第8話
清は両親を、それから光希を睨みつける。何がお兄ちゃんだ。同い年だ。毎日目で追っていた、恋しい相手だ。
光希は何も悪くない。自室を奪われた憤りと親族になってしまったという絶望を光希に目でぶつけた。他責思考。クソ親達と同じだった。
「あ、の…僕、光希って、いうの。お兄ちゃん、清の、なるから、あの、」
光希は片手を差し出してきた。握手をするつもりだったのだろうか。清はその手を払った。光希は驚いていた。同じ中学校だった。何度か話をしたこともある。友達という程ではなかったにしても、どうしてここまで他人行儀なのか。清は一層腹がたった。
光希が他人行儀だったその理由が、今はわかる。どうしてもっと優しく出来なかったのだろう。
それから光希は中学校へは来ず、高校に進学もしなかった。同じ家に住んでいるのに顔を合わせることはほとんどなかった。一度、母に棒で叩かれている時に光希が出てきて大泣きしたことがあった。
「本当に、光希としてないだろうね!?光希に!手を、出すなよ!?」
自室から出てきた光希は庭で殴られている清を見て真っ青になっていた。何故か光希が何度も謝って、母を止めた。母は涙を流す光希を慰めて、その日の暴力は終わった。ただ、その日が終わっただけで別の日、また殴られたが。
清は高校に進学し、自身の恋愛対象について隠さなくなった。女子からの告白と好意が面倒になり、同性しか好きになれないと明かした。同性愛者であることをからかう者もいた。自身もそうだとうち明かしてくる者もいた。
からかって真っ向から向かってくる人間は殴りつけて追い払ったり、殴りつけて逆に仲良くなったりした。
そして、うち明かしてくる者の中には清が好きだと言う者もいた。その中で清よりも小さくて、色が白くて髪が黒い人間を選んで関係を持った。清は彼らの中に光希を見ていた。
同性との関係を特に隠しもせずにいたので、母親の耳に入ったようだ。
あの日、光希に手を出していないかと聞かれて、激昂して言い返した。
「兄弟に手ぇ出すわけねぇだろ!てめぇらが、兄貴だっつって連れてきたんだろうが!」
いつもよりも激しく殴打された。もしかしたら、いつもは大人しく殴られている清の怒鳴り声に驚いて、光希は部屋から出てきたのかもしれない。
清は父親に似て体が大きく、喧嘩が強かった。背が高くて少し鍛えただけで筋肉がつく。父親は反撃をしてから殴ってくることはなくなった。しかし母親には反撃に出られなかった。同性である父親に遠慮はしなかったが、異性である母親に暴力をふるえなかった。母親は容赦なく清を殴って蹴りつけた。
次第に清は家に寄りつかなくなった。毎日バイトに明け暮れた。恋人の家で過ごしたり夜勤の仕事を入れたりしてなるべく家に帰らなかった。たまに帰れば殴られた。
そんな時、母親が殴る蹴るの暴行を加えて清の元から去ってしばらくすると、光希が救急箱を持って家から出てくるようになった。最初は怒鳴りつけて止めたが、めげずにやってくる光希に好きにさせた。泣きそうな顔で丁寧に、なのに下手くそな手当をしてくれた。何度目かの手当で清は礼を言った。光希は嬉しそうに笑って、その笑顔に胸が苦しくなった。
光希が好きだと、改めて思い知らされた。
光希がどんな生活を送っていたのか知らなかった。両親は光希を大切に育てていると思っていた。まさか、あんなことを強要しているなんて、思いもしなかった。
たまに実家で過ごすと夜、食事の後に光希は父か母のどちらかと家を出ていく。与えられた物置だった部屋に食事を運びながら何度かその姿をみた。手当を受ける時とその後姿が光希を見られる数少ない時間だった。
なぜ光希が家に来たのか。もっと深く考えれば良かった。
あの日の夜、光希が父と共にでかけた。清はその後を追った。前から気になっていたが、一体こんな時間にどこに行くのか。なぜ夜だけなのか。
光希が親と出かけるのを見たのはそれが5回目くらいだったと思う。清が家に寄りつかなくなっていた間、きっと光希は何度もあの道を歩かされていた。
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