第9話

しばらく歩いて辿り着いたのはダイベンシャ様と呼ばれる男の屋敷だった。父親は屋敷の入口で光希を見送っている。光希はゆっくり建物に近づいていった。ここは親を含む信者達が祈りを捧げにくるダイベンシャ様の家だ。父親が引き返してくる。清は傍の藪の木の陰に隠れてやり過ごした。なぜこんな時間に光希だけであの屋敷に入っていったのだろう。清は建物に近づいた。大きな屋敷にカメラもセキュリティの案内も見当たらない。見つかったら見つかっただと思いつつ、なるべく音を立てずに壁伝いに移動していると、声が聞こえてきた。一際明るい場所は大きな窓のようだ。開いているために中の声が漏れ聞こえてくる。聞き覚えのある声に鳥肌が立った。


「光希、待ってたよ。今日は何で遊ぼうか。何がいいかな?光希、言ってご覧」

「いや、です、いや…おもちゃ、やです」

「そうかそうか、私のがいいのか。可愛い子だ光希、こっちを向いてご覧、光希、みつきぃ、みちゅきぃい~」

「ゃ、いや、やだ、あ、ひ、ひぅ、ううぅ」


気味の悪い猫なで声と光希のか細い悲鳴が聞こえた。見ないほうがいいと思うのに歩みは止まらなかった。窓を覗いて後悔した。太った老人が光希にのしかかっていた。揺すぶられる光希は苦しそうに呻いている。しばらく清は動けなかった。

いつからこんなことになっていたのだろう。どうして気づけなかったのだろう。

光希の様子から、とても同意の上だとは思えない。助けるべきかと思い、しかしもしや、二人は恋人同士で同意の上でしているのかもしれないと逡巡していると、光希に覆いかぶさる豚が気味の悪い声を発した。

「光希、気持ちいいなぁ。パパとママが見てるよぉ、あの世から。恥ずかしいねぇ。どんな気分だ?ほら、恥ずかしい所、パパとママに、見てもらおうなぁ」

「うーっ!うぅうううっ…」

光希は頭を振りかぶって両耳を塞いで苦しそうに泣いていた。

清は頭に血が昇って真っ白になった。きっと今まで光希は何度もこの豚に汚された。体だけでは飽き足らず、何度も光希の心を追い詰めて苦しめて、傷つけて弄んだ。

清はその場から離れた場所でしゃがみこんだ。頭が煮えくり返って、今すぐにでもあの豚をぶち殺してやりたいと思った。なるべく苦しめて、痛みを与えてやらなければならない。

でも殺してしまえばこのあと、光希も自分自身もどうなるかわからない。あの醜い豚はこの村の支配者だ。清の親すらも取り込まれている。

光希を救うためにどうしたらいいか。

清は体格がよく喧嘩が強い。殺人となると罪はかなり重いだろう。どの程度の罪になるのかわからないが、刑務所に入ることになればその間、光希に会えなくなってしまう。

もしも信者が光希を襲ってしまったら。

清はぐっと拳を握りしめた。死なない程度に殴りつける。傷害なら、刑務所に入るほどの罪にはならないはずだ。

相手は太った老人で親よりも年上だ。こちらの拳を痛める程度に留めたほうがいい。でも、死ぬよりも辛い傷をつけてやろう。どこを殴りつけたら確実だろうか。

清は表に周って中に入った。鍵はかかっていない。土足で屋敷に上がり、寝室の扉を探した。他に人の姿はない。

あの豚は生かしておいてはいけない。しかし、殺さないように。しかし、しばらくは身動きが取れない程度に痛めつけなければならない。清は頭に血が上っていた。

これ以上光希を汚させない。

殴りつけて、失神させる。シーツでも何でもいい、縄の代わりになるもので豚を縛り上げて光希を逃がす。

高校に入ってから買った、バイクがある。停めてある廃屋に光希を匿い、必要なものを引き上げてどこか遠くに連れていこう。もう、光希が傷つかなくても良い場所に。

殺さないように。殺さないように。

寝室に向かっていると悲鳴が聞こえた。

「どうした光希、やめろ!やめっ…グギャッ」

清が寝室に駆け込むと、豚が頭から血を流して床の間に倒れていた。光希は手に金属でできた像を抱えて布団に座り込んでいた。像にも、像を抱える光希の腕にも着物にも、血がついていた。清は豚に駆け寄ったが、ヤツはピクリとも動かなかった。じわじわと血が出ていた。 

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