第37話
「清、泣いてる…ごんたん、いじめたの?」
「褒めたんですけどね…こいつは真っ当でいい人間だ。光希さんは、どう思いますか」
「ごんたんが言うなら、そうだよ。刑事さんはね、すごいんだよ。ちゃんと、本当に悪い人と、そうじゃない人を、見極められるんだよ。ね」
「そうですね…ドラマのようにはいきませんが」
清の頭に何かがかぶさる。光希の声が頭上から聞こえた。
「大丈夫だよ、清。大丈夫だよ………ごんたん、おれね、清と海に行ったの。海ね、初めて見た。小さい時行ったのかもしれないけど、覚えてなくて。だから、清と行ったのが初めての海なの。なんかね、俺がね、海に行きたいって言ったんだって。覚えてなくてね、『お前が行きたいって言ったんだぞ』って、清ね、笑ってたの。俺が忘れちゃっても、清、笑ってくれるんだよ。『しょーがねぇな』って。優しいんだよ。俺ね、いつもね、嬉しいの。俺ね、救われてるんだよ、いつも。清に」
光希の腕が震えている。光希がそんなことを想っていたなんて、知らなかった。清は益々涙が溢れた。今度は権田の静かな低い声が清の耳に入ってくる。
「3年前のあの日。光希さんは全部自分がやったと言った。清もそう言った。現場の状況を見ても、あれは突発的な、場当たり的な犯行ってやつだ。背景を調べて、早い段階で光希さんの正当防衛ってことで話はまとまってたんだ。それなのに二人共、お互いが、自分がやったと言い張る。二人の話を聞けば聞くほど、話を擦り合わせた様子がない。噛み合ってねぇのは、話を合わせてねぇのに庇い合ってたからだ」
清は顔を上げた。光希も目を丸くして清を見ていた。お互い、あの時の話を改めてしたことはない。光希は忘れたかっただろうし、清も話をして光希がこれ以上壊れてしまうことが怖かった。
「そう…だった。俺が、清がやったって、思ってたから。清がされてたの、見てたって、言っちゃったから…清、嘘ついてくれてた。ごめんね、たくさん…俺、清を、苦しめて…」
「苦しく、ねぇよ。お前を、守りたかった。あれ以上壊したく、なかった。………頼むから、謝んないでくれ。傍にいてくれ。お前がいないと、俺、駄目だ。死ぬ。死ぬからな。俺にはもう、お前しか、いねぇんだよ」
いつもごめんと謝る光希が怖くて不安だった。今にも消えてしまいそうな光希が、不安で仕方がなかった。謝らせているのは自分が不甲斐ないからだ。もしも傍にいたのが自分でなかったら。他の誰かなら、光希をもっと笑顔にさせてあげられただろうか。
実の親から疎まれ虐待されて、祖父からも父親に似ているからと嫌悪された、自分でなければ。
清は背中に衝撃を受けた。何が起きたのか一瞬わからなかった。権田が清の背中を叩いた。殴った、に近い叩き方だった。
「清、お前………お前たちは、依存しあってる。世間的にはあんまりよくねぇ関係なんだろう。でもな、お前たちはお互いが救いになってる。お前たちのことをお前たちだけで抱えるな。その上で、お前たちは二人でいたほうがいい。少なくとも俺は、そう思ってる。清。お前な、物騒なことを言うんじゃねぇよ。お前も光希さんの先生に、話聞いてもらえ」
清は権田に再度背中を叩かれて、光希に両頬を包まれた。
「清、だめだよ。死んじゃだめ。先生に、病院、予約しよう。俺、病院電話する。相談してみる、清のこと。いつから?いつから、苦しいの?」
光希はひどく真剣な顔で清を見ていた。光希のこんな顔は初めて見る。清は口を半分開けたまま記憶を辿った。
いつからだろう。不安感がまとわりついているような、不快な感覚は。
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