第14話
権田は視線を上げて、清を見た。
「光希さんについてですが…その前に、お伝えすることがあります。光希さんが殴ったというダイベンシャと呼ばれていた男。ヤツは生きています。通報を受けて裏山を調べましたが、土を掘り起こした跡はあったが遺体はなかった。あったのはあなたの言った、血のついたシーツと像だけでした。都内を調べてヤツを見つけました。数針縫ったが、脳にも特に支障はなかったようです。身柄はこちらで拘束しています。ヤツの怪我の程度から、殴ったのであればそれは、貴方ではないと判断していました」
清は刑事を見つめた。豚は生きていた。光希は殺人を犯してはいなかった。ダイベンシャを埋めて隠蔽したことに対する罪は清が被ることになる。しかし殺人ほどの罪にはならないと思う。
清は光希の罪の罰を、清が受けるつもりでいた。あの豚を殺したのは自分で、埋めたのも自分だと出頭するつもりでいた。光希はあの豚による性犯罪の被害者であることを伝えて、祖父の家に届けた後は警察でパトロールをしてもらうなり、手厚く保護してもらう。光希自身には性犯罪の被害者であることは黙っていてほしいと頼むつもりだった。事実を知れば、光希が壊れてしまうかもしれない。
あの村の信者達がどこまで光希がされていたことを知っているのかはわからない。下手に逆恨みをされて、光希が傷つけられてはたまらない。清は刑務所に入るが、光希は祖父に守られ、祖父の元で穏やかな時を過ごして欲しいと思っていた。
しかし、傷の大きさや深さから、清が殴った傷ではないと思われていたそうだ。清の体格で突発的な犯行であればもっと傷口は深く大きくなるはずだ、というのが警察の見解らしい。かなり早い段階で、清の話は嘘だと見抜かれていた。清は改めて、事件について正直に話そうと決めた。へたな嘘をついて、光希に不利益があってはいけない。
「先ほどのお話にもありましたが、光希さんは少し記憶が混濁してしまう部分があるようですね。光希さんは今、病院に入院し、治療を受けています」
刑事の言葉に清は血の気が引いた。入院、とは、どうしてなのか。怪我はしていなかったはずだ。体調が悪かったのだろうか。でも具合が悪い素振りはなかったはずだ。清は刑事に問う。
「あいつ、体…どっか、悪いんすか」
何か病を抱えているなら、もっと早くに病院に連れて行くべきだったのではないか。清は気づくことができなかった。体が冷えて目の前が歪む。
「先程の、記憶の混濁について検査を受けておられます。精神の…心の、治療ですね。光希さんは恐らく、頭の中で記憶を組み立てることで、光希さん自身を守っていたのではないかというのが医師の見解です。詳しいことは医者ではないので、軽率なことは言えませんが…まだ未成年の、幼い光希さんが必死にご自身を守った結果なのだと思います」
刑事は言葉を切った。体ではなく精神的な部分での入院、ということらしい。
記憶の捏造については清も気づいていた。光希は清がダイベンシャと『お勤め』をしていたと言っていた。『お勤め』をしていたのは清ではなく、光希だ。
祖父の話をした時に、一緒に虫取りをしたと言っていた。光希と祖父の家に行ったことはない。光希の中で、記憶を塗り替え、作ったのだろうと思う。
清は今まで光希が記憶を作り変えていても、否定してこなかった。なんとなく、話を合わせてあげたほうがいいんだろうと思っていた。
しかしまさか、入院が必要なほどの症状だったとは思わなかった。もっと早く、病院に連れて行くべきだったのではないか。改めて清はもっと光希を見ていてやれば良かったと悔いた。
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