第38話
「前に、光希の先生に『貴方は大丈夫ですか?』って聞かれて…わからなかった。俺が、大丈夫なのか、どうか」
『貴方は、大丈夫ですか?これだけのことがあって…貴方は大丈夫ですか?』
光希が二度目の入院となった際、光希の主治医に聞かれたことを思い出した。権田の『大丈夫か』という問いに対しては、ちゃんと生活ができているので大丈夫だと答えられる。
精神科の医師である光希の主治医の問いには答えられなかった。今も答えが出ずにいる。
ぼんやり考えていると、光希の涙がポタポタと清の顔面に落ちた。
「おれ、お兄ちゃん、なのに…清が苦しいの、気づけなかった。俺も、清、いないと、だめだよ。寂しいよ、清がいないと。悲しい、よ………先生ね、清のこと、助けてくれるよ。先生、清が、好きだから」
「…先生、清が好きなのか?」
「光希、お前、知ってたのか?先生が、そっちの…」
「見てたら、わかるよ。先生ね、清ばっかり、見てる。ほんとは嫌だけど。でも、先生、清のことは俺のことより、助けてくれるよ。大丈夫だよ」
権田は驚いて光希を見ていた。光希は医師からカミングアウトされたわけではないようだ。しかし、医師を見ていて光希は察したらしい。
光希は少し口を曲げて、瞳は真剣に清を見ていた。アンバランスで不細工な顔だった。そんな真剣な光希に、清はただ頷いた。
「権田さぁ~ん。やっぱりここにいた」
背後から声が聞こえた。少し軽そうな声は振り返らなくてもわかる。権田の相方の高輪だ。
「ちゃんと時間見てくださいよぉ……うぇっ!?どうした清君、泣いてる!?あの、強面イケメンの、清君が!権田さん、何したんすか!!」
「おい…なんですぐ、俺を疑うんだ」
高輪は権田に声をかけながら、清の涙に本気で驚いたようだ。目を剥く高輪の顔を初めてみた。すぐさま権田に食って掛かる高輪に、清はふと、肩の力が抜けてしまった。
「違うよ、ごんたん悪くないよ。俺がね、泣かせちゃったの。お兄ちゃんなのにね、清が苦しいの、ちゃんと、わかってなかったから」
「あ~。みっちゃん絡みなのね。そうかそうか。はい、二人共、ティッシュどうぞ。たまには清君もさ、みっちゃんに甘えたらいいんだよ。みっちゃん、お兄ちゃんなんだから。辛い時はさ、みっちゃんに膝枕でもしてもらいな?」
高輪は清と光希に笑顔を向けた。
光希が兄であることを、清は良く思っていない。清の両親と田町が勝手に決めたことだ。こちらの意志とは関係なく、書類上兄弟になってしまった。きっと光希も嫌がっているのだろうと思っていた。
しかし光希は高輪の提案に頷いた。嬉しそうに笑って。
「光希…嫌じゃないのか?俺の、兄ちゃん、て…」
清は光希に問う。前に権田が、警察署で『兄であることが精神の支えになっていた』と言っていた。果たして今も、光希にとって望んでいることなのだろうか。
光希は笑った。
「俺ね、清のお兄ちゃんで、良かったよ。俺ね、お兄ちゃんになれたの、嬉しかったよ」
「みっちゃんはさ、清君のお兄ちゃんだから、って、色んなこと踏ん張ってこれた。みっちゃんはね、意外と強い子だし。お互い無理しない程度に頼ったらいいんじゃない?」
「でも、俺、もうたくさん清を頼ってるよ。苦しめてるよ…ごめんね、清、俺、」
「みっちゃん。そういう時はさ、ありがとうって言うんだよ。その方がなんか、ハッピーになれるでしょ?」
光希はきょとんと高輪を見つめる。
今更ながら、高輪が光希をみっちゃんとあだ名で呼んでいたことを知った。権田に比べると柔らかい物腰で軽い高輪に、光希は懐いていた。光希は改めて清に向き合った。
「清、いつも、ありがとう」
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