救済(BL) 【完結】

Oj

第1話

カミサマ、いるなら返事をして下さい。

どうか彼を、助けて下さい。






救済






「ごめんなさい」

「…あ?」

光希は清に謝罪した。血を流して倒れ込んでいるダイベンシャ様のそばに清はしゃがみこんでいる。

右手のナイフが室内の光を反射してきらめていている。

ここはダイベンシャ様の寝室で、細部まで眺めるためにと光量が強く設定されている。清のナイフはまるで清の怒りを表しているかのようにギラギラと輝いていた。

弟の清が、ダイベンシャ様を刺した。ついに、と言っていい。今まで我慢していたのは立派だったと光希は思う。あんなことをされて、光希の代わりに彼はなんど苦汁を飲んできたのだろう。

腰が抜けて座り込んでいた光希は両手を合わせて額を床にこすりつけた。

「き、清が怒るの、当然だと思う。この人に、清は、ひどいこと、たくさん、されて…」

「何、言って」

「ごめんなさい、見て見ぬふりをして、ごめんなさい、つ、辛かったと思う、たくさん、清、か、からだ、さわられて」

「お前、それ………俺が、されてたことに…」

「み、見てた、清、が、お、ぉ…犯され、て…た、たす…助け、なかった、ごめん、なさい」

『見なさい。お前は今、ワシに犯されているよ。犯されるとは、体も心も、踏みにじられているということでね、心の、死、らしいねぇ。お前は今誰に、何をされてる?ほらぁ、言うんだよぉ』

光希は震えた。語りかけるダイベンシャ様のねっとりとした声が蘇る。異常なこの現場で、光希は自身の罪を告白した。光希は清の顔を見られなかった。

いつも清が、弟がされていることをただ黙って見ているだけだった。

どさくさに紛れての告白。この状況に、光希の頭はおかしくなってしまったのだと思う。心に秘めていた秘密を吐き出してしまった。

「………今、そんな場合じゃねぇだろ」

ガタンと音がして顔を上げると、清は体の大きなダイベンシャ様を抱えあげていた。

「裏山に、捨ててくる。こいつ、明日から『本山』に修行に行くっつってたろ。しばらく時間を稼げるはずだ。お前はシャワー浴びてこい。着物も寄越せ。終わったらここにいろ。風呂の場所…わかるか?」

光希は頷く。光希も傍にいたから返り血を浴びた。血を落として身を清めろということだろう。

真っ白な着物に血が飛び散っている。着物を剥ぎ取って清に手渡した光希は全裸になった。心もとない格好に恥ずかしくなる。

寝所の隣には大きな風呂場がある。光希は風呂場に飛び込んだ。今夜は『お勤め』の日だ。このダイベンシャ様の屋敷には他に誰もいない。両手についた血液をシャワーで流す。着てきた洋服を身に着けて、光希は寝所に戻った。まだ清は戻っていない。光希は隅に正座をして清の戻りを待つ。清を待ちながら、光希は清が受けてきた虐待の数々を思い出していた。




弟の清は光希に比べると体が大きい。ヤンチャで反抗的で、いつも両親に叱られていた。

「もっとお前も!祈りを捧げなさい!」

「お前はカミ様とダイベンシャ様への、感謝と信心が足らない!」

殴られたり蹴られたりしている清を助けたいと思いながら、光希は見ていることしかできなかった。

両親はいつも光希には優しかった。温かいご飯を与えてくれて、上質な服を用意してくれた。

矛先が、自分に向いてしまったら。

そう思うと清を両親から救うことができなかった。何度か怪我を負った清を手当したことがある。初めは近寄るなと怒鳴られて、包帯を投げつけられた。光希はめげずに清の元を訪れた。何度目かで、手当をさせてくれるようになった。しかしお互い無言のまま。謝れば見ていて助けなかったことを認めることになる。光希は、清に責められたらと思うと怖くて何も言えなかった。清も黙って光希の手当を受けていた。手当といっても傷口に絆創膏を貼ったりガーゼを当てて包帯を巻く程度のものだったが。救急箱の中身が減ったら「僕が使った」と言って補充してもらった。両親はいつも光希に優しく、すぐさま中身を補充してくれた。

両親からの虐待はもとより、清はダイベンシャ様からも暴力を受けていた。性的な暴力だ。『お勤め』と称して夜、ダイベンシャ様の寝所を訪れて彼に体を開く。

男色はダイベンシャ様にだけ認められた神聖な権利だ。

しかし清もまた、男性を愛する男性だった。問いただす両親に清は否定せず、ますます両親の不興を買っていた。

両親からの暴力と虐待、ダイベンシャ様からの性的暴行。反発心の強い清の怒りが爆発するのは当然だと光希は思う。

寝所には裏山に続く大きな窓がある。清はそこから入って、帰ってきた。ダイベンシャ様を抱えて出る時もここを使ったのだろう。

清は壁を見て舌を打つ。飛び散った血がこびりついていた。

「光希、風呂場のタオル濡らして壁拭っとけ。俺はもう一回戻って、あいつを埋めてくる」

「き、きよし、あの、け、警察、は?」

「呼べるわけねぇだろ。警察呼んだら、あいつが何したか全部、話すことになるんだぞ!?」

怒鳴る清に体が竦む。その通りだ。ダイベンシャ様に、清が何をされてきたのかを晒さなければならなくなる。光希は何度も頷いて、再度風呂場に向かった。濡れたタオルを持って戻ると、清は光希を待っていた。

「行ってくる。警察に連絡なんか、するなよ」

清は釘を刺してまた出ていった。手にはシーツに包んだ、真っ赤に染まった像を持っていた。光希達の信仰するカミ様だ。

光希は何度も逡巡してから壁に近づく。清のために警察に連絡するべきだと思う。しかし過去を暴くことを考えたら、清のために警察に連絡をするべきではないと思う。警察が来れば清は捕まってしまうだろう。

ダイベンシャ様を盲信するこの村で、ダイベンシャ様を傷つけた清の親族である両親は、光希自身はどうなってしまうのだろう。

血に近づくのが怖い。しかし、光希は少しずつ血を拭っていった。壁に染み付いた血液はうまく取れない。少しずつ、タオルを洗って何度も壁を擦る。擦りすぎて壁が剥がれてきた。

この先、どうなってしまうのだろうか。

こんなことをしてもきっとすぐにバレてしまう。警察は様々な方法で犯人を捕まえる。そんな警察の姿を、光希はテレビでたくさん見てきた。

きっとバレる。すぐにバレる。その時清はどうなってしまうのか。家族がどうなってしまうのか。光希は壁を拭いながら涙を流した。 




壁を拭い続け、気づけば夜が明けていた。清は泥だらけで戻ってきた。

「俺も…シャワー、浴びて、くる」

おそらく穴を掘って埋めてきたのだろう。清は疲れ切っていた。シャワーを浴びた清は寝所に寝転がった。

「もう少ししたら、家に戻るぞ」

「えっ」

まだここにいるというのか。拭ったものの、赤く飛び散った血液をまだ生々しく思い出せる。もうこの場所にいたくない。

「今は親が不審がる。帰ったら、あいつは出発したって伝えろ」

「…うん」

清の話に光希は頷いた。両親は清と話さない。両親には光希から話さなければならない。うまく話せるだろうか。光希は下を向く。

「うまくやれよ。お前も少し、休め」

寝転がった清に腕を取られて、光希は転がるように横たわった。光希は清の傍による。こんな風に並んで寝転んだことなんてない。でも近くにいないと怖かった。たくさん血が出ていた。埋めた、ということは、ダイベンシャ様は死んだ、ということだ。人が死んだ。清が、弟が殺した。もう出し尽くしたと思ったのに、光希の目から涙があふれた。

「泣くなよ」

「だっ、て…こ、怖い、」

光希は小さくなって泣いた。頭に何かが当たって、光希は驚いた。清が光希の頭に手を置いていた。清は無言で、たぶん光希の頭を撫でている。光希はしゃくりあげて泣いた。

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