第32話

清は祖父を壁際に追い詰める。祖父の小さな体を見下ろした。こんなに小さな人だっただろうか。しばらく黙って見下ろして、清は静かに問いかける。

「じいちゃん。光希に、何した?刑事が来てた。児童相談所にも連絡が行くらしい。何、したんだ?」

「けっ、刑事!?何、何も、…少し尻を触っただけだ、それ以上、何もしてない!」

「光希は父親と母親が自殺したことを知ってた。刑事が聞いてきた。光希に話したのは、誰か、って。光希に言ったのは、じいちゃんだよな?」

「は、話…知らねぇ、俺は、」

「親が自殺したと知ったら光希はまた記憶がおかしくなる。だから光希には黙っておこうとしてた。実際おかしくなってる。このままじゃ事情聴取ができなくなる。刑事も焦ってる。誰が話したのか、探してる」

俯く祖父から水滴が落ちた。汗をかいているらしい。清は無表情のまま祖父を見下ろしていた。しばらく沈黙が続いた。小さな声を発したあと、祖父はようやく声を発した。

「光希が、あいつに…お前の父親に、会いてぇって…だから、教えてやったんだ。もう、死んだって。知らねぇのは可哀相だろ。だから、教えてやった」

刑事がどう言っているのか、清は知らない。全てハッタリだ。しかし祖父は少しずつ白状した。そこに嘘はないように見えた。

「光希はな、お前の父親が好きだったそうだ。俺の娘を誑かしたクソ野郎のことが。あんな目に合わされたのに、だ。可哀相だろ、知らねぇのは。あいつはただのクソだ。だから死んだんだ。そう教えてやった。光希を逃がして、自殺させられた。罰が当たったんだ」

祖父は笑った。祖父の、清の父に対する憎悪は並大抵のものでらないらしい。

光希が清の父親を好きな理由は、光希をいやらしい目で見ないからだ。決して恋愛感情だとかそういうものじゃない。しかし、清の父親を嫌悪している祖父はそうは思わなかった。あくまでも光希のためだと念押して、祖父は光希に両親の話をしたと認めた。

「じいちゃん。その話、刑事には黙っとくから。卒業まで俺、ここにいていいよな?」

「あ、当たり前だろ………光希もずっと、ここにいればいいんだ」

祖父は清から目を逸らして答えた。あと半年で清は高校を卒業する。それまでは確実にこの家にいさせてもらう。

清はもう祖父のことは見ず、バイトを増やして家には寄り付かなくなった。

祖父が一人で光希の元に行くことはなかった。行ったとしても病院には入れないよう、医師にも看護師にも伝えてある。病院の性質上そこは徹底してもらえた。



光希のお見舞いに行き、清は怯える光希の頭を撫でながら伝えた。

「高校卒業したら、じいちゃんの家を出る。就職することにした。この辺で、二人で暮らせるとこを、児童相談所の人と相談して探した。一緒に暮らして欲しい」

「でも…じいちゃん、は?それで、いいの?」

「俺、じいちゃんに好かれてねぇ。気づいてたろ?あの家で、じいちゃん、俺を見ねぇ。俺にはなんも、話、しなかっただろ」

光希は唇を噛んで目を反らした。光希も気づいていたようだ。異様なほど光希を構っていた祖父には下心があった。それにしても異常なほど、祖父は清の存在をないものとして扱っていた。清が祖父に良く思われていないことが、光希にもわかるほどに。

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