第39話

光希は自分が兄であることを心の支えにしていた。兄弟になったと紹介されたあの日、もう恋人同士にはなれないのだと落ち込んで怒りをぶつけた。しかし光希は違う受け取り方をしていた。

清の兄であるという想いが、光希の心を守ってくれていた。少し、兄弟であるという疎ましさが昇華された気がする。

「清君はさ、頑張り屋さんだから。メンクリ行ってないの?」

「まだ、行ってないの。今度先生に清のこと診てって、お願いしようと思って…」

「えー!先生って、みっちゃんの?やめなよ、絶対清君のこと好きじゃん。別んとこにしなよ。俺がいいとこ紹介してあげるから。先生がね、スレンダーウーマンなのよ。興味ないっしょ?」

高輪の問いに、清は頷く。

「ないっす」

「ほらごらん!女の先生のほうが浮気の心配ないでしょ?良かったね、みっちゃん」

光希は笑顔で何度も頷いた。なんとなく視線に気づいてはいたものの、そんなに光希の主治医は清に対して行為をむき出しにしていただろうか。権田も首を傾げている。

「ある程度融通聞くよ。俺が通ってるとこだから。事件のこと、話すのきつかったら俺から伝えておくから」

「っす。ありがとう、ございます」

高輪の笑顔に、清は礼を言って頭を下げた。

同性の同性に対する好意を含んだ視線に気づくこの人は一体何者なのだろう。まさか、と清は思う。高輪はこちら側なのではないか。清や光希にそういった気はないのだろうか。

そう考えて、清は自身の考えを否定する。

光希は高輪に懐いている。刑事だから勘が鋭いのだろう。権田は気づいていないようだったが、そういうことにしておこう。清は結論付けて考えるのをやめた。

礼を言う清に高輪は笑みを深める。

「素直だね。いいことだよ。ね、権田さん。みんなが君たちくらい素直ないい子ならいいんだけど…ねぇ?」

「ま…そうだな。世の中にはな、どんだけ捕まったって開き直ってますます落ちてくやつもいる。本当に、何回説教したって聞きやしねぇバカもいてなぁ…しつこいようだが、お前らは大丈夫だ。二人共、抱えすぎるな」

「おっと権田さん、まじで時間ヤバいっす。またね、清君、みっちゃん」

高輪のスマホが鳴った。電話なのかタイマーなのか。高輪は音を止めると権田を促す。権田は立ち上がった。

「うん。バイバイ、ごんたん、たかちゃん、ありがとう!……清、帰ろう?」

光希は権田と高輪に大きく手を振った。気づけばちらほらと子供とその親の姿が見える。光希は公園の遊具で遊ぶことが好きだが、子供の姿が見えると遊ぶことをやめる。平均よりも小さめの光希だが、さすがに子供達よりは大きい。大きな自分がいたら子供達が遊び辛くなると光希は自覚しているようだ。

光希と二人、急いで高輪からもらったティッシュで顔面を拭って公園を出た。

光希は清の服の袖を掴んで歩く。手を繋ぐことはしないが、二人寄り添って歩く。

「清は、どんなことが、不安なる?あ、俺、いっぱい迷惑かけてるから、俺のこと、不安、なる?」

「迷惑なんて思ったことねぇよ。ただ、少し………悪い。最近な、体調悪そうな光希を見て、不安になる。一緒にいるのが俺じゃなければ、お前は苦しまなくて済むんじゃねぇかって、思うときがある。さっき、話してて気づいた。光希のせいじゃねぇ。俺は、自分に、自信がないんだ」

親に虐待された。祖父にも嫌悪された。血の繋がった親族に尽く疎まれていたことが、深い傷になっていることに気づいた。光希のため、光希を守るために気を張っていた今までは大丈夫だった。ここへきて、少しずつ清の精神が蝕まれているような気がする。少しずつではなく、本当はあの時、祖父が光希に手を出そうとしていたことを知った時に壊れたのかもしれない。今までごまかし、ごまかし過ごしてきた。綻びが出てきているのかもしれない。

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