第4話 思いがけない出会い②/迷ったら往け

 とある美容室。

 その扉を開けて俺は外に出た。


「ありがとうございました」


 俺は担当してくれた人に、頭を下げてあいさつした。

 美容室に予約を入れてから、あっという間に当日。

 手入れされてない髪におさらばして、俺は生まれ変わった。


 一言で表すなら仮面ファイター武王の主人公、葛波剛太かずらばごうたっぽい感じ。

 最初どんな感じにするか美容師さんと話していくうち、なぜか仮面ファイターの話になった。


「この役者さんみたいな感じなら、自分でもセットが簡単だよ」


 って言われて、じゃあそれでお願いしますってことになった。

 後はまな板の鯉状態。


 考えてみれば十一年後も千円カットで済ませるくらいには、あまり容姿にこだわりがなかった。

 社会人としてセーフなら、特に問題なかったからな。

 そこをいくと、大きな進歩と言えるだろう。


「帰ったらベルト巻いてみよう」


 イメチェンすると豪語しているが、オタクをやめるつもりはない。

 親切にもセットの仕方から、使う整髪剤まで教えてくれた。


 メチャクチャ良いお店だった。

 とにかく思いのほかウキウキで足取りが軽い。


「さて、それじゃ次は本屋だな。その後は整髪剤買って帰らないとなぁ」


 俺は時間を確認する。

 時刻は十一時半ごろ。

 まだまだ一日が始まったばかり。


 高校生の頃は外に出ても、目的を一つ達成すれば、真っ直ぐ家に帰っていた。

 どうにも出たついでにアレもコレもができなかった。

 引きこもり気質の陰キャあるあるだな。


 でも社会人になってからは、そうもいかない。

 あいさつ回りするなら、どれだけ効率よく回れるかが重要だ。

 会社の先輩に鍛えられて、今ならタスクを増やすことも寄り道もお手の物。


 俺はそのまま歩いて大きな本屋に向かう。

 購入するのは筋トレの指南本と、学力補強のための問題集か参考書だ。

 ネットで電子書籍版を購入しても良かったが、父さんの影響からか、俺は紙の本の方が好きだったりする。


 問題集はともかく、指南本についてはネットでリサーチ済みだ。

 そんなわけで、暑い日差しと熱風にうんざりしながら、十分ほど歩いた。


 ■□■□


「えーっと、たしかこのあたりにあるって話だったな」


 本屋に着いてさっそく店舗内検索かけて、目的の棚まで行く。

 外は茹だるような暑さだったが、店内はエアコンが効いていて気持ちがいい。


「おっと、あったこれだ」


 俺が手に取ったのは『職業筋トレシリーズ スーツアクターが教える、お家でできるヒーローみたいな体のつくり方』である。


 特オタとしてこの謳い文句は惹かれるでしょ。

 他の特オタからの評判が良く、実際にコスプレする人がこれを参考にしているというレビューもあった。


 というわけで、迷わず購入決定。

 次に問題集で良さそうなのを探したが、こっちの本はどうにも決まらない。


「うーん。発想を変えてみるか?」


 特に確信があったわけではないが、なんとなしに社会人の啓発本や資格関係の方を回ってみた。

 すると、とある特集コーナーが目に留まった。


「へぇ。社会人の学び直し特集か」


 社会人基礎力、社会人学力、社会人マナーなんてポップが出ていた。

 そういや会社の先輩が言ってたっけ。


 曰く「社会人に必要な学力は、ぶっちゃけ中学までの計算力と国語力と読解力があればなんとかなる。ただしワンランク上を目指すなら、高校までの学力は欲しい」と。

 暴論・極論の類だが、ちょっと納得してしまった覚えがある。


「今の俺に必要なのはこっちか?」


 中学生までの数学・算数の学び直しを求めていて、なおかつ他にやることがあるため効率よく思い出したい。


 タイムパフォーマンスが叫ばれるこの時代。

 時短で中学生レベルの公式や解き方を思い出すなら、これはありかもしれない。


「まぁ面白そうだし、買って損はないよな」


 いくつかパラパラと内容を確認して、選んだ一つを購入することにした。

 ついでに英語の本も良さそうな物をチョイスした。


 会計を済ませて時計を見ると十二時半過ぎ。

 腹が減ったので、どこで食べようか思案する。


「うーん夏休みだと混んでるかなぁ?」


 前世一周目の陰キャ時代ならハンバーガーチェーン店か、牛丼屋か、コンビニで買って家で食べるしかできなかった。


 一人で店入って注文して食べるって、陰キャの俺にはハードルが高かった。

 俺はファストフード店でもなんでも、一人で店入って食べられるヤツは真の陰キャじゃないと思う(問題発言)。


「まぁ今の俺はそんなこと、気にする奴ではないが」


 一人静かに、食と向き合い、満たされる。

 俺の精神はそんな孤独なサラリーマン。


 今日の食いたい物はなんだ、俺。

 胃袋と舌に問いかけながら、店を探すために本屋を出た。


 ■□■□


 その後、俺は夏の日差しを避けるため街の地下道をさ迷い歩き、そのグルメ街の一角にあるトンカツ屋で昼飯を食べた。

 値段がちょっと高いためか、幸いにして昼時でも並んでなかった。


「美味かった。少し奮発してしまったが、やはりトンカツは最高だな」


 俺は千八百円のトンカツ定食に満足しながら店を出る。

 さて、これからどうするか。

 そろそろ気温が最高潮になる時間。


 ここは地下でまだマシだが、道中で熱中症になる前に家に帰って、夏休みの宿題をするか。

 帰り道で整髪剤を買うのも忘れないようにしよう。

 そうと決まれば雑踏の中、駅に向かう。


「ん!?」


 だが、目の前から歩いてくる人物を見て立ち止まってしまった。


 ミディアムロングの黒髪。

 くりっとした目。

 大きな胸。

 背は俺と同じくらい。

 見間違えるはずがない。

 近衛このえさんだ。


 どうやら友達と一緒のようだ。

 あれはクラスメイトの誰だ?


 小柄な体型。

 ショートヘア。

 近衛さんと一緒ってことは。

 記憶さらって思い出す。

 あ、風見かざみさんだ。

 風見雫玖かざみしずくさん。


 どうする。

 二人に声をかけるか。

 いや、髪型違うから俺と気づかないか。


 いやでも、これは接触を持つチャンスでは。

 うおおおおおおおお。

 自爆覚悟だ。

 迷ったら往け俺!


「あ、近衛さん!」


 俺は近づいてくる彼女に声をかけた。


「え?」


 彼女は驚いた顔をした。


「あ、えっと、急に呼び止めてゴメン。し、終業式ぶりだね」


「えっと、どちら様ですか?」


 彼女は明らかに不振がっている。

 さもありなん。

 すると近衛さんの隣にいた風見さんが言った。


愛奏あいか。きっとナンパだ。ナンパ」


「あ、ちがうちがう。俺だよ。深影優真みかげゆうま


 慌てて自己紹介した。


「へ? 深影君……!?」

「えー! うっそでしょ!?」


 二人の女子はえらく驚いていた。


「だって髪型! 雰囲気が全然違うよ!?」


 近衛さんは目を大きく開いて言う。


「いやぁ、ちょっと思うところあってイメチェンしたんだ」


「「イメチェン」」


「そう。イメチェン」


 少しの沈黙が満ちる。

 そして近衛さんはハッと我に返った。


「えっと、それで深影君、何か用?」


「いや特に用はないんだけど、偶然見かけたから声かけてみたんだ」


「そうだったんだ」


「えー? 深影君ってそんな性格だったっけ? なんか暗いイメージあったんだけど」


 風見さんがずけずけと言ってくる。

 事実だけど容赦ないなこの子。


「だからイメチェンだって。積極的になれるように訓練中なんだ」


「だから私達に声かけたってこと?」


 近衛さんが納得したように言う。


「そうなんだ。驚かせてごめんね」


「ううん。いいよそんな。それにしても本当にイメージ変わって前より良くなったね」


「そ、そうかな? それだと嬉しいな。これでも結構いっぱい、いっぱいなんだけど」


 俺と近衛さんは、あははは、うふふふと笑いあう。


「あ、そうだ愛奏。丁度三人だし良いんじゃない?」


 急に風見さんが言う。


「え? でも良いの?」


「アタシは良いよ。そっちの方が面白そうだし」


 にししと風見さんが笑う。


「うーん。これもめぐり合わせかな?」


 何か良く分からないが、近衛さんは少し考えているようだ。

 彼女の中で結論が出たのか俺を見た。


「えっと、深影君が良いなら、これからカラオケ一緒に行かない?」


 俺はその言葉を一瞬、理解できなかった。

 カラオケ行かない。

 カラオケ。

 カラ、オケ。


「え!? カラオケ!?」


 急な展開に、今度は俺が驚いてしまった。



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ちょっと話を進めたかったので三、四話と一挙更新です。

ちなみに、優真君が女性の髪型を見分けられる理由は、近衛さんの髪型が気になって調べた事があるから。

陰キャムーブ全開で調べた後に、自分でも気持ち悪すぎて反省した。


読んでいただき、ありがとうございます。

よろしければ応援、★評価、感想などいただけましたら幸いです。

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