第2話

光希は帰宅し、両親へダイベンシャ様は出かけた旨を伝えて自室に入った。清は自宅へは寄らず、高校へ登校していった。

光希は高校に通っていない。今日はとても、普段以上に疲れた。きっと両親は寝かせてくれる。光希はベッドに潜り込んだ。怖くて仕方なかったが、すぐに眠りは訪れた。

夜になり、母に起こされた。

「昨日はとても、頑張ったのね」

満足気に微笑む母に光希はばれてしまったのかと思った。返事に窮する光希を気にするでもなく母は去っていった。光希は呼吸を整えてからリビングに顔を出す。祭壇に祈りを捧げてからの食事。なかなか箸は進まなかったが、なんとか食事を終えた。

自室に戻る前に清の部屋へ向かう。清はいつも食事は自室で取る。最近では自宅にいないことも多いが、この日、清は自室にいた。

清の部屋は元々物置だった場所だそうで、とても狭い。長身で体の大きな清には窮屈そうに思えた。

清に手で招かれて、光希は清の傍に腰を下ろす。

「清、あの…」

「飯、終わったのか?」

「んぴゃっ!ん、ぐ」

清は光希の腰を抱いて耳元に直接声を吹き入れてくる。

光希はくすぐったさに首をすくめた。光希の奇声に清は光希の口を手で塞ぐ。またしても清は光希の耳に囁いた。

「でけぇ声出すな。荷物、まとめておけよ。夜中にお前の部屋に行く」

「…にもつ、って、なに?」

光希は清の指を縫って、小声で声を吐き出した。

一人でいるのは不安で怖い光希は清と夜を過ごそうと思っていた。夜中迎えに来るということは、自室に戻れということだろう。荷物、とは、何をまとめればいいのか。

「もうこの家に戻らない。服と、持ち出したい物を詰めて、部屋で待っとけ」

「や、やだ。一人、怖いから。やだ」

「親にバレたらどうすんだ、余計に家抜けられんなくなるぞ。このまま、ここにいられるわけないだろ」

光希は清を見た。清は怒っているわけではないと思う。しかし眉間に皺を寄せて苦しそうに光希を見る清に、光希は少し怯えてしまう。

「光希、お前…見てたんだよな?あそこで、俺が…アイツと、どんなこと、してた?」

光希は目を泳がせて、清から視線を反らした。清の顔が見られなかった。あそこ、とは、昨日二人でいたダイベンシャ様の屋敷だ。光希の腰を抱く清の腕に力がこもる。まるで催促されているようで、光希は震えながら口を開いた。

「お…『お勤め』、してた」

「なんで、知ってるんだ?」

「お、お風呂、お風呂のところから、見てた。あと、窓の、外から。ダイベンシャ様と、ずっと、朝まで、裸で…体、舐めたり、舐められたり、して…あと、おしり、入れるの。ダイベンシャ、様の」

「光希」

清に強く顎を掴まれて、光希は驚いて言葉に詰まった。すぐ目の前に清の顔がある。清は顔を歪めている。

「ごめんなさいって、言ったよな。見て、見ぬふりしたって」

光希は小さな悲鳴を上げた。光希の秘密が暴かれた。パニックになって暴いたのは自分だが、一生隠し通すつもりだった秘密を、自ら明かしてしまった。

「い、嫌だったと、思う。気持ち悪くて、痛くて、臭くて…ご、ごめんなさい、なにも、できなくて」

「…クソ…ちくしょう…」

清は頭を抱えて苦しそうに呟いた。きっと清自身も隠したかった。ダイベンシャ様に、あんなことを強要され続けた。清はしばらく俯いていたが、顔を上げて光希を見た。清は光希を睨みつける。

「光希。俺は、あいつとしてた。やらされてた。俺が、お前のかわりに、だ。部屋に戻れ。今夜家を出る。わかるよな?俺の言うこと、きけるよな?」

「………あぃ」

念をおされて、光希は承諾の返事をした。清の強い瞳に気圧された。今まで黙って、清がされていることを見ていた。助けることも、手を差し伸べることもなかった。光希は、清の兄なのに。

本当は警察に通報したほうがいい。しかし、もうそうすることはできない。

これは光希への、清からの罰だ。黙って、清の言うことを聞かなければならない。せめてもの贖罪だ。

清は光希から手を離した。光希は両手を合わせる。指を交互に重ねて握り込み、清に頭を下げる。信者達がカミ様やダイベンシャ様に祈りを捧げる時の姿勢だ。

「ごめんなさい…罪を、償います」

光希は両親に見つからないよう清の部屋を出た。両親の姿はなく、家の中は静まり返っている。

光希は自室に戻って荷造りをした。大好きな毛布は大きくて鞄に入らない。もうこの毛布に包まるのも最後だ。光希は布団に潜り込んだ。



深夜1時。光希の部屋に清が来た。

「荷物、これでいいのか?」

光希のカバンを開いて清は中身を確認する。ロウソクやペンダントなど、お祈りに必要なものを全て取り出してしまった。空いたスペースに光希の服や下着を詰めて行く。光希の抱えていた毛布は清が丸めて清のバッグにしまってくれた。

「後は?」

光希がテレビを指差すと、清は眉間に皺を寄せた。

「馬鹿かお前。持ってけるわけねぇだろ」

叱られて光希は下を向く。ふっと声が聞えて顔を上げると、清は呆れたように笑っていた。

光希は清が詰め直してくれた鞄を抱える。音を立てないように注意して外に出た。村の夜は真っ暗だ。光希は怖くて清にぴったり寄り添う。清も荷物を退けて光希を抱えるようにして歩いてくれた。

どこにいくのかわからぬまま清にくっついて歩く。どのくらい歩いたのか。足が痛くなってきた頃に、一軒の家に辿り着いた。ボロボロのその家は廃屋のようだ。シャッターが開いたままのガレージの中にバイクが置いてあった。

「こっから、バイクで移動する。ちゃんと捕まっとけよ」

光希は清にヘルメットをかぶせてもらい、清にしがみつく。バイクはエンジン音を響かせて走り出した。



しばらく走ったバイクはお城のような建物に到着した。真夜中にキラキラと輝くお城に清は入っていく。部屋に入ると大きなベッドがあった。清は荷物を放おってベッドに倒れ込んだ。

「ここ、お泊まりするの?」

光希は部屋を見渡した。全体的に薄暗い。しかしテレビを見つけて光希は嬉しくなった。光希にとってテレビが唯一の娯楽だ。リモコンで電源を入れようとして、清に止められてしまった。

「やめとけ、お前の好きなもんはたぶん、やってない。あとでスマホで見せてやるから。大人しくしてろ」

光希はリモコンを置いて、清の隣に横になった。大きなベッドは光希の部屋のものより大きい。ゴロゴロと何度も寝返りを打っていたら、清とぶつかり、目があった。

「ここ、住むの?」

「住めるかよ。明日…いや、明後日、じいちゃんのとこにいく」

「じいちゃ…海の、近く、住んでる?」

「山だよ。お前は、会ったこと…」

「一緒に、虫取りしたね。カブトムシ。じいちゃんと、清と、3人で」

うっそうとした山の中、木の幹に張り付くカブトムシやクワガタを、祖父から教えてもらって清と二人で取った。夏の日差しが暑くて、祖父の家に戻ってからジュースを飲んだ。美味しくて幸せだった。光希が記憶を巡らせて清の瞳を見つめていると、清の手が頬を撫でた。

「…その、じいちゃん家に行く。もうあの家にも村にも、戻れねぇ。あいつ、殺したんだ。あそこにいたら無事じゃすまなかった。わかるか?」

光希は唾を飲み込んだ。あの村は全員がカミ様と、カミ様のお言葉を伝えてくださるダイベンシャ様を信仰している。一番偉い、権力者であるダイベンシャ様を殺した。清はもちろん、見ていた光希も何をされるかわからない。

「あ、ありがとう。清が、連れてきてくれたから、僕、無事、で」

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