16話「狙われる幼馴染と静観」
俺の席に平民達が集まり群れのような塊が出来上がると、そこからは絵に書いたような面倒な質問が幾つも投げ掛けられたが、横の席からサツキが苛立ちを倍増させているのか聖力の波長に乱れを生じさせているのを即座に感じ取ると、適当に質問を済ませて周囲を取り囲んでいた平民達を捌けさせた。
……と言っても質問の内容としては『好きなタイプ』やら『好きな食べ物』やらと言った定番のものが殆どだったがな。しかしその中でも一際異色を放っていた質問もあり、それは『なにフェチ』というものである。
フェチという言葉と意味は重々理解しているのだが、それでも何故そんなことを女子達は気にするのかと純粋に疑問なのだ。だがそれを言うと先の質問にもあったタイプや食べ物の質問も同じようなもので元もこうもないのだがな。
「ふぅ……。さて帰るとするかブラッド」
家に帰る支度を全て済ませたようでサツキは席を立ち上がると、先程まで大勢の人だかりに巻き込まれていた事から気疲れしているのか顔色がなんとも優れないような感じをしていた。
恐らく勇者の証を持つ者として色んな奴から質問責めを受けて尚且つ最後は俺の質問への質問責めに巻き込まれた事が原因だろう。本当に悪いことをしたと思う。
だがそれは別として俺は今すぐに帰る事はできないのだ。
「すまない。俺は今から所要があってまだ帰る事が出来ないのだ。先に帰っていてくれないか?」
申し訳なさそうな雰囲気を敢えて作りつつ言うと、視線をサツキに合わせて信憑性を高める為に瞬きも一切せずに眼力を送る。
生憎俺という生き物は常に自身の力と仲間を信じる心で全てを成し遂げてきたことから、演技をしながら相手を騙すのは苦手なのだ。
そう、人族の言葉でこういう者を言うのならば冗談が通じない奴といったところだろう。
「そうなのか? 私としてはお前と一緒に帰りた……いや何でもない。直ぐにその所要とやらを終わらせて帰るのだぞ! 夕飯は食べに行くからなっ!」
特に疑う素振りを見せる事はないが途中で何かを言い辞めると、サツキは首を左右に振りながら僅かに唇を尖らせたあと人差し指を向けて後で家に来ると宣言をしていた。
「ああ、承知した。家で待っているぞ」
頷きながら返事をすると彼女が夕食を食べに来るというのは毎度のことであり、それは幼い頃から続いていて今更言わなくとも分かりきっている。しかし逆に俺がサツキの家で飯を食べに行くとはそんなにない。というよりかはここ数年一切ないと言っても差し支えないだろう。
何故なら彼女はあれでも今は貴族という身分を有しているからだ。故に平民の俺が気軽にサツキの家に行けるわけもないのだ。まあそれでも向こうの家では俺が遊びに来るのを待っているとサツキが小言を漏らしていたがな。
「ではまた後でな!」
右手を小さく上げて別れの言葉を口にすると彼女はそのまま教室を後にして姿を消した。
そしてこれは完全に余談なのだが決闘の時に見せた、あの常軌を逸した能力や動きは全て催眠術ということにしてサツキには説明をしておいた。
理由としては催眠術というのが何にでも応用が効く万能の言い訳だからだ。
闘技場に居る全員の視界や脳を騙していたという風に伝えれば誰でも信じるだろう。
平民が圧倒的な力を持って貴族共を半殺しにする光景というのは特にな。
それとサツキ剣筋が素晴らしく文字通り剣豪気質なのだが所謂脳筋と呼ばれる部類に当てはまり、意外とトリッキーな技に関しては知識が及ばないらしく簡単に信じてくれてた。
だけど残虐極まりないとして、あの戦い方は催眠術だとしても駄目だと言われているが。
――それからサツキを見届けたあと俺は次に視線を、今回直ぐに帰れない原因となっている者たちへと向ける。
「さて……アイツらが下手な行動に出てくれなければ何事も起きなくて済むのだがな」
机の上に両肘を乗せて手を組むと気配を断絶させてオズウェル達の様子を伺いながら呟く。
どうにも決闘を終えたあと座学の授業を受けている時から例の三人の様子がおかしいのだ。
オズウェルはパウモラやティレットに耳打ちをするような素振りを授業の時だけでも二十回ほど繰り返しているのだ。しかもその内容が様々なのかパウモラは醜く笑みを浮かべて、対照的にティレットは引き気味な顔をして困り顔を晒していたりとな。
「よし、俺達もそろそろ行くとするぞ。二人とも立て」
サツキが教室を後にして三分ぐらいが経過するとオズウェルがそんな事を呟いて席を立ち上がる。こういう時に聴覚が優れているというのは中々に便利なものだと痛感させられる思いだ。
「いっちょやっちゃるぞ~」
「僕は余り気乗りしないけどね……」
彼の後に二人が椅子を引きながら騒音を立たせて席を立ち上がると、パウモラとティレットの反応を見るかに何かしらやる気だというのは明白だろう。そして目標は間違いなくサツキだということも。
「やれやれ……大人しくしていればいいものを。何故こうも貴族というのは自ら厄介事を起こそうとするのか理解に苦しむな」
オズウェル達が恐らくサツキの後を追うため教室を出て行くとこれ以上の面倒事は避けたいところではあるが、彼女の身を狙うのであれば最悪の場合奴らの存在そのものを抹消しなければいけなくなるだろう。
――それから気配を完全に消してオズウェル達の尾行を続けていくと、学院を出て人気のない路地や道を抜けて歩いていくと概ね予想通り奴らの狙いはサツキである事に間違いはなく、今俺の目の前には彼女の後ろ姿が見えている。
そしてオズウェル達とは一定の距離を空けて尾行しているが、それでも奴からは醜く醜悪な考えや雰囲気が赤子の行動のように手に取るように分かる。
「よし、お前たち手順はしっかりと把握しているな? 今ここでやらなければ貴族としての威厳は保てないと思えッ!」
オズウェルが二人に顔を向けて指導者のように右手を大きく横に振りながら言葉を口にする。
「わかってるよー。さっさとヤっちゃおうぜ~。……それに俺はアイツの女を犯せるってだけで、さっきから興奮が収まらねえんだよ。ひゃはっ!」
先程まで気だるい雰囲気を滲ませていたパウモラが妙な言い方をして舌なめずりをすると、次の瞬間にはオズウェル達の目的が明らかとなり、これも俺が予想していた事象の一つであり取り立てて焦ることはなかった。
「……ッ。僕は反対だが、これも貴族の威厳を守るためだ!」
ティレットだけはサツキを襲う事に関して否定派のようだが結局、貴族という名の保身を維持する為に彼らに加担している時点で同罪と言えるだろう。
「ふっ、覚悟は決まったようだな。ではやるぞ! 聖法【クロスバインド・チェーン】!」
「「聖法! 【クロスバインド・チェーン】!」」
三人は同時に聖法を発動すると各々の足元に小さな陣が光を発しながら出現して、そこから鎖のような形をした物が現れるとそれは勢い良くサツキの方へと飛んでいき、胸や太ももや腕に絡みついて縛り上げるように拘束をしていた。
「ほう、あの貴族共は拘束聖法を扱えるのか。伊達に貴族の器ではないな。……がしかし、今動くのは得策ではない。確実に逃れなれない証拠と呼ばれるものを収めるまではサツキには悪いが静観するしかない」
目の前でサツキが縛り上げられるところを視界の真ん中で捉えながらも正直に思ったとことを呟く。だが今はまだ動く時じゃないとして心を沈ませるが、どうにも自然と力が溢れ出てきそうになるのは何故なんだろうか。
「きゃぁっ! な、なんだこの聖力を具現化させた鎖はっ!? 一体誰が――なっ! お、お前達は……ッ」
鎖で体の自由を奪われたサツキは顔を後ろに向けて聖法を発動させた者たちへと視線を向けると、そこで漸く自身の後を付けられていたことを知り得たのか目を丸くさせて口元を歪めていた。
「どうもサツキ様。貴方のナイトに完膚なきまでに倒されたオズウェルと他二名の者です」
そうして彼女と対面したオズウェルはゆっくりと頭を下げて、皮肉を交えたのか自虐なのかは分からないが自らの正体を堂々と晒していた。既に夕日が沈み掛けていて周囲は暗いのだが、奴は身なりだけはよく多少の光源させあれば容易に姿が把握できるのだ。
「どうも~サツキちゅあ~ん」
そのあとに続いてパウモラが手を小さく振りながら声を掛けていたが、隣に居るティレットは自身の中で自らの行いに葛藤しているのか無言のままであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます