第6話 カラオケ行くよ!②/勝者のお願い

 ん? 今、何でもお願い出来るって言ったよね?

 俺は風見さんの発言に戦慄した。


「雫玖! 何でもお願いだなんてダメだって!!」


 近衛さんが顔を赤くして叫ぶ。

 そりゃそうだ。


 なんだそのエロマンガみたいな展開。

 だが風見さんはクスクスと笑いながら言う。


「大丈夫だよ。お願いするだけで、叶えるかはお願いされた人なんだから」


「ん? 風見さん。つまり受け手側が決めるってこと?」


「そうそう。お願いされた方が決めるなら安心でしょ?」


 んーなるほど。

 それならまぁ、無茶振りされても大丈夫か……?


「そ、それなら大丈夫かな?」


 近衛さんはちょっとホッとしたような顔をした。


「えー? 愛奏どんなこと想像したのー?」


「べ、別に大したことじゃないよ」


 いや誰だって変な想像する。

 俺だってちょっと過ってしまった。


 とりあえず邪な考えをポイ捨てして、真面目に考えてみる。

 要は叶えてもらえそうなお願いをすれば良いのだ。


 交渉事は高校生である彼女たちと比べれば、経験がある。

 無理目の要求を最初にして、本命はレベルを下げた要求をするのだ。


 交渉事としての基本中のキ。

 これは願ってもないチャンスだ。


 学園祭が終わるまでにゲットすることを目標に掲げている、近衛さんの連絡先。

 その一環で先ずは、SNSのアカウントをフォローすることができれば、今後に役立つ。


 無理目のお願いを「連絡先交換」にして、本命を「SNSのアカウントを教えてもらう」にすれば、お願いが通るかもしれない。


「うわ〜。深影っちが真剣に考えてる。どんなお願いされるんだろうね。やらしー事かなぁ?」


 風見さんが、小悪魔のようにケケケと笑う。


「み、深影君?」


 近衛さんが不安そうに聞いてくる。

 いかん。

 警戒させるのは悪手だ。


「違うよ! ただ、二人と連絡先を交換してもらえるかなぁって考えてたんだよ」


 先手必勝。

 布石を打つ。

 だが状況は思いがけない方向に動いた。


「え? それなら言ってくれれば普通にするよね」


 近衛さんが、きょとんとした表情で言う。


「うん。深影っち面白いから、フツーに良いよ」


 風見さんも同意する。


「あれ? 良いの?」


 俺は困惑した。

 連絡先ってそんな簡単に渡すモノだっけ?


「えっとじゃあ交換してください」


「はい深影君。これRINEコード。ついでにアルスタ(SNS)のアカも送るね」


「良かったね~深影っち。女の子二人の連絡先が増えて」


 労せず近衛さんの連絡先(+オマケ)をゲットしてしまった。

 会話のダイスロールがクリティカル入ったなコレ。


「じゃ早速、勝負といこう!」


 風見さんが宣言して勝負が始まる。

 既に目的を達成した俺は、気負わずに気楽にいこう。

 そう思いながら歌う曲を選ぶのだった。


 ■□■□


「――――♪」


 今、近衛さんが歌っている。

 だが、その綺麗な歌声に聴き惚れている余裕がなかった。


 カラオケ点数勝負。

 勢いで始まったが、後から決めたルールは至ってシンプルだ。

 三回歌って一番いい点数で競うこと。


 で、俺と風見さんは既に三回目を歌い終えて結果が出ていた。

 現在の順位は俺、九十六点。

 風見さん、九十三点。


 なんと俺が九十六点を叩き出したので、近衛さんの結果次第では一位になるかもしれない状況だった。


 どうするよ、俺。

 俺が一位になったら何てお願いしようか。

 ネタに走るのか。それとも真面目に行くか。

 いかん、すぐに思いつかない。


「さっきから黙ってるけど、やっぱり、やらしー願い事でも考えているの?」


 風見さんが揶揄う様に言ってくる。


「いや、だからそんなわけないだろ。というか、俺ってそんなにエロい事考えてるように見えるの?」


「全然。単純に揶揄うと面白いからと、一番になれなくて悔しいから八つ当たり」


「理不尽すぎる!」


 この子、本当にいつか誰かに殴られそうだな。

 そんな事を言い合っていると、近衛さんの歌が終わった。


「ど、どうかしら?」


 運命の採点結果。

 モニターに表示された点数は。

『九十七点』


「おおおおおお!」


「うわーっ! 愛奏にも負けたー!」


 俺と風見さんは声を上げた。


「私が一番ね!」


 近衛さんが飛び切りの笑顔で勝利宣言した。


「うー。ちょっと自由に歌いすぎた。もうちょい勝ちにいけばよかった」


 風見さんは心底悔しそうに肩を落とす。


「どんまい。雫玖!」


 近衛さんがドヤ顔で喜んでいる。

 いやー可愛い。


「それで、俺達にするお願いは?」


 肝心の話題を振ってみた。


「え~っと、それじゃ雫玖には今度、クレープ奢ってほしいな」


「それってあのリンリンクラウドの?」


「そうそう、それ」


「うあー。絶妙に払える値段のスイーツだなぁ」


 風見さんがウンウン唸る。

 しばらく考えてからため息を吐いた。


「わかった。言い出しっぺのアタシが断ったらそれはなんか違うかぁ」


「やったー!」


 どうやらスイーツを奢ってもらうことになったようだ。


「そして、深影君には……」


 近衛さんが上目遣いで俺を見る。

 やっべ、めっちゃ可愛い。


 もう何お願いされても全部叶えてやる。

 俺は覚悟を決めた。


「私と一緒に仮面ファイターデービルズの映画を見に行ってほしいな」


「行きます」


 お願いの意味を理解するより早く、返事していた。


「ぶっふ。深影っち必死すぎ。即答とかwwwww」


 風見さんが草が生え散らかしたような爆笑をしているが気にしない。

 で、なんだっけ。

 近衛さんと仮面ファイターの映画を見に行くだったか。

 仮面ファイターの映画。

 映画?


「へぁ!? それってデート!?」


 意味を理解して、思わず叫んでしまった。


「あはははははは!!!!! 深影っち顔真っ赤!! 可愛い!」


 風見さんが腹を抱えて大爆笑する。


「軽く考えてよ。ちょっと私と映画見に行くだけだって」


 近衛さんはニッコリ笑って誘ってくる。


「いや、でも、俺って見た目は、イメチェンしたけど、中身は陰キャのオタクだぎゃど。いいの?」


 もう衝撃的過ぎて舌が回ってない。

 それを聞いた近衛さんは言う。


「うん良いよ。一人で見に行くのちょっと恥ずかしいし、深影君と仮面ファイター見に行ったらきっと、色々と私の知らない事教えてくれそうだし。ダメかな?」


「ダメじゃないです! 行きます!!」


「そう。それならヨロシクね!」


 そういう事になった。

 近衛さんと映画見に行く約束をしてしまった。


 え? なんかエライことになってない?

 大丈夫? 俺、明日死なない?

 

 いや死んでたまるか。

 俺は万難を排して馳せ参じるぞ。


「詳しい話はまたRINEでするとして。まだまだ時間あるし、歌おう!」


 近衛さんがマイクを握る。


「だねー! よーし爆笑したらテンション上がってきた。歌うぞー!」


 風見さんがボルテージを上げる。


「今の俺は無敵だ。歌うぞ!」


 変なテンションになった俺も激しく同意して、カラオケはより一層の盛り上がりをみせていった。


 ■□■□


「やー! 歌ったなぁ」


 風見さんが伸びをしながら言う。

 歌い倒して、もう夕方。

 外は昼間の熱気が残っていてまだ暑い。


「雫玖。ストレスは発散出来た?」


「そりゃもちろんだよ愛奏! 深影っちもありがとね」


「そんな。こちらこそ、偶然声かけただけで誘ってくれてありがとう」


 俺は風見さんに心から感謝していた。

 思いがけない出会いからのカラオケ勝負。

 近衛さんと遊べたのは、望外の喜びというやつだろう。


「ニシシシ。そりゃあアタシたちと遊べたんだから、海より深く感謝してね!」


「もう雫玖ったら……」


 近衛さんが苦笑する。

 そんな会話をして、駅に向かう。


「それじゃ、アタシこっちだから。またねー」


 風見さんは別のホームに走っていった。


「うん。またね!」


「ありがとう。気を付けて帰ってね!」


 俺と近衛さんは彼女を見送った。


「そういや、近衛さんてどこの駅で降りるの?」


「三つ先の光珠みたま駅だよ」


「あれ? 俺と一緒?」


 一周目では得られなかった情報だ。


「あ、そうだったんだ。中学は別だから学区は違うのかな?」


「俺、東光珠中学だよ」


「あ、私は西光珠中学だった」


 こんな話、マジでしなかったからな。

 ちょっと嬉しい。


「そうか、じゃあ線路を挟んで反対方向か」


「みたいだね」


 貴重な情報を得た。

 覚えておこう。


「あ! 電車来てる!!」


 近衛さんが慌てた声を出した。


「おっと、急ごう!」


 こうして、俺達は帰路に着くのだった。

 今日はとても楽しかったな。




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アルスタ(SNS)の正式名称はアルバムスタック。

元ネタはご存じインスタです。


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