第3話 思いがけない出会い①/オムライス作るよ!

「ざっとこんな感じか」


 計画書を眺めて、俺はシャープペンを置いた。

 同時に腹の音が鳴る。


「いかん。もう十二時になってる」


 八時くらいに始めたから、四時間くらい経ってる。

 通りで空腹なはずだ。

 飯は適当にと言われたが、何を食べよう。


 部屋を出てリビングに行く。

 そこには、ぐでーっとしてる妹の咲良さくらがいた。


「夏休み初日から、ずいぶんれてるなぁ」


 俺は苦笑した。


「んあー。お兄ぃ、おはよ〜」


 気の抜けた声で返事してきた。

 この無気力&ぽやぽや系女子こそ、俺の妹「深影咲良みかげさくら」だ。


 俺の二つ下で現在、中学二年生。

 いつも眠そうな顔していて、何考えてるのかイマイチ分からない。


「で、今起きたのか?」


「んーん。十時くらいに起きて、部屋でだらーってしてたら、お腹すいたから降りてきた」


 つまり二時間くらいダレとったのか。

 貴重な時間を無為に過ごすとは、贅沢なやつだ。


「てことは飯はまだか」


「うん。朝ごはん食べてない」


「そりゃ無気力になるわな」


 朝飯は一日の活力だ。

 それを食べなきゃ力が出ないに決まってる。


「それで昼飯はどうする?」


「うーん。お母さんから適当に食べろってメッセージ来たけど、カップ麺って気分じゃないなぁ」


 ぐでーと伸びながら言う。

 コイツといると、どうもぼやーっとしてくる。


 俺は台所に行って冷蔵庫を開ける。

 ふむ。これならオムライスが作れるな。

 俺は咲良に呼びかけた。


「オムライス作るけど食うか?」


「は? お兄ぃが料理するの?」


 咲良が疑わしそうに言う。


「あ! えっと、まぁちょっと試しにな」


 やべぇ! そういや高校生時代の俺って料理なんてしないんだっけ。

 料理するようになったの、大学に進学した後だった。

 咲良のぽやぽやに当てられて油断した。


「そもそも出来るの? というか、なーんか雰囲気がいつもと違うような……?」


 コイツ、ぼけーっとしてるくせに妙に鋭い。

 タイムリープ関係は隠すとして、イメチェンするのは隠す必要はないだろう。


「色々思う事があって、イメチェンに挑戦中なんだよ。料理もその一環」


「ふ~ん。食べられる物なら何でもいいや。お願いしまーす」


 あっさり納得したが、さては疑うのが面倒くさくなったな。

 まぁいいだろう。

 俺が未来で鍛えた料理で、その眠そうな目を覚まさせてやる。


「食える物は出してやるよ。期待して待ってろ」


 俺はさっそく材料をそろえて、調理を開始する。

 ちなみに大学生の時に一人暮らし始めて、料理にハマったのだ。


 なにせ大学デビューに失敗して友達がいなかった。

 結果、学校とアルバイトとアパートを行ったり来たりするだけの、無味乾燥のエンドレスワルツに陥った。


 その時、せめて食事くらいは自炊してみようと一念発起したら、見事にハマってしまったのだ。

 以来、美味い料理を食べながらアニメや特撮を見ることが、俺の趣味になったのだ。


「作って混ぜて手を繋いで~♪」


 プリティナイツシリーズの曲を歌いながら手際よく材料を切り、炒めて、冷や飯を投入。

 ケチャップと顆粒のコンソメをぶち込んで手を加え、ケチャップライスを作る。

 さらに卵をふわふわのオムレツにして上に乗っける。


「いざ、デリシャスラッシュ!」


 アニメの必殺技を言い放って、オムレツを切り開いて完成だ。


「ほれ、できたぞー」


 二人分作ってテーブルに置く。

 咲良はとてとて寄ってきて言った。


「おー。ふわふわのオムライスだ」


「どーよ。俺の手際と完成度。見直したかぁ?」


「アニソン歌いながら作ってて普通にキモかった」


「言い方ァ!」


 コイツ辛辣すぎるだろ。


「ごめんごめん。でも凄い。どこで練習したの?」


「え? あーっと。まぁ皆がいない時にこっそりと」


「へぇ。良い匂いするし、きっと美味しい。ということで、いただきます」


 咲良は手を合わせてから一口食べた。


「む!」


 いつもぼやっとしてる咲良の目が見開いた。


「美味しい!!」


「だろ~? 美味かろ~?」


 俺はドヤ顔で笑う。


「アニソン歌いながら作ってるのドン引いたけど美味しい。必殺技叫んでて気持ち悪かったけど美味しい!」


「お前もう黙って食え」


 お兄ちゃんの心をこれ以上、刺してこないで。


「おいふぃい(美味しい)」


 咲良のもきゅもきゅと食べる手が止まっていない。

 どうやらお気に召したらしい。


「そんなに気に入ったなら、これからも色々と作ってやるよ」


 妹の笑顔が見られるなら悪くない。

 いつか近衛さんに振る舞うための、実験台となってもらおう。

 俺はロードマップのやることリストを更新しつつ、オムライスを食べる。


 うん。美味しい。

 材料を厳選すればもっと上の味も出せるが、これがいい。

 俺はオムライスの出来に満足してほくそ笑んだ。


 そして昼飯食べて片付けした後。

 まだリビングにいた咲良に俺は尋ねた。


「なぁ咲良。お前って美容室で髪切ってたっけ?」


「んー。切ってるよ。中学生の私でも親切にしてくれるよ」


「そこってメンズもやってるのか?」


「あったと思う。男の人来てたし」


 なるほど。

 ならそこで予約してみようか。


「何? お兄ぃもしかして、千円カットやめて美容室で髪切るの?」


「言ったろ? イメチェンするって。やっぱこの髪をどうにかする事から、始めようかなって思ったんだ」


「ふーん。好きな人でも出来た?」


 やっぱコイツ鋭いな。


「どっちかって言うと、誰か好きになる前に自分を変えようって話」


「いーんじゃない。お兄ぃってイケメンにはなれなくても、人間にはなれるだろうし」


「自然に罵倒するのやめてくれないか。いい加減、泣くぞ」


 コイツこんな性格だったっけ?

 いやあんまり話さなかったからなぁ。

 イイ性格してる。


「あははは。ごめんなさーい」


 そう言って、咲良はふいっと自室に戻っていった。

 まったく酷いやつだ。

 楽しそうだから良しとするけど。


 ■□■□


 その後、店名を聞くのを忘れていて妹から聞き出し、無事に予約を入れることができた。

 運が良いのか三日後にたまたま空いていて、そこにねじ込んでもらった。


「よし。これでまずは第一段階がスタートした」


 俺は自室でうなずく。

 予約入れるのに一週間後くらいは覚悟していたが、幸先が良いと言える。


「ここから夏休み半ばくらいまでに、夏の課題を終わらせる」


 あらかじめスマホのスクールアプリから、課題が送られてきていた。

 そのほかプリントや冊子でもらった課題を合わせて結構な量がある。


「学生の頃なら死ぬほどうんざりしただろうけど、今の俺はそれよりも厳しい仕事を経験している。やってやれない事はない」


 高校生の時の俺では考えられないくらい、やる気を漲らせて机に向かう。

 だが、見積もりが甘かった。


 国語関係はまぁ何とかなった。

 だが数学と英語。

 これはもうダメだ。

 この体が覚えているのは、全く分からなかったという記憶だけ。


「マズい。バカではなかったが、成績はいつも下の方だったからな」


 早くも計画を修正する必要が出てきた。

 やっぱり勉強できる方が絶対アドバンテージがある。

 使える武器は多い方が良い。


 他の課題を片付けつつ、数学と英語は追加で勉強しないとダメだ。

 ネットであれこれ調べると、俺はたぶん中学生レベルの基礎学力が不足しているっぽい。


「夏の間にある程度、学力を積み上げる必要があるな」


 今から塾に行く計画を立てるより、参考書や問題集を使って、ある程度補強する方向で動こう。


「大丈夫だ、俺。この程度のイレギュラーは想定内だ。とにかく夏の間は、遊ぶより勉強と筋トレ漬けでいく」


 決意を新たにしつつ、俺は課題の山に取り掛かるのだった。

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