高校の時に好きだった子がチャラ男に染められて破滅したので、偶然にもタイムリープした俺は彼女の全てを奪って幸せにすることにした

沖彦也

第一章「俺のRE:スタート」

第1話 全てが始まった夜①/近衛さんの末路

 とある居酒屋。

 大勢の人々が会話に花を咲かせている。

 そんな店内の小さなボックス席。


 俺こと深影優真みかげ ゆうまは、高校時代の友人である八条幸治はちじょう ゆきはると飲んでいた。


「じゃあ乾杯」


「うぇーい、かんぱーい」


 俺と幸治はビールを飲み干す。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛美味い!」


 幸治がオッサンのような声で言う。


「オッサンくさいぞ、幸治。俺達まだ二十七だろ」


 俺は苦笑してツマミのサラダを食べる。


「いや、もう立派なオジサンだろ。最近時間がブッ飛んであっという間に一年が過ぎる。このままだと三日くらいの感覚で三十歳までいくぞ」


「怖い事言うなよ」


「いやいや、覚悟しておいた方がダメージ少ないぞ。この間なんてな……」


 幸治が話し始める。

 お互い忙しい社会人になってもこうして年に一、二回飲める間柄なのは貴重だと思う。


 そんなこんなで、色々な話をする。

 最近の事、アニメの話、特撮の話、ゲームの話。

 お互いオタクだからか、エンタメ寄りの話題に偏るのはご愛敬だ。


「そうかぁ。考えてみればあのマンガ、高一の頃に始まったのか。そう考えるとお前とも長い付き合いだよなぁ~」


「もう十年以上か。ボッチ気質のお前を見捨てなかった俺に感謝しろよ~」


 幸治がしみじみと言う。


「はいはい。感謝してるよ。親友と呼べるのはお前だけだよ」


 俺は苦笑して空になったコップにビールを注いでやる。


「悲しい事言うなよな。もっといるだろ。高校はともかく、大学とかさぁ」


「いや結局振り返れば、輝かしい思い出があるのは高校時代だ。それも高一から高二の夏くらいまでだな」


 あの頃は楽しかった。

 いわゆる陰キャではあったが。

 幸治のような友人がいた。

 美人で可愛い近衛このえさんと親しかった。


「いやお前の青春、短すぎんだろ」


「仕方ないだろが。俺は人と比べると微妙な青春を送ってたんだよ。ハイライトなどほぼ無い」


 ああ本当に懐かしい。

 近衛愛奏このえ あいかさん。

 今でもスマホの中に写真が入っている。


 ミディアムロングの黒髪。

 くりっとした目。

 大きな胸。

 背は俺と同じくらいだったか。

 性格は清楚で可憐。

 俺みたいな陰キャでも分け隔てなく接してくれる天使。

 じつは彼女もオタク気質だったから話が合って、好きだったなぁ。

 

「なんつーか。まぁ飲め」


 幸治が気を使って注いでくれる。

 俺はぐぃっとビールを飲み干した。

 苦々しい青春は酒で流すに限る。

 そして、ふと何気なしに俺は言った。


「それにしても、近衛さんはどうしてるのかなぁ? 高二の夏休み明けに彼氏できてそれっきりだけど。結婚とかしてそうだよな」


「え? お前知らないの?」


「は? 何が?」


「あーそうか。うん悪かった。いや別経由で聞いてるかと思ったけど、お前友達は俺だけだったか」


 幸治は不思議そうな顔をした。

 やけに歯切れが悪い。


「何だよ。何か知ってるのか?」


「いや、その。心して聞けよ」


 幸治は居住まいを正して、俺に告げた。


「近衛さんは一年ほど前に自殺したんだよ」


 その言葉を聞いたとき、一瞬何を言っているのか分からなかった。

 じさつ? え?

 じさつって、死んだ?

 彼女が?

 あの、俺の話に笑ってくれた彼女が?

 明るくて、可愛くて、優しかった彼女が?


「お、おい。優真。しっかりしろ。大丈夫か?」


 幸治が心配して背中をさすってくる。


「いやいやいやいやいや。自殺って。何でそんなことになるんだよ!!」


 俺は再起動して幸治に詰め寄った。


「落ち着け。一から話してやるから。相当胸糞悪い話だけどな。仲良かったお前は知るべきだ」


 そう言って話し始めた。


「全ての発端は、高二の夏休み。近衛さんに彼氏ができたことだ」


 俺もそれは覚えている。

 夏休みが終わった初登校日に彼女の容姿は変わってしまった。


 ミディアムロングの黒髪は金髪に染まり、肌は日焼けしたような褐色に変わり、服を少し緩めて大きな胸の谷間を見せていた。

 おまけに耳にはピアスを付けて、濃いめの化粧までしていたっけ。

 つまりギャルになってしまったのだ。


「あれは衝撃的だったな。俺もショックだった」


 今思い出してもインパクトがある。

 なにせ夏休み前は清楚で可憐だった女子が、いきなりギャルに変貌するのだ。


 変わった原因は彼氏である赤島あかじま麗獅子れおんの影響だった。

 バリバリのキラキラネームであるこの男は、近衛さんを自分好みに染めてしまったのだ。

 ネットでよく聞くNTR物やBSS物まんまの展開だった。


「んで、優真も覚えてるだろ? 赤島は素行が悪い生徒だった。いわゆるチャラ男で不良」


「ああ、陰キャの対極にいるような奴だったな」


 遅刻、欠席、サボり上等。

 噂では飲酒、喫煙までしていたらしい。

 だから近衛さんもだんだんとアイツに染まって、不良になっていた。


「だから近衛さんの交友関係がガラッと変わっちまった」


 幸治も思い出すように言った。

 俺も高二の夏休み明けから彼女と疎遠になって、そのまま話す機会はなかった。


 いや逃げていたのかもしれない。

 ぶっちゃけ怖くなったんだと思う。

 あれだけ人を変えてしまった赤島が。

 その人を選んだ彼女が。


「でも彼女が幸せならそれでよかったよ」


 俺はぽつりと言った。


「いや、どうやら彼女は幸せじゃなかったらしい」


 幸治が悲しそうな顔をした。


「どうやら定期的に赤島のグループに輪姦されてたそうだ」


「はぁ!? なんだそれ!」


「俺も分かんねぇよ。でも彼女の日記にはそう書いてあったんだよ」


「日記?」


 よく細かい話を知っているなと思っていたが、そんなものがあったのか。


「彼女の両親がさ『娘は自殺じゃない殺された。だから赤島の行方を知っていないか』って、日記を知り合いに公開したんだよ」


「そこにこれまでの経緯が書いてあったんだな」


「そうだ。高校卒業した後の事もな」


 幸治は顔を悔しそうに歪めながら話を続けた。

 話によると、酷い事をされても彼女は耐えていたらしい。

 そのまま時は流れ、彼女は高校を卒業して進学せず、半ば家出のように実家から出ていき赤島と同棲。

 その赤島に変わらず性奴隷のような扱いを受け続け、ある日突然捨てられた。


「そこで終わってりゃ良かったのにな。でもそうはならなかった」


 酷い扱いから解放されても、心がすでに隷属していた彼女はそこで終わらなかった。

 赤島に捨てられても別の男を求めたようだ。

 さらに男をとっかえひっかえしていくうちに、知人の紹介でホストクラブに行き、見事にハマった。


「あとは優真。お前でも想像できるだろ?」


 やがて支払いができなくなり、ホストの紹介で風俗で働き、そこで稼いだ金をまたホストに貢いで散財する。

 そしてまた風俗で稼ぐ。

 この搾取の悪循環に陥ったそうだ。


「こうして、彼女は自分の将来と今の環境に絶望して、自分から命を絶った」


「酷い。酷すぎる!」


 俺は聞いていて吐き気がしてきた。


「ああ、酷いよな。彼女の遺書には『全て赤島に奪われた。私が全て間違っていた』と書かれていたそうだ」


 俺たち二人の間に沈黙が落ちる。

 近衛さんのご両親もさぞ無念だっただろう。


「なぁ幸治。赤島は今どうしているんだ?」


「知らん。学校を卒業した後は行方知れずだ。噂じゃヤバい連中と付き合いがあったって話だし、社会の闇で生きているのか、はたまた死んでいるのか」


「出来れば死んでいて欲しいな」


「同感だ」


 俺達は込み上げてくる殺意を酒で流し込んだ。


 ■□■□


 幸治と飲んだ後。

 酔いがきた足取りで俺は帰路につく。


 近衛さんの話を聞いて、飲みを続ける気分ではなくなった。

 暗い話をしたことに幸治は謝っていたが、大事なことを教えてくれたのだ。


「そんな事ない。ありがとう教えてくれて」


 そう俺は感謝して別れた。

 俺は近衛さんの笑顔を思い浮かべる。


 もう二度と会えないだろうとは思っていたが。

 もう生きていないというのは流石にキツイ。

 失意のまま俺は繁華街を歩く。


「なんで、告白しなかったんだよ俺!」


 特大の後悔が押し寄せてくる。

 いや、告白しても無理だったかもしれない。

 それでも流れが変わったんじゃないかと思えてならない。


「あの頃に戻りたい。今の俺なら少しはマシだろうに」


 そんな益体もない事を呟く。

 俺が人と普通に話せるようになったのは、大学を卒業してからだ。

 就職してから先輩社員に鍛えられた。

 最初は胃が痛くて吐くこともあった。

 けれど先輩が根気強く付き合ってくれて、俺は営業マンとして独り立ちできたのだ。


「会社はブラック寄りだけど、働く人たちは皆良い人だよなぁ」


 こういう企業が一番タチ悪いとも言う。

 とにかく今の俺なら、高校生としてまともに青春を送れそうだ。


 でも、もう遅い。

 過ぎ去った時間は戻ることはない。

 失った人にも会えない。


「う……っ、えっく、こ、の、えさん」


 往来だというのに泣けてきた。

 悲しかった。

 悔しかった。

 そして酔っていた。

 だから俺は気づかなかったのだ。

 いつの間にか目的の駅に着いていて、その長い階段を降りようとしていたことに。


「おっ?」


 足をもつれさせ、前に倒れた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?」


 足を踏み外し、俺は長い階段を転げ落ちた。

 止めようとしても止まらない。

 そのまま階段下まで落ちる。


「あげぇっ!」


 ゴキッと何かが折れて、衝撃と共に天井が見えた。

 立ち上がろうとしても動けない。

 痛みもあって視界が赤く染まる。


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい

 これ、おれ、死。


 だんだん目の前がぼやけてくる。

 浮遊感もする。

 動けないはずなのに、体が回ってる気がする。

 視界の端から黒いものがにじみ始め、俺の意識は暗転した。


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