第33話

「俺が、な。父親に、似てるからなんだと。大事な娘を奪った男に似てる俺が、憎くて仕方がないらしい。俺もな、正直、じいちゃんといんのはしんどい。仕事の時は一人にしちまうけど、一緒に、暮らしてくんねぇか?」

光希の頭を撫でていた手を、光希の頬に滑らせる。光希は頬を清の手に擦りつけながら首を傾げた。

「いいの?おれ、清といて、いいの?」

「俺が、お前がいなきゃ、駄目なんだよ」

光希は頬を撫でる清の手を握り、涙を流して頷いた。

部屋に一人で、寂しい思いをさせるかもしれない。それでも清は、光希と共に生きていきたい。

光希がいなければこの先、清はきっと生きてはいけない。



清は高校を卒業し、光希も病院を退院した。特例で、光希は清の高校卒業まで入院していられることができた。権田と、児童相談所の人々と光希の主治医や病院のソーシャルワーカーや様々な人々の協力を得て、二人で一緒に新居に入居した。




それから三年の月日が流れた。

「ただいま…光希?」

この日は仕事を終えて帰宅した。トイレのドアが開けっ放しで、明かりが漏れている。中を覗いたら光希が便器に貼り付いていた。

清はバイク便の配達員の仕事をしている。光希の病院にも近いこの町は、近くにオフィス街がある。少し距離はあるが、県内に空港もある。仕事は多く、今日もなんとか定時で帰ってこられた。清が想像していた以上に、様々な荷物での依頼がくる。依頼を受けて配達員に振り分けるのは事務所の人間だ。会社支給のスマホに配達依頼が入り、配達を終わらせてスマホで結果を送信するとすぐさま次の集荷場所のデータが飛んでくる。

高校在学中から就職希望だった清は色々仕事をさがしたが、バイクの免許しかないことで制約があった。18になり車の免許も取ったが、乗り慣れない車よりもバイクを使った仕事がしたいと選んだ職場だった。これがとても性にあっていた。バイクの運転は苦にならず、仕事とはいえあちこち走り回ることができるので働くことが苦にならない。その上需要の多い仕事で、光希と二人暮らすには十分な収入が得られている。

「お、おかえり、なさい。ごめんなさい、おれ、げぇ、しちゃっ、て…」

「水持ってきてやるから、口濯げ」

光希は青い顔でへたりこんでいる。清はキッチンに急いだ。キッチンには皮をむかれた人参がまな板の上を転がっていた。

夕飯の準備をしていたらしい。幸いガス台に火は着いていない。昼食は食べたらしい。テレビが点けっぱなしになっている。

コップに水を入れてトイレに戻る。光希は口を濯いだ。

「ごめんね、ごはん、作れ、なかった。ごめんね、俺、役立たずだ…」

「いつからここにいた?大丈夫か?」

「夕方、から…ニュースね、見て、て。逮捕された人が、ね、いたの。女の人、ぼうこうした、て」

光希はひどくえづきながら便器に顔を向けた。清は光希の背中を擦る。

あの事件から5年。ダイベンシャと呼ばれていた田町の裁判はまだ終わっていない。刑務所の中にいる今も次々と出てくる余罪に、繰り返し裁判が行われて刑期が伸びている。目の前に現れる不安がないのはありがたい。しかし、想像していた以上の犯罪者であったことに、素直に驚いた。光希が大きな怪我をさせられたりしなくて本当に良かったと思う。

あの村は解体されたが、警察の方で住民達の行き先は全て追っているそうだ。ダイベンシャを盲信していた信者もいたが、大半が喜んで村を出ていったらしい。何人かは詐欺だの窃盗だのと罪が暴かれて逮捕された。借金返済と献金のために犯罪を犯した者達だ。

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