第40話

「…清。もっと、清の話、聞きたい。帰って、お話して、えっちしよ?」

「ぶふぉっ………おま、何いってんだ」

清は吹き出した。白昼堂々、何を言うのか。光希は至って真剣な顔だ。

「お布団で、いっぱいお話しよ。いっぱいよしよししてあげるから。俺ね、もう清しかいないの。えっちするのも、清としかできない。他の人ともう、できないの。俺もね、清がいなくなったら、死ぬからね」

光希は清の腕にしがみつく。すれ違う人がこちらを見てくる。清は光希を引き寄せてくっついた。光希は青い顔で涙を滲ませている。きっと今、辛かった過去が頭に浮かんでしまっている。

光希は他人と接触ができない。

特に同性相手だと、少し手が触れただけでも怯えてしまう。そんな光希が清だけは触れることを許してくれる。体だけではなく、心も、たくさん傷ついた光希は清だけを受け入れてくれている。

清はふと笑った。

「俺達、すっげぇ、重いな」

どちらかがいなくなったら死ぬだの、お前じゃなきゃ駄目だの。こんな重たい組み合わせは、恋愛を題材にした少女漫画にだっていないだろう。少女漫画を読んだことはないが。

光希は笑う清をきょとんと見上げて、にまっと笑った。

「似た者同士、だよね。しかも、両想い」

「兄弟なのにな」

「兄弟だからだよ」

微笑む光希に、清はまた泣きたくなった。

光希の言葉が、ストンと胸に落ちた。光希の言いたいことがわかる。

光希との間に余計な縛りを生んだ兄弟という繋がりを、憎んで恨んできた。しかし、兄弟だから今まで一緒にいられた。戸籍の上だけでも兄弟だから、病院で入院するときも医師から話が聞けて、同棲をするときもスムーズに話が進んだ。勝手に兄弟にされたという両親と田町に対する怒りは消えないが、悪いことだけじゃなかったのだと今は思う。

時間は傷を深めたり、考え方を変えてくれたりする。

事件の裁判が終わっても、田町の罪が決まっても、光希の痛みは終わらない。清も胸を痛め続けている。

「おれは、清が大切。大好き。すごく、大事な人だよ。お兄ちゃんだけど、俺、清のこと、好きなの。大好きなの。愛してるの。だから、さみしくならないで。傍にいるから」

「うん。俺も、光希が好きだ。ちょっと、弱気に、なってた。今は光希がいる。光希が愛してくれたら、それでいい。それが、一番いい」

清と光希は傷を分け合って、寄り添い合って家路を急いだ。





警察署に向かう車の中。高輪は珍しく真剣な固い声を出した。

「清君、大丈夫ですかね。みっちゃんの体調、かなり悪くなってるんですか?」

「光希さんは、変わってねぇ。たぶん清は今になってガタがきてる。当然だ。あんだけの事件に関わって、その上親が死んでんだ。今まで、あれだけ兄ちゃんを支えてやれてたのが不思議なくらいだ」

助手席で権田は険しい顔で腕を組んでいた。3年前の事件の後、清と光希は清の祖父の家に引き取られていった。清が頼ろうとしていた相手だ。今後も見守りは必要なものの、二人は安心して生活していけるのだろうと、権田も安堵していた。光希の主治医から連絡を受けた時は目の前が暗くなった。

『光希さんが、性的虐待を受けたおそれがあります。相手は同居しているおじいさんです。児童相談所にも、通告します』

事件の経緯を知っていた医師は権田にも連絡をくれた。権田は児童相談所の職員とも連携を取って光希と面会をして話を聞いた。光希は頑なに、何をされたのか言わなかった。

しばらくして。権田よりも足繁く通った高輪が見舞いに行った際、光希はついに吐露してくれたそうだ。

『清と離れたくない。でも、じいちゃん、怖い』

医師もその場にいた。具体的になにをされたのかは、ついに言わなかった。

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