第11話 秘密の場所

「ごめんね、映茉ちゃん。ちょっとお買い物行ってきてくれないかな?」



期末テストを一週間前に控えた日曜日の夕方。リビングにいた私はお母さんに買い物を頼まれていた。

どうやらお母さんは、これから地域の集まりがあるらしく行ってこれないみたい。

今日勉強する予定の分はとりあえずやったし、これくらいなら全然大丈夫だ。


「いいよ。なにを買ってきたらいいかな」

「お母さん、メモしたの。考えてるうちに多くなっちゃったんだけど……」


手渡された大きめのメモには、そのとおり結構たくさん書いてあった。

でも、まあなんとかなるだろう。うん。


「了解。今から行ってきてもいいかな」

「ほんとに、ごめんね」

「ううん。お母さんは、気にしないで」


「映茉」


とつぜん目の前に影がかかり、後ろに気配を感じた。

そして、耳元の近くで聞こえる声。

すると、手にしていたメモが一瞬で消えてしまう。


「わ、わあっ」


あわてて後ろへ振り返ると、そこにはメモを手にした望くんの姿があった。


ち、近い……っ!

私はなぜか頬が熱くなって、戸惑う。



「俺も、行ってきていいですか」

「え、いいの?ごめんね、白岩くん」

「全然、これくらい。大丈夫です」


そんな私の様子を気にすることもなく、会話をする望くんとお母さん。

でも、まあ、私今顔が赤いような気がするし、ちょうどいいかも……。あはは。


「じゃあ映茉。行くか」

「あ、はは、はい……」


望くんの言葉に返事をしながら、二人で玄関に向かう。


うう、最近、なんだかおかしいよ。

ほんとに大丈夫かなあ、私。





近所のスーパーでメモの通りの食材を購入する。

家族以外の人と普通に買い物をするなんて、私にとってはとても新鮮な時間だった。

大きめの袋二個分を抱えて、私たちはスーパーを出た。

というか、結構時間かかっちゃったな。


スーパーを出たときちょうど5時を告げる音楽がなっていて、家を出たのが4時過ぎだとすると30分以上いたみたい。


「ごめんね。一つ、持ってもらっちゃって」


店内で袋詰めした後、望くんが一つ持たせてしまうことになったのだ。

しかも、自ら大きくて重そうな方を選んでいたし。


「別に、そのためについてきたわけだし。気にするな」


望くんのそんなさりげなく優しいところが、好きだなって思う。

……え、好き?


え、好きっ!?



「え、あの、もう全然、そういうのじゃっ!決して、やましい気持ちなどありませんっ!」

「は?どうしたんだ、映茉」


「えっ!?」



パニックになってそのことに自分自身もびっくりしていて、望くんの一言で我に返る。と同時に足が止まる。

……あれ、私、どうしたんだっけ……。


す、すき、とか、それは、人として?であって、それ以上も、それ以下でもない。

あ、でも、友達として、なら、ちょっと違うのかな……。


とつぜんのことに、自分が今何を考えているのかイマイチ分からない。

やっぱり私、おかしいよ!ど、どうかしてる!


そのとき謎の羞恥心に襲われ、顔がぼっと赤くなる。


「顔真っ赤だけど、大丈夫かよ」

「えっ、あっ」


パニック状態で、頭が働かない。

でも、望くんに指摘されたことでさらに顔が熱くなって、恥ずかしくてあわてて顔を手で覆う。


「あ、あのっ!」

「なんだ」


「一緒に、えっと、原っぱへ行きませんかっ!?」



—————気づけば、そんなことを口走っていた。





「少しは落ち着いたか」

「は、はい……。ごめんなさい」


木々の葉っぱが風でこすれてさわさわする音が、私の心を落ち着かせる。

ほんと、さっきの私、別人みたいだったなあと思う。

望くんにも迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ない。


だからと言って、さっきのパニック状態の理由を教えろと言われても、答えられない気がする。

だって、私自身、恥ずかしながら分かっていないので……。


「映茉。こんなところ、よく見つけたな」

「あ……。ここは、私の秘密の場所で」


古いベンチに二人で腰掛けながら、会話をする。

私たちが来たのは、森に囲まれた小さな原っぱ。

私がまだ中学一年生だったころの夏、蝶々に夢中になって偶然迷い込んでしまったのがここで。


調べてみたら誰か所有地ってわけでもないみたいで、だから、なにかとよくここに来る。

家族に言ってもよかったんだけど、なんだかんだ言わないまま秘密になってしまっていた。



「周りの木は桜だから春は花びらで原っぱがピンク色になるんだ。夏、ちょうど、あと一か月くらいすると、この辺はひまわりの花でいっぱいになるんだよ。蝉が鳴いててね、夏休みには、いつも虫取りするんだけど———」


ふと左隣を見ると、優しく微笑む望くんと目が合ってしまった。

でも望くんはびっくりする様子もなく、まっすぐ見つめてくる。


私はそのまま捕らえられたような錯覚に陥って、目が離せない。


「……あ、わ、私ばかりしゃべっててごめんね。というか、虫取りが好きだなんて変だよね。ごめんね、気持ち悪くて」


ふとあのときの記憶がまた蘇り、ついつい勢いに任せてそんなことまで言ってしまう。

話すつもりはなかったのに。


「別に、いいんじゃねえの」

「え?」

「虫取り?っつーか、虫が好きでも。気持ち悪いだなんて、思わねえよ」


眉をひそめながら首をかしげてそう言う望くん。

風で、明るい金色の髪がさらさらと揺れる。



「……私、動物とか植物だけじゃなくて虫も好きなこと、怖くて周りには言えないんだ。幼稚園に通ってた頃、“虫が好きなんて気持ち悪い”って言われたことがあって。それ以来、誰にも言ってないんだ。……でも、望くんがそう言ってくれるなら、私、虫が好きな自分に胸を張れそうな気がするよ」



話の流れでそんなことまで言ってしまったけど、私は自分を否定してくれた望くんの暖かさを感じた。

望くんの優しさ、私が貰っちゃってもいいのかなって思うけど。


「俺も、見てみたい」

「……えっ?」


「その、ひまわり畑とか」



望くんが、今度は視線をそらしてそう言う。


「……うん、それじゃあ、見に来ようよ。一緒に。私、誰かと見るなんて初めてだな」

「……そうか」


望くんは立ち上がりながら、短く返事をする。

私もベンチから腰を上げ、隣に置いておいたスーパーの袋を手に取った。


「じゃあ、帰ろっか」

「分かった」



“分かった”というその言葉を発する声が、柔らかい。安心する。

まだ、隣にいられるんだって、思うから。





あの原っぱからは、約20分くらいで家に着く。

お母さん、もう帰ってきてるかな。いや、さすがにそんなに早くはないかな。


晃成くんは今日は夜まで帰らないみたいだから、案外家には今誰もいないのかも。ちなみに、おじいちゃんとおばあちゃんはお母さんの妹の家族と絶賛旅行中だ。


そんなことを考えながら、角を曲がったとき。


「わあっ」


とつぜん、身体に衝撃が走った。驚いて、思わず声をあげる。


「す、すみませっ……!」



あわてて謝ろうとして、反射的に閉じてしまった目を開けた。

すると、目の前にいたのは。



「鳥越じゃないか。それに…………白岩」

「えっ」


なんと、担任の山川先生だったの—————。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る