第2話 全てが始まった夜②/時をかける俺

 夕日が差し込む学校の廊下。

 チャイムが遠く鳴っている。


 その場所に二人の男女がいた。

 高校の頃の俺と近衛さんだ。


 どうやら廊下に散らばった書類を拾い集めている。

 それをまるで映画か動画のように、大人の俺は眺めていた。


「ありがとう。深影君」


「い、いや、その。どう、いたしまして」


 近衛さんのお礼に、俺はどもって答える。

 女の子にお礼を言われて、驚いたのだろう。

 慌てて立ち去ろうとした。


「待って! 深影君て仮面ファイター好きだよね?」


 俺は立ち止まって振り返る。


「私も実は、好きなんだ」


 近衛さんが微笑んだ。

 その笑顔は夕日に照らされて、輝いていた。


 一連のやり取りを見て分かった。

 これは俺の記憶か。

 近衛さんと初めて話した時の。


 そう理解した時、体が何かに引っ張られた。

 景色が急激に遠ざかっていく。

 治まっていた激痛と酩酊と浮遊感が再び襲ってきた。


「うぉぉ!?」


 急加速するように俺は飛んでいき、まばゆい光で俺の視界が染まる。


「う、ううん」


 突然、激痛と酩酊と浮遊感が収まった。

 身体が動く。


「はっ!」


 俺は目を覚ました。

 どこかで見た天井が見えた。


「え?」


 勢いよく起き上がって周囲を確認する。


「実家の部屋!? なんで?」


 意味が分からない。

 友人の幸治と別れて、失意のまま駅の階段から落ちたら、実家に帰っていた。


 いや、それよりも何か物凄い違和感がある。

 着ているパジャマがいつものヤツじゃない。


「ちょ、これ」


 確か高校生の時に着ていたものだ。


「?????」


 混乱した俺は枕元のスマホを確認した。


「あ! このスマホ、高校の時のヤツ」


 あり得ない。

 電源を入れて画面を見る。


「20XX年7月19日!?」


 十一年前じゃないか!

 俺はあまりの衝撃に頬を抓る。


「痛い。痛みがある」


 夢ではないようだ。

 スマホを操作して、SNSやニュースを見る。


「今やってる仮面ファイターは『デービルズ』。スーパー戦団は『フルブラザーズ』。ピュアナイツは『キラキラパーティ』」


 間違いない十一年前だ。

 年代確認するときって、特オタは便利だよな。

 作品確認すればいいんだから。


「いや待て、落ち着け。そうじゃない」


 立ち上がって自分の体を確認する。

 さらにスマホのカメラを使って、自分の顔を確認した。


「若い。間違いなく高校生の時の俺だ」


 長いボサボサの髪、社会の厳しさを知らない表情。

 懐かしい顔がスマホの画面に映っている。


「俺、高校生時代に戻ってる!?」


 そういう結論にしかならなかった。

 衝撃的すぎてまだ頭が追いつかない。


 ふと見た自室の時計は午前7時だった。

 家族がいるはずと、確認するため部屋を出る。


 実家は二階建ての一軒家だ。

 二階から降りて、リビングに行ってみた。


「おはよ〜」


 内心、緊張したが落ち着いて扉を開ける。


「あら優真。夏休み初日なのに、ずいぶんと早起きね」


 ダイニングには母さんがいた。

 若い。

 いや十一年前だもんな。

 まだ四十代か。

 十一年後もあんまり歳を感じさせない人だったが、今なら三十代と言ってもまかり通るだろう。


「どうしたの? 水分補給したらまた上がるの?」


「あ、いやなんだか早く目が覚めちゃって。今日はもう起きてようかなって」


「ふーん。じゃあさっさと朝ご飯食べて、宿題しなさい。ゲームするのはその後よ」


 朝飯のおかずを作りながら、たしなめてきた。

 ああ、懐かしい。

 俺はなぜか泣きそうになったが、グッと堪えて頷いた。


「分かってるよ。夏休みは有意義に過ごしたいからさ」


「まーたまた、そう言って〜。サボるんじゃないわよ。私、今日は朝からパートだから、昼ご飯は適当にとってね」


「分かったよ」


 俺は昔の俺を思い出すように、ぶっきらぼうに応えた。

 俺、高校生の時は、家族ともほとんど話さなかったもんな。

 引きこもり予備軍みたいなヤツだったからなぁ。


咲良さくらにも言っといてね。あの子、どうせ十時くらいまで起きてこないだろうし」


「うん。母さん、気を付けて行ってらっしゃい」


「はいはい。ありがとう。じゃ、ちょっと準備してくるわ」


 焼いたソーセージを皿に移して、エプロンを畳むと母さんは準備のため動き出した。

 俺はパンをトースターに放り込んで、冷蔵庫から冷えた麦茶を出して用意し、テーブルにつく。

 麦茶を一息で飲むと、ため息を吐いた。


「ヤベェ。マジでタイムスリップしてる」


 頭を抱えた。

 いや正確には意識だけ飛んだ、タイムリープってやつか。


 確かこの頃は、父さんが単身赴任で家を出ていて、母さんと俺と妹の咲良の三人で住んでたんだよな。

 何故か十一年前のはずなのに、鮮明に思い出せる。

 体が持つ記憶なのだろうか。


 とにかく今現在の状況は、高校一年生の夏休み初日。

 昨日の夜は、ゲーム三昧の夏を過ごそうとワクワクしていた。

 それが目を覚ますと、十一年後の俺の意識で、この場所にいる。


「どうなってるんだ」


 新手のスタ●ド攻撃かよ。

 あーでもない、こーでもないと悩んでいるとパンが焼けた。

 ひとまず食ってから考えよう。


 腹が減っては戦ができぬ。

 いい知恵も浮かばない。

 飯食って、歯を磨いて、顔洗って、トイレ行って。

 まずは一日のルーティンをして、平常心を取り戻す。

 落ち着かない状況ではあったが、とにかく活動を開始した。


 ■□■□


「うーん。これからどうするべきか」


 一通りのルーティンを終えて自室に戻ってきた。

 服もパジャマから、よれたTシャツとハーフパンツに着替えてしばらく。

 懐かしの勉強机の椅子に座って、思案していた。


「やっぱこれ現実だよなぁ」


 大怪我して、今際の際に見ている夢という線もある。

 けれどこの空気感と現実感は、あまりにもリアルだった。


「もしここが本当に現実なら、人生をやり直せるんだろうか」


 よくあるタイムリープ物。

 やり直して未来を変えるってやつだ。


「ひょっとして、これはチャンスでは?」


 現在の時間は高校一年生の夏。

 近衛さんのギャル化は高校二年生の夏。

 つまりあと一年もの時間がある。


「赤島といつから付き合っていたのかは分からない。けど、今からなら間に合うのか……?」


 最悪すでに付き合っていても、俺が動いて引き離せばあるいは。


「いや俺にできるのか、そんな大それた事が」


 あの悪名高い赤島から、彼女を寝取る事になるんだぞ。

 できるのか俺。


「落ち着け俺。やれるかじゃなく、だ」


 幸治から聞いただろ。

 彼女の末路を。

 私が全て間違っていたと言って命を絶った。


「そんな悲しい最期なんて絶対にさせない」


 彼女とは人生のわずかな時間を共有しただけの関係。

 でもそれは、俺の人生の中で一番輝いていた瞬間だ。


 あの夕日に照らされた笑顔を消さないために、やる。

 やってやる。

 そう決意したとき、無意識で手が震えていた。

 武者震いというよりは恐怖が勝ってる。


「そういえば、会社の先輩から言われたっけ」


 目標があるなら声に出して宣言する。

 そうすることで覚悟が決まるって。

 俺は立ち上がり目を瞑った。


「俺は近衛さんの最悪の未来を変える」


 言い放った後、急に地に足が着いた気がした。

 深く息を吐く。

 目を開いて、俺は手を見る。

 震えが止まっていた。


「覚悟が決まったら、計画を立てなきゃな」


 会社の先輩が言っていた。

 何か目標を立てたのなら、目標をゴールにして道順を作る。

 その道順に適宜、小目標を立ててチェックする。

 そうすることで仕事を見失わないって。

 いわゆるロードマップとマイルストーンってやつだ。

 俺は机にあった新しいノートを開く。


「まずは大目標に対して必要な事項を挙げる」


 やっぱ前提として、この見た目を変えないとダメだな。

 洗面所で確認した自分の見た目を思い出す。

 手入れのされていない長い髪。

 日の光を浴びない不健康そうな体。


 よくこれで過ごしてたな俺。

 客観的に見て、対人パラメータに数値を振らなさすぎだ。


「取り急ぎ、髪を切って運動をするしかない」


 そうしないと、近衛さんの前に立つ資格がないだろう。

 俺はノートに「散髪」と「筋トレ」と書く。


 服装はまぁ制服があるから後回しだ。

 学外で会う機会を作るより、まずは学校で接点を増やして、連絡先をゲットする。


「連絡先ゲットは小目標だな」


 この小目標は、夏休み明けから文化祭後までに達成することを目指そう。

 なら夏休みはどうするか。


「う~ん何か大きく動くより、見た目を変えることを目標にしてみるか」


 ようは近衛さんがチャラ男に染められて、金髪ギャル化したみたいに。

 俺も夏休み後デビューのためにイメチェンだ。


「まさに自分改造計画。俺はひと夏の間に変わってやる」


 どれだけ大変かは分からないが、とにかく挑戦してみて後で修正していくことも大切だろう。

 そんなこんなで、俺はせっせと計画を立てていくのだった。







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一挙2話投稿です。

ラブコメ書きたくて、書きました。

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