もう一度お願い」


「女の子と映画行くから、着ていく服と遊ぶための小遣いください」


「ええええええええええええええええええええええ!!!!!」


 母さんは心底驚いたように叫んだ。


「何々!? お母さん! 何!?」


 ビックリして咲良までリビングに降りてきた。


「咲良! 大変よ! 優真に彼女ができたの!!」


「は? 妄想とか幻覚とかウソとかじゃなく?」


「だって映画デートよ!! 女の子と!! いくらゲーム買うためにだって、モテない男がそんなウソ言わないでしょ!!」


「それもそうか。もしウソならキモいだけだもんね」


「おい! 二人ともさっきから失礼だぞ!!」


 俺は二人の暴言にキレた。


「お兄ぃ。ちなみに他にも行く人いるんでしょ? ほら八条さんとか」


 咲良が極めて冷静に、ありそうな状況を聞いてきた。


「ところがどっこい。女子と二人だ」


「そ、そんな。あり得ない。それって脅されてたり、行ったら変な壺を買わされたりしない?」


「近衛さんはそういう事しないって。ていうか、彼女じゃなくてオタク友達だよ。ちょっと色々あって映画行くの付き合ってほしいって言われたんだよ」


 俺はかいつまんで経緯を説明する。

 髪切りに行った際に偶然会って、話してたら誘われたと。


「あら~。そう。あんたがイメチェンなんて、どんな風の吹き回しかと思ったら。そう。好きな子のためにちょっと頑張ってたのね」


 ニヤニヤと笑いながら母さんはお菓子を食べる。

 うう……。必要な事とはいえ、親に話すのは妙に恥ずかしい。


「ふーん。やっぱり好きな子いたんじゃん」


 納得したように咲良は頷いた。


「あの、俺まだ近衛さんの事を好きとか言ってないんだけど。友達に会ったって言ったんだけど」


 なぜ近衛さんが好きという話で進んでいるのか。


「でも好きなんでしょう?」


「好きなんだよね? お兄ぃ」


 二人のニヤニヤ笑いが最高潮に達していた。

 腹立つなぁ。


「じ、事実ではあります……」


 俺は不承不承、告げた。


「青春ねぇ。分かったわ。認めましょう。明日すぐに買いに行きなさい。というか一緒に行くわ」


「いや、母さんと行くの?」


 それはそれで恥ずかしいぞ。


「でもあんた、私が買ってきた服を適当に着てるでしょ? いきなり自分で買いに行けるの?」


 ぐぅの音も出ない。

 この時代の俺は、自分で服を買った記憶がない。

 買うようになってからも適当に選んで、どうにか過ごしていた。


 そもそも人とあまり遊ぶような人生を歩んでこなかったのだ。

 ファッションの感覚なんてさっぱりだ。

 俺は咲良に目をやる。


「私はパース。めんどい。あ、でもブランド物とか下手に色出さない方が良いよ。お兄ぃってどう頑張っても人間にしかなれないんだから」


「だから言い方ぁ!!」


 妹の言葉の刃がザックザクに刺さる。


「こら咲良。あんた達二人の生産者である私がいる前で、そんな暴言吐かないの。あんたも人間にしかなれないわよ」


 母さんが嗜める。

 しかし、どんな言い方だ。


「ごめんなさーい」


 咲良は適当に謝って退散した。


「さて。それじゃそういう事で。もうこんな時間ね。夕飯の支度しなくちゃ」


 母さんは立ち上がる。


「あ、母さん。俺も手伝って良いかな? できれば母さんの料理を覚えたいんだ」


「ふふふ。良いわよ。咲良から聞いたけど、お昼に随分と美味しい物作っているようね。これも好きな子のためかしら~?」


「それはまぁ。そんなところで」


「はぁ~。恋は人を変えるわね。あの優真がこんなになるなんて」


 母さんは感心するやら、呆れるやら、複雑なため息ついて笑った。


 ■□■□


 というわけで、母さんのサポートを受けながら、服を購入。

 さらに追加のお願いをして、母さんのクレジットカードを使って映画のチケットを予約した。


 映画の予約って大体がクレジットカード決済だから、持ってないと苦労するよなぁ。

 もちろん映画料金は母さんに払った。


 そして映画が終わった後の昼食もリサーチ。

 周辺の店をいくつかピックアップしておく。


 行くかどうかはその場の状況によるだろうが、備えあれば嬉しいな、もとい憂いなしってやつだ。

 とにかく準備をして、いよいよ当日を迎えた。


「集合の三十分前。遅刻は死を意味するからな。これくらいあれば大丈夫だろう」


 俺は夏の陽気と同じくらいに、意気揚々と待ち合わせの場所まで向かう。

 場所は光珠みたま駅じゃなくて、媛神ひめかみ駅。

 ようはこの間行った美容室や、カラオケ施設があるこの辺りの繁華街だ。


 熱中症の事考えて、地下にある噴水広場前にした。

 地下に噴水があるって凄いよなぁ。

 ダンジョンのセーブポイント、もしくはスタート地点かセーフティゾーンっぽい。

 などとゲーマー気分も味わいつつ、地下道を進む。


「夏休みだから人が多いな」


 考えることは皆同じなのか、結構な人が待ち合わせしていた。

 近衛さんが来る方向を鑑みて、見つけやすいような場所にいないとな。


「ん? あれは……」


 近衛さんだ。

 見間違えるはずがない。

 でも何だあの男達。

 チャラそうな四人組が近衛さんと話している。


「――――ッツ!」


 とある男の姿を捉えた時、俺の脳裏に痛みにも似た記憶が蘇る。

 背丈が高く、モデル体型。

 髪色は茶色で、緩くパーマがかかったショートヘア。

 服装はストリートスタイル。

 そして軽薄そうなイケメン面。


 間違いない。

 アイツは。


赤島あかじま麗獅子れおんだ」




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やっとチャラ男が登場。

女性を平気で殴りそうなキャライメージです。


読んでいただき、ありがとうございます。

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