第10話

こう言うとき、通報するのは警察と救急車のどちらが先なのだろう。豚は光希を犯した加害者だ。しかし、頭から血を流していて、怪我人でもある。清はポケットから取り出したスマホを握って逡巡した。

光希が像を抱えたまま、豚に向かって土下座をした。

「ごめんなさい」

「この人に、清は、ひどいこと、たくさん、されて…」

「見て見ぬふりをして、ごめんなさい、」

光希は豚ではなく、清に向かって謝っていた。清が犯されていたのを見て見ぬふりをしたという。以前から、中学生の頃から、そんなことがあった。

光希は時々嘘をつく。

嘘という自覚はないのかもしれない。嘘のつもりはないのかもしれない。中学生の頃、空を見つめる光希がつぶやいた。

『あの雲、からあげみたい。今日、お母さんの、からあげがいいなぁ』

『…母ちゃん、からあげ作ってくれんの?』

清の問いに、光希は目を丸くして清を見た。あれは体育の時間だった。光希は頷いた。

『うん。美味しいよ、お母さんのからあげ』

『うち、からあげはコンビニか冷凍だわ。つぅか、ろくに飯作ってもらった記憶、ねぇ』

『今度、食べさせてあげるね。お母さんに、作ってって、お願いする。今日ね、俺んち、からあげなんだ。お母さん、言ってた。お母さん、おうちで、待ってるんだ』

『…そっか。いいな』

光希は照れ臭そうに、嬉しそうに笑った。すごく可愛かった。光希は普段ぼんやりしていることが多い。ずっとそんな風に笑っていたらいいのに。

光希の母はもう亡くなって父子家庭だと聞いた。もしかしたら新しいお母さんがいるのかもしれない。どちらにしても、そんなに仲良くない清が立ち入る話でもないと思ったし、この笑顔を壊すようなことは言わないでおきたかった。

光希は時々おかしなことを言う。他の人間も言っていた。

『あいつ、たまに嘘つくよな。嘘っつーか…喋り方も変わるし』

『二重人格?じゃね?やべぇ、中2~』

『時々、5歳児だよな』

その話を聞いて納得した。光希は年齢が退行している時がある。一人称も変わる。清の家に来た時、光希は清と出会う前まで退行していたのかもしれない。だからあの他人行儀な反応だった。

『あ、の…僕、光希って、いうの。お兄ちゃん、清の、なるから、あの、』

『今日ね、俺んち、からあげなんだ』

『み、見てた、清、が、お、ぉ…犯され、て…た、たす…助け、なかった、ごめん、なさい』

あの頃から光希は自身の頭の中で、物事を都合良く結びつけてしまうようになっていたのではないだろうか。結果、嘘をついていると取られてしまう。

清はその嘘ごと、光希を守りたかった。幸せな嘘の中で、きっと光希は笑っていられる。





「では今日も、よろしくお願いします」

清は頷く。目の前のガタイの良い刑事は権田(ごんだ)という名前だと教えられた。清は警察署にいた。



ホテルで起こされて驚いた。眼の前には数人警察官がいた。光希は警察官に連れられて出ていくところだった。清は衣服を整えて精算をしてパトカーに乗った。通報したのは光希だと聞かされた。パトカーの中では理由がわからず、警察署について刑事と対面した。

『刑事の権田です。お話を伺いたいのですが』 

『◯◯村のダイベンシャと呼ばれている男を殺しました。全部俺がやりました』

何度も犯されて、それが嫌で祈りのための像で殴りつけて、裏山を掘って埋めた。翌朝、たまたまあの場にいた、目撃者である光希を家に連れ帰り、夜中に家を出た。光希を連れ出したのは、警察に駆け込まれたら困ると思ったから。全て清の計画と犯行で、埋めて逃げなければ親を含めた信者に何をされるかわからなかったと伝えた。

像で殴ったのは光希だが、それ以外は全て事実だ。逃げなければ光希の身が危なかった。お勤めについて村人がどこまで知っていたのかわからない。少なくとも清の両親は光希のお勤めについて知っている。遺体をそのままにしておけば真っ先に疑われるのは光希だ。

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