第41話
光希が怯えている。それ以上に、経過が良好だった精神面に支障が出ている。その上、今までにはなかった自傷行為を行うようになっていた。医師の見立てでは、清の祖父からの性暴力であることが余計に光希の症状を悪化させたのだろうという。
清には言えない。清に知られたくない。祖父がそんなことをしたと知ったら清が傷つく。
そんな思いが光希を追い詰めてしまった。光希を祖父の自宅から引き離すには十分な理由だった。心身ともに症状が出ている光希は医師や児童相談所と話し合い、病院に入院したまま経過を見守ることになった。
清の扱いをどうするか。児童相談所の施設で引き取る話が出たが、清は高校卒業まで祖父の家にいると言った。就職先を探していた清は権田と高輪に頭を下げた。
『光希の見舞いに行ってやって下さい。できるだけでいいんで』
祖父の家から病院までは少し距離がある。学業もある清はそう何度も見舞いには行けない。先生のことは信用しているが、光希には他に見舞いに来てくれる人がいたほうが気が紛れると思うと言っていた。権田も高輪も快諾した。
祖父が光希に虐待をしていると、清が医師に伝えた。祖父のしでかしたことを清は知っている。果たして二人きりにして良いものか。権田は計りかねていたところ、清から話をしてくれた。
『もっと早く気づいてやれば良かった。田町のときも、今も…また、遅かった。卒業したら、じいちゃんの家を出ます。光希を迎えに行きたい。その為にも今は、じいちゃんの家で学校とバイト、続けます』
清が働いて独立し、清の元に光希を迎える。そのためにも清は今の高校で通学を続けて就職を目指すと言う。
それが光希と過ごすための最短であると権田も思った。また、しっかりと目標を口にする清に、祖父と一緒にいさせても大丈夫そうだと権田は判断した。
ただ、感情を見せない清が気になった。いっそ祖父を許せないと怒り狂っていればまだわかりやすい。清の心は凪いでいた。何かを諦めているようにも見える清が心配だった。
卒業と就職が決まり、お祝いをしつつ、清の部屋探しを手伝った。退院後の光希と二人で過ごせる、病院に近い部屋を児童相談所のつても使って調べた。無事に部屋が決まってから、光希は早く退院したいと指折り退院までの日数を数えていたそうだ。数えると言っても、記憶の定着の悪い光希は退院日を長く覚えていられない。毎日医者や看護師に今日が退院日かと聞いて一喜一憂していたらしい。
そんな二人は今、支え合って暮らしている。入院するところまでは至っていないが、光希の体調は時々優れないようだ。ただ今回は、光希よりも清が参ってしまっていた。
あの事件で光希はもちろん、清も深く傷ついた。好いた相手が行為を強要され、強要した相手を傷つけた。それを隠すために隠蔽工作を行って光希を連れて逃げた。その間に両親は命を絶った。実際には命を絶たされてしまった。信頼できると思っていた祖父にまで裏切られた。それでも清は光希を引き取り守るために必死に、真面目に生きていた。腐らずひたすら光希のために頑張る清の姿は立派だった。
そんな清の大切な光希に、また捜査で事件を思い出させることになる。
「さっさと上の連中引っ張りゃいいんだ。いつまでかかってんだ」
「その上の連中引っ張るのに、みっちゃんの証言が欲しいんじゃないすか…まぁ、さっさとしろっつーのは同意ですけど」
権田が舌打ちと共に吐き捨てると、高輪が同意した。ダイベンシャこと田町の背後にいた組織の連中を逮捕するために、別の課の刑事が捜査している。田町絡みで何か情報を引き出せないかと度々光希に話を聞きたがった。逮捕前、一番長く一緒にいたのが光希だ。実際光希の証言で何人かが逮捕された。
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