第35話
清が外で働く分、光希には家事と食事の準備をお願いしている。しかしフラッシュバックを起こしてしまうと、こうして動けなくなって、家事ができなくなる。それがまた光希を追い詰めてしまう。
20歳を超えたこともあり、光希には焦りがあるようだ。清に働かせて自分は働かず、こうして時々、任された家事もできなくなる。働かないのではなく、働けない。清は気にもしていないが、光希の中では日に日に焦りが大きくなっている。悪いのは光希ではない。光希を傷つけた大人達のせいなのに。光希は今も深く、深く傷つき続けている。
「カレーな。もう、口がカレーだわ。ココイチ行くか。それとも、ナン食いに行くか」
「食べたい…チーズのパン、たべたい!バターチキンカレーつけて、たべるの」
「でも、カレーじゃ刺激が強いか…もっと、和食の方が…」
「んーん。カレー!お豆のカレーと、ラッシーも。食べたい!行こ?」
「…じゃあ、着替えてからな」
清のシャツは光希の涙と唾液でぐっしょり濡れている。それを指し示すと、光希はやっと、へらっと笑った。光希は無理をして笑っている。
清は光希を抱えてトイレを出た。胃薬を飲ませて少しソファで休ませる。もう歩けると言う光希を支えながら、清は光希と家を出た。店までの道を歩きながら、光希はぴったりと清に貼り付く。清も光希の腰を支えて歩く。
「清、おれ…いつまでも、ごめんね」
「いいよ、俺は。光希が生きてれば、それでいいんだよ。お前がいなきゃ、俺、生きていけねぇから」
光希は頷いて、ぎゅっと清にしがみついた。
清の仕事が休みの日。清と光希は近所の公園にいた。そこそこ広い公園だが平日で早朝なので人はほとんどいない。光希は子供のいない滑り台やブランコをかわるがわる楽しんでいる。そんな光希を、ベンチに座った清と権田は眺めていた。
「兄ちゃん…今日は5歳なのか?」
「いや、21っすね。あいつ、公園好きなんですよ」
光希は清と権田に大きく手を振っている。清と権田は小さく振り返す。
「最近は、どうだ?ちゃんと飯、食ってるか?」
「なんとか、やってます」
「そうか…」
権田はこうして時々清と光希の様子を見に来てくれていた。生活に不便はないか、何か困ったことはないか。話を聞いてもらえるだけでも少し楽になる。
ただ、何かを言い淀んでいるような権田に清は察した。今日は様子を見に来ただけじゃない。清は光希から視線を外さず、権田に問う。
「また、田町絡みっすか」
「…あぁ。光希さんに、話を聞きたい。体調と時間の良いときに、連絡くんねぇか………悪ぃな。いつまでも引っ張り出して」
光希に対する暴行に関してはもう裁判も終わって罪も決定している。今も警察は余罪を追求している。今は田町だけではなく、田町の余罪を追及することで背後にいた組織の犯罪も暴けないか画策しているそうだ。既に光希の証言がきっかけで何人かが逮捕されている。詳しいところは聞けていない。権田には守秘義務があり、光希は警察署で話をしたあとはいつも疲れて落ち込んだ顔をしている。どんな話をしたのか、清は聞けずにいた。
「いえ。光希ん中では、終わってないんで」
自分達のような被害者をこれ以上出したくない。辛いけれど警察に協力すると、光希はいつも呼び出しに応じていた。清に直接関係のある事件ではないため、清は付き添えない。いつも権田か高輪が傍にいてくれているようだ。
「まだ、体調…良くなんねぇか」
「はい。この前も、暴行事件のニュース見て吐きました」
テレビは予期せぬニュースも飛び込んでくる。清は何度かテレビを点けるなと注意した。なるべく別の媒体で楽しみを見出してほしいのだが、気づくと光希はテレビを付けている。幼い頃、恐らく母親が亡くなった頃からの唯一の娯楽がテレビだったようだ。
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