第3話

光希は言いながら清に寄り添う。清の胸に頭を擦り付けると清の匂いがした。少し汗臭い。きっと自分も汗臭いだろう。しかし光希は清から離れなかった。清の体温を感じて、光希は安心していた。

「ありがとう、清。ごめんね」

光希は何も出来なかった。光希は清のお兄ちゃんなのに。光希の中に後悔が広がる。ああなる前に、どうにかできなかっただろうか。なにか方法はなかったのか。

光希は夕方にやっている刑事ドラマを見るのが好きだった。大好きな刑事ドラマは犯人を捕まえても犯人が犯罪に至る前にどうしたら良かったのかは教えてくれない。光希には、わからない。

光希は清に強く抱きしめられた。

「なんで、いたんだよ。なんで…お前だったんだ…」

清は苦しそうに吐き出した。昨夜、清の罪を、光希は見てしまった。光希がいなければ清はあんな偽装工作のような真似をしなくて済んだかもしれない。今も、光希を連れ歩かなくても清一人ならどこへでも逃げられた。光希があの場にいたせいで、清が今苦しんでいる。

(ごめんなさい。清を正しい方に、導いてあげられない)

光希は清の兄だ。きちんと自首をさせてあげなければならない。

力強い清の腕から光希は抜け出せず、光希は目を閉じた。




ずっと歩いてバイクも運転して疲れていたのだろう。清は光希を抱きしめたまま眠ってしまった。光希も気づけば眠ってしまっていた。

光希が目覚めると、薄明かりが清の顔を照らしていた。手のひらにおさまるそれは小さなテレビのようだった。

「すまほ?」

清に声をかけると、清はハッとして光希を見た。

「…起きたのか」

「すまほだ。ぼくね、テレビで見た。小さいね。小さいテレビだ」

小さな画面を覗き込むと、たくさんの文字が羅列されていた。

『〇〇村 事件』という言葉に関連した文章のようだ。『カルト村』や『心霊スポット』などの言葉が読み取れたが、意味はわからない。光希は文章を読むのが苦手だった。

清はベッドにスマホを伏せてしまい、それ以上読むことはできなかった。

「勝手に見るなよ。風呂、入れてくる」

清は風呂場に消えた。光希は肩を落とす。前から清は、時々ひどく冷たくなる時がある。さっきは抱きしめてくれたのに。寂しくなって、光希は清の鞄から毛布を取り出した。お母さんが買ってくれた大好きなキャラクターの毛布だ。幼い頃から使っている毛布は所々千切れている。ボロボロだが大切な、思い出の詰まった毛布だ。光希は毛布を頭に被せた。

毛布のせいで荷物が大きくなってしまった。きっとバイクも運転しづらかったはずだ。清は文句を言わず、途中で捨てることもしなかった。清が持ってきてくれて良かった。光希は毛布の中で丸くなった。

頭から毛布被ってじっとしていたら、体を揺すられた。

「何やってんだお前」

子供用の毛布は光希の体には小さい。下半身が毛布から丸出しになっている。むき出しの腰を清は揺すっていた。

いつも頭から被って周りから視界を遮るために使っていた。洗濯を繰り返して薄くなった毛布は外の明かりを通す。しかし周りは見えない。真っ暗にはならない毛布の中で、毛布のキャラクターを眺めているといつも落ち着いた。幸せだった頃を思い出せた。

光希は体を起こして毛布から出る。清が立っていた。光希は毛布を抱きしめる。

「体、全然入ってねぇし、このでかさじゃ入るわけねぇし。意味ねぇだろ」

「これね、お母さん、買ってくれたんだって。僕、覚えてないけど、お父さん、言ってた。にゃんにゃん好きだから、落ち着くんだ。にゃんにゃん見るとね、元気に…」

言いながら光希は、しまった、と言葉を詰まらせた。清の前で親の話をしてしまった。清は虐待を受けている。軽率だったと言い淀む光希の頭を清は撫でた。

「…そうか。だからボロボロになっても、大事なんだな。持ってきて、良かった」

両親は何度か『捨てないの?』と聞いてきた。光希は毛布を頑なに手放さなかった。持ってきて良かったと言ってくれる清の優しさに、光希は泣きたくなった。清は時々ひどく冷たいのに、時々ひどく優しい。

光希は清に何度も頷いた。

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