第30話

医師の言葉が本当なら、彼は男性が好き、らしい。しかし今それがなんの関係があるのか。清は思わず口を開けて医師を見た。

「何、言ってんすか…?」

「いや、あの…す、すみません。私は、お兄さんに興奮する性質の人間ではないと、お伝えしたかったのです。先程、入院の前にお兄さんを診察して、お兄さん自身に興味を持つ人間が傍にいると判断しました。まさかお祖父様のことだとは、思いませんでしたが…」

医師はちらりと清を見た。医師のカミングアウトとその後の話に、清は大分落ち着いた。怒りが収まったわけではないが、医師に対してぶつけるのは違う。

医師は光希と清の関係を知っている。恋人の秘部を見たことに、医師は罪悪感を感じたのかもしれない。同じ性嗜好となると、尚更。手の震えも口ごもる態度にも、清は納得した。

清の落ち着きが医師にも伝わったのだろう。医師は話を続けた。

「それから、光希さんはご両親の死についてご存知でした。清さん、光希さんにお伝えしましたか?」

「いえ。するわけないです」

清は即座に否定する。医師は悲しげに目を伏せた。

「そうですね。貴方が彼に、言うはずがない。貴方以外の誰かだと思っていました。光希さんは、今も、貴方に会いたがっていますから。しかし、家には帰りたくないとも、言っています…そうですか…お祖父様、でしたか…」

医師は深いため息をついた。せっかく退院できたのに。退院する時、医師は少し不安げに笑っていた。通院している時、ご機嫌で今の生活と体調について語る光希を微笑んで見守っていた。

初めての通院で、清は医師から退院が実は不安だったと教えられた。

『今までたくさん辛いことのあった方なので、果たして日常生活を送れるのかどうか、心配でした。楽しそうな姿が見られて、私も嬉しく思います』

気持ちが上向きすぎていて反動が心配だとも言っていたが、通院することで経過を見ましょうと医師は言っていた。

光希に対してだけなのかわからないが、この医師は患者に思い入れが強いように見えた。光希をしっかりと診てくれている。その分今の光希の状態に、深く悲しんでくれている。こんなに入れ込んで、この人は自身の心は守れるのだろうか。

医師は顔を上げて清を見た。

「私を含めて、全ての男性が光希さんにそういう興味を持つわけではないです。そういった興味のない私に、光希さんはとても信頼してくれているように思います。その分、そういった…光希さんに対して性的な興味を持つ相手に対して、彼はひどく敏感です。特に今回は…貴方に、言い出せなかったのだと、思います」

清の祖父が、手を出そうとしている。あの家に二人きりで、きっととても怖かった。それでも清の祖父だからと、言い出せなかった。余計に光希は自分の中に溜め込んで爆発してしまったのだろう。

ホテルで祖父なら光希を守ってくれると話をした。光希は祖父に会うことを楽しみにしていた。

『清のじいちゃん、清に似てる?早く会いたい』

嬉しそうに話す光希を思い出して、清は胃が絞られたような気がした。

「もっと早く、気づいてやれば…」

祖父の光希に対する過剰な接触が罪悪感からくるものではないと、なぜもっと早く気づかなかったのか。光希に対して行動してやれなかったのか。

祖父はそんな人じゃないと、頭のどこかで否定していたのかもしれない。考えることに、ブレーキをかけてしまっていた。

頭を抱えて俯く清に医師が声をかける。

「貴方は、大丈夫ですか?これだけのことがあって…貴方は大丈夫ですか?」

医師は静かな声で問いかけてくる。清は顔を上げた。

大丈夫かと聞かれて、清はわからなかった。祖父の行動にショックを受けて、光希の体が心配で不安だ。

自分自身の精神が果たして大丈夫なのか、清にはわからない。医師は悲しげに清を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る