15話「幼馴染は彼の本質を疑う」
サツキから発せられた唐突な言葉に俺は全身が凍結したように硬直仕掛けると、無理やりにでも落ち着きや冷静な思考を取り戻そうと神経伝達を切り替えた。
今ここで俺の正体が当時の自分ではないことに気づかれるのは非常にまずいのだ。
だがしかし敢えて捉え方を変えて尋ねてみるのもまた一興かも知れない。
そう思うと視線をサツキに合わせてゆっくりと口を開き、
「お前はどう思う? 俺が本物のブラッド=エンフィールドだと思うか?」
傍から見たらおかしな質問をしているような光景に見えるだろうが俺は真剣である。
「分からない……だがこれだけは言える。昔のお前は優しき心を持った人物だった筈だと。しかし今のお前はまるで別人のようで……そう、魔族のような戦い方をする」
自らの額に右手のひらをを抑えて苦悶とした顔を見せながらサツキは魔族という的確な表現を使用してくると、やはり幼馴染を誤魔化すというのは至極困難なことかも知れないと否応なしに思い知らされる。
「魔族のような……か。お前は魔族が嫌いか?」
「ああ、嫌いだ。アイツ等は身勝手に人界の領土を不法に占領したりする野蛮な種族だからな」
彼女は目つきを剣の刃先のように鋭利なものへと変えて返事をするとその言動が何よりも答えとなっていて、やはり今現在で正体を把握されるのはまずい事であることに変わりはないようだ。
「そうか」
サツキの考え方を聞いて短く言葉を呟く。
しかしそれと同時に彼女は額に当てていた右手を退けて横一直線に振ると、
「だが今はそんな質問はどうでもいい。答えろ! 私の質問にだ! お前は本当に私の知るブラッド=エンフィールドなのか!」
左手を自身の胸に当てながら酷く黒濁りした瞳を向けて俺が本物であるかどうかを再び問うてきた。
「ああ、そうだ。お前の知るブラッドだ。だが……昔のような俺ではないのもまた事実。優しいだけでは守れないものがあると身を持って知ったからな」
その言葉をサツキに伝えると同時に頭の中では何度も鮮明に目の前で彼女が殺される光景が蘇り、全てはその事実を阻止するために俺はここに戻ってきたことを改めて実感する。
故にどんなに非道になろうと外道に落ちようとも本質だけは何も変えることはない。
「ッ……分かった。今はお前の言葉を信じよう。しかし私はお前の戦い方を決して認めはしない。なんとしてもお前には昔のように優しい心を取り戻させてやる」
下唇を噛み締めて無理やり自身を納得させるような素振りをサツキが見せると、徐に右手の人差し指を正面に向けて俺がとうの昔に失った感情を復活させると宣言をしていた。
そして彼女が両の瞳から零す涙を右手の甲で拭い始めるのを見て、
「優しい心か。ふっ、実にお前らしい可愛い言い方だな」
鼻で笑いながらサツキという人物のことを久々に実感した。
そう、これこそが彼女の本質であり俺の唯一の幼馴染なのだ。
絶対なる正義の心を宿した生粋の勇者資質のサツキ。だからこそ彼女には勇者の証が刻まれているのだろう。ならばそれを選定したであろう、歴代の英雄達は確かな目を持っているということか。
「う、うるさい馬鹿者! それよりも教室に早く戻るぞ! きっとベリンダ先生も既に教室に居る筈だからな」
突然サツキは顔を赤くさせて恥じらいの雰囲気を見せると、先程までの言葉が嘘のように今は柔らかく砕けたものとなっていた。そして忘れてはならないが今は決闘を終えて次の授業に出ないといけない状態であり、こんなところで長話をしている暇はないのだ。
「そうだな。優しい心を取り戻す前に決闘で遅れた分の授業を早々に取り戻さないとな」
別に皮肉を混ぜた訳ではないのだがそう自然と口から言葉が出て行くと、サツキは一瞬だけ眉を顰めて訝しげな表情を向けてきたが、俺達は取り敢えず一刻も早く教室に戻る為にも無言のまま走り出すのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
それから教室に戻るまで間は互いに無言であり、変に気まずい空間が出来上がると俺には言葉選びのセンスというものが皆無であるのだと思い知らされた。
とどのつまり先の発言で若干サツキは怒っているということだ。
「はぁ……やれやれ。こういう部分は幾度歳を増やしても治らないものだな」
そう独り言を呟きながら視線を隣の席へと向けると、そこでは依然としてサツキが両腕を組みながら怪訝そうな表情を浮かべていた。
それを確認して次は教室内全体を見渡すと今現在としては午後の授業を始める為にもベリンダが色々と準備をしている状況で所謂待ち時間ということになっている。
ちなみに次の授業は聖力を効率よく体中に循環させるというものだ。
「もうちょっと待ってくださいね~! 急いで準備しますので!」
教卓の前で忙しなく動き回るベリンダはどうやら授業に使う物を色々と準備しているようで、その様子を見るにあと五分は容易に時間が掛かる事が見て分かる。
そしてその事は俺以外の者も気がついているのか、
「な、なあ! お前の戦い見てたよ! 本当にアイツ等を倒すとはな! すげーよ!」
「うんうん! 私も生意気な貴族達を地面に伏せさせて所を見て気分が高鳴っちゃたよ!」
「本当に俺達と同じ平民なのか? 何かまるで俺達とは根本が違うような気がしてならないぜ!」
という感じに次々と平民達が自分達の席を離れて俺を取り囲むようにして賞賛の声や貴族をさり気なく貶す言葉を口にしていた。しかしそのどれもが普段から貴族に抑圧されていた平民達の感情の捌け口でしかないだろう。
俺はそんな奴の言葉に一切の返事をすることはなく無視すると、そのまま視線をオズウェル達の元へと向けた。
「ほう、やはり予想通り肩身の狭い感じとなっているな。まあ、あれだけ息巻いて三人掛かりで俺に負けたのだから当然と言えば当然だな」
オズウェル達は見るからに教室に居心地の悪さを感じているようで、平民達からは無論のこと冷ややか視線を向けられつつも同じ貴族達からも面汚しという感じの視線を向けられているようである。
「はいっ! やっと準備が整いましたので皆さんは各自の席に着いて教科書を開いて下さいね!」
ベリンダの動きに落ち着きが見えると漸く授業を始める準備が整ったらしく、俺の周りを取り囲んでいた者たちが一斉に各々の席へと戻っていく。そして全員が席に着いてから彼女が普通に授業を進めていくと初日の学院はあっという間に終わりを迎えることとなった。
そして全ての授業を終えて全員が帰りの身支度を始めると、
「あ、あのさ! ブラッドくんは好きなタイプってある?」
「ちょっと! 抜けがけはしないってさっき話したばかりでしょ!?」
「うるさいわね! 恋愛にルールなんてないのよっ!」
一部平民の女子達が何やら落ち着きのない感じで妙にそわそわした雰囲気を出しつつ俺の元へと近づいて声を掛けてきた。しかも二人や三人など少人数ではなく大勢の女子達が一斉にだ。
「そ、それでどうかな。好きなタイプとかってある? あっ、他にも好きな食べ物とか教えてほしいかな」
そのまま数多の女子達の群れを無理やり抜けて一人の女子が顔を近づけて再び同じ質問を尋ねてくると、何故かだろうか俺の隣の席からはサツキの聖力が禍々しく溢れて出しているように感じられて仕方ない。
「落ち着けお前たち。質問ならば一つずつちゃんと返してやる。だからそう一変に話し掛けてくるな。頭が痛くなるだろう」
右手をそっと前に出して全員に静止を掛けると、そのまま視線を周囲に向けながら右脳が痛くなるのを感じていた。本当に人族というのは自分よりも優れている者を見ると、話し掛けたがるか除け者にするかの両極端だな。
「「「あっ、ごめんないさ……」」」
そんなことを考えていると女子達は頭を下げて弱々しく謝罪の言葉を口にしていた。
「うむ、分かればよろしい。それで最初の質問の答えだが俺は特に好きなタイプと呼ばれるものは何もない」
正直に言うと好きとか恋いとかと言うものに俺は一切の興味はないのだ。
それにそんな事に時間を使うぐらいであれば、もっと他に出来る事があるだろうからな。
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