第31話

「今回のことは権田さんと相談して、児童相談所にも通告しようと思っています。光希さんにとって一番良い方法を模索して行きましょう。何かあれば、連絡させていただいてよろしいですか?」

「お願いします」

「あと、あの…先程の、私の性嗜好については、他の方には内密に、お願いします…」

医師は赤くなって頭を下げた。可愛らしい人だと思う。同性が好きだと言っていた。ちらりと清を見上げる瞳は潤んでいる。

「はい。言わねぇっす」

医師は嬉しそうに笑った。

あまり踏み込みすぎてはいけない、と清は思った。医師はネコだ。さっき、自分で言っていた。清は同性のどちらにも、タチにもネコにも好かれた。この瞳の意味を知っている。 

男性を受け入れる彼は光希の痛みがわかる。光希が信頼しているというのも本当なのだろう。波風立たせず、この医師には光希の治療に集中してもらいたい。

清にとって大切なのは今、光希だけだ。

「光希に会えますか?」

「あっ、はい…私も同席させていただきます。まだ、かなり、不安定なので」

清は医師と後から合流した看護師と三人、光希の元へ向かった。



光希はベッドの上で座って、ぼんやりと天井を眺めていた。清を見てその顔は歪んだ。

「き、きよ、し…あの、ごめんね、僕、にゅういん、なっちゃった…」

「いい。荷物、持ってきたから…ごめん。また、気づいてやれなかった」

清は光希を抱きしめた。胸の中で光希は首を横に振る。

「ちがう。ちがうよ、おれ、しらなくて、お父さんとお母さんのこと、おれが、お父さんのはなし、したから…しらなかった、じいちゃん、清の、お父さん、ゆるせないって…」

「じいちゃんに、何、されたんだ?」

光希は青くなって首を横に振った。怯えている光希にもう一度祖父に何をされたのか問うたが、光希は首を横に振るばかりで、祖父に何をされたかは頑なに口を開かなかった。

ついに光希は、清にしがみついて泣き始めた。目の周りが赤くなってるのは既に何度も泣いていたからだろう。声も掠れている。 

「ごめんね、おれが、いたから…清の家に、行ったから、お父さんと、お母さん、」

「違う、光希のせいじゃ…」 

「おれね、清のお父さん、好きだった。お父さんね、なんで男に興奮すんのかわかんねぇって、言ってた。俺のこと、触らなかった。ごめんね、よけいなこと、言ったから、じいちゃ、怒って…ぼ、ぼくが、悪いから、ごめんなさい、きよし、ぼく、悪い、から、ぼく、が、悪い、からぁ、う、うぅ、うーーーっ!」

光希は抱えた頭を掻きむしる。医師が割って入る。

「光希さん、大丈夫ですよ、ここは病院ですからね。少し、眠りましょうね、また弟さん、来てくれますから」

「うぅぅーーー!うぅ、うぅ~…」

医師は光希に声をかけながら点滴に何かをしていた。

光希は泡を吹いて頭をかきむしりながら唸り続けて、次第に静かになった。とろんと薄く開いた光希の瞳を、医師が瞼を下ろして隠した。看護師が光希から清を離し、光希を横向に寝かせて口元の泡を拭う。

「清さん。今日は恐らく、目覚めないと思います。また、お見舞いに来てあげて下さい。彼は、いつもあなたのことだけ、忘れませんから」

医師は光希を見た。その目は悲しげで、同情しているように見えた。

医師はたぶん清が好みの男なのだろう。しかしそれ以上に、光希の回復を望んでいる。同じ、男を受け入れる男性同士、何か通じるものがあるのかもしれない。

清は頭を下げる。

「また来ます。光希を、よろしくお願いします」

清は立ち去る前に光希の頭を撫でて、病室を出た。




自宅に帰った清に珍しく祖父が声をかけてきた。

「光希は、なにか、言ったか?」

清は祖父をじっと見つめる。一体、祖父は光希に何をしたのだろうか。光希は頑なに口を割らなかった。黙っている清から、祖父は目を泳がせながら視線を反らした。何かやましいことがあるのは間違いないんだろう。清は祖父に歩み寄る。

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